カテゴリーアーカイブ:社会の見方

記憶はデジタルより紙が有効

2024年10月17日   岡本全勝

9月23日の読売新聞に「デジタル教科書、巨額予算で推進ありき…学習効果の検証置き去り」が載っていました。ここで紹介するのは、その記事についていた囲み記事です。

・・・「記憶「紙が有効」研究も デジタル操作「認知負荷」高く」
学習の定着には、デジタルよりも紙を使った方が有効だとする研究データがある。専門家は「まずはデジタルの長所、短所を検証することが必要だ」と指摘している。

東京大などの研究チームは、日常的なスケジュール管理を再現する実験を実施。被験者を3グループに分け、〈1〉紙の手帳にペンで書く〈2〉タブレット型端末に専用ペンで書く〈3〉スマートフォンに入力する――の三つを比較した。その結果、紙の手帳にスケジュールを書き留めた方が、電子機器を使う時よりも短時間で記憶できることがわかった。手帳に書き込んだグループの脳の状態を見ると、言語、視覚、記憶に関わる領域の血流が増え、活動量が増えていた。

研究チームの酒井邦嘉・東大教授(言語脳科学)は「紙の本は(情報が載っている)位置関係など、記憶の手がかりが豊富にあるが、デジタル画面では限定的だ。学習効果の根拠がないままデジタル活用の議論が進めば、学力低下を招きかねない」と危惧する。

群馬大の柴田博仁教授(認知科学)によると、子どもにとってデジタル機器の操作は、思考を中断させる「認知負荷」が高くなる傾向が見られるという。柴田教授は「デジタル教科書のデメリットを含めた検証が足りておらず、デジタルだけに偏るのは時期尚早だ」としている・・・

『中世イングランドの日常生活』

2024年10月15日   岡本全勝

中世イングランドの日常生活』(2022年、原書房)を読みました。イギリス旅行で、「中世イギリスに生まれ変わったら、どんな生活をしたのだろう」と妄想したことがきっかけです。羊ではなく、農夫に生まれたらと思って、この本を買いました。

表紙に、「生活必需品から食事、医療、仕事、治安まで」と書いてあるとおり、かなり詳しく書かれています。
もしその時代に生まれたら、労働がつらいことや食事がおいしくないこと以前に、衛生状態と医療環境が悪いことに耐えられないでしょうね。21世紀を経験している私だから思うので、それを知らなければ、当時の状況が当たり前と思うのでしょう。
それは、古代や中世の日本に生まれ変わっても同じでしょう。今の時代、それも日本に生まれてよかったことを、改めて感謝しなければなりません。

9月にイギリスに旅行して、早いもので1か月が経ちました。同世代の知人とイギリス旅行の話をしたら、彼曰く「イギリスにいたとき、あそこも行こうと思ったんだけどな。また、来ることができるだろうと先延ばししたんだ。もう行くことはないかな」と残念がっていました。行けるときに行っておかないと、行けなくなります。
教訓「悩んだらやってみる」。参考「変わりたくない日本企業」。この記事が同じ日に掲載することになったのは、偶然です。

変わりたくない日本企業

2024年10月15日   岡本全勝

日経新聞私の履歴書、10月は、ヘンリー・クラビス(KKR共同創業者兼会長)です。企業買収ファンドの仕組みを1970~80年代に創り、発展させました。業績の悪い会社を買い取り、経営者とともに立て直す。新しい事業形態をつくりあげた苦労は、勉強になります。日本では「ハゲタカファンド」と命名して、忌避した時代もありました。

10月14日は「我慢の10年 変わりたくない日本企業」でした。アメリカ、ヨーロッパで業績を拡大し、アジア、日本にも進出しようとします。しかし、日本では手こずります。
・・・日本企業の風土は「We can't(できない)」だった。私やジョージ(共同経営者)は反対の「We can(できる)」だ。いつも「コップの水が半分残っている。もう半分を埋めよう」と攻めている。だが会った日本企業のトップからは「変わりたくない」という雰囲気が伝わってきた・・・

 

タクシー運転手の思い出

2024年10月13日   岡本全勝

9月26日の朝日新聞投書欄「ひととき」に、「父を誇りに思う」という話が載っていました。
・・・横浜で一人暮らしをする80歳の父が、個人タクシーを廃業した。沖永良部島から出てきて神戸で働いていた時、亡き母との結婚が決まり、横浜に来たのが24歳。二種免許を持っているならと勧められ、タクシー会社に就職した。
カーナビなんてない時代、右も左も分からない新米ドライバーを支えてくれたのは乗客のみなさんだった。「運転手さん、次の信号、右折ね」など、道案内してくれた上にチップまでくれた、いい時代だったと父は懐かしむ・・・

これを読んで、思い出しました。私が25歳の時だったと思います、自治省の駆け出しの頃の出来事です。上司が、仕事が終わった頃(終わったと言うより、その日の一区切りがついたと言うべきでしょうか)、新宿に飲みに連れて行ってくださいました。
自治省の建物の前で、タクシーを拾います。私が助手席に座って、運転手さんに行き先を告げます。霞ヶ関から新宿ですから、そんな難しい経路ではありません。運転手さんが、道路地図帳を開き始めました。40年前は、カーナビゲーションがありませんでした。
「運転手さん、行き方がわからへんの?」と聞くと、「ええ、まだ東京で仕事を始めたばかりで、不慣れなんです」とのこと。「私が教えるから、出発して」と促しました。道案内しながら、事情を聞きました。

全:よくそれで、タクシー運転手が務まるねえ。
運:そうなんです。この間まで神戸でやっていたのですが、東京に出てきました。
全:試験があるでしょう。
運:ええ。試験官が乗って、行き先を告げられ、うまく行けるかどうか試験があります。2回不合格で、これでだめなら神戸に帰ろうと思っていたんですが。3回目は知っているところが出て、受かったのです。
全:よかったねえ。がんばってね。

斜陽の経済大国

2024年10月13日   岡本全勝

9月23日の朝日新聞オピニオン欄に、原真人・編集委員の「斜陽の経済大国 身の丈にあった社会設計、考える時」が載っていました。

・・・日本人は世界のなかで相対的に貧しくなった。国民の豊かさを示す代表的な指標である1人当たり国内総生産(GDP)のランキングからも落ち目なのは明らかだ。
2000年に2位だった順位は第2次安倍政権のころになると円安が進んで20位台まで下がり、23年にはついに過去半世紀で最低の34位となった。これではもはや「世界屈指の豊かな国」とは言えそうもない。
この7月、円は一時1ドル=162円近くまで下がり、37年半ぶりの円安水準となった。その後140円台まで戻したが、コロナショック前の水準には届かない。底流にあるのは世界の中の日本の相対的な地位低下だろう。

日本経済の戦後80年は二つに分けられる。高みをめざして上り続けた時代と、ゆっくりと下りゆく今に続く時代だ。
前半は「日本の奇跡」と呼ばれる飛躍的な戦後復興に始まり、高度成長を経て80年代後半のバブル経済まで。その勃興ぶりを象徴するトピックは折々にあった。
68年、日本はGNP(国民総生産)で当時の西ドイツを抜き西側で第2位に躍り出た。79年、米国の社会学者エズラ・ボーゲルが日本的経営などを分析した著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が世界的ベストセラーとなった。
そのころ日本の産業政策や経営は、アジアの途上国にとっての発展モデルだった・・・

・・・私の記者人生は、日本経済が絶頂期を迎えていた80年代なかばに始まった。その後はバブル崩壊、金融危機という激動の時代となる。やがて人口減少と高齢化を伴いながら低成長・低インフレ・低金利が長引く時代となった。
私も含め多くの日本人が勘違いをしたまま、「下る時代」を迎えてしまったのかもしれない。ジャパン・アズ・ナンバーワンともてはやされ、世界第2位の経済がずっと続くという根拠なき楽観に支配されていた。政府も企業もそうした感覚にとらわれ、時代認識や自己評価を誤ってきた・・・
・・・12年末に発足した第2次安倍政権は「日本を、取り戻す」というスローガンを掲げ、財政や金融政策を広げるアベノミクスを始めた。そこで取り戻そうとしたのはどんな日本だったのか。
バブル絶頂期の経済的繁栄や産業競争力を、当たり前のことのように受け止めてきた国民は少なくない。それが身の丈以上の経済や社会保障を求める背景にあった。政治は要望に応えようとし、マスメディアの大勢もそれが当然であるかのように報じた。
その発想が生み出したキーワードが「失われた10年」や「失われた20年」だったのではなかったか。アベノミクスの思想もその延長線上にある。
日本の社会保障は「世界で最も豊かな国」としてのサービス水準が求められてきた。90年度からの33年間でGDPは3割しか増えていないのに、年金や医療など社会保障給付費は3倍近くにふくらんでいる。十分な財政の裏付けがないのに予算は右肩上がりだ。
与野党とも増税のような有権者に嫌われる政策は避けがちだった。その結果が1300兆円にのぼる国と地方の長期債務であり、国債を日銀が買い支える状況だ。世界最悪の借金財政の責任は政治や財務省だけでなく、国民も問われねばならない。
1億2千万人の人口に合わせて整備されたインフラを今後維持していくだけでも大きな負担だ。防衛費や子育て予算を増やす計画もある。人口減少社会の日本がどれもこれもと巨額歳出を続けていくのは限界が来ている・・・

・・・ 斜陽の経済大国にも強みはあるし、生きる道もある。安全で清潔な街、発着時間が正確な交通機関、きめ細かい配慮が行き届いたサービス。世界最多の三つ星レストランに代表される食のレベルの高さ。四季折々の自然に恵まれた観光資源も、海外からうらやましがられる資産である。
製造業の競争力が全体的に後退したといっても、分野ごとには世界で存在感を持ち続ける企業がたくさんある。
こうした強みが経済の活気につながらないのは、ひとえに国内消費の弱さゆえだろう。家計金融資産が約2200兆円にまで積み上がったこととも無縁ではない。資産が増えるのは悪いことではないが、お金が人々のために使われず眠ったままになっているという側面もあるからだ。
もし約2200兆円の1%でも消費に回れば、日本の経済成長率は一気に底上げされる。それには家計金融資産の6割以上を持つシニア層にお金を使ってもらうことが重要だ。
シニア層は老後の暮らしの不安から財布のひもを締めてきた。行動を変えるには、安全網としての社会保障に対する信頼を取り戻すことが欠かせない・・・