カテゴリーアーカイブ:社会の見方

近過去・昭和時代

2012年3月17日   岡本全勝

読売新聞が毎週土曜日に連載していた「昭和時代、第1部、30年代」が、17日で終了しました。
私が生まれたのが、昭和30年です。東京オリンピックが昭和39年、私は小学校4年生でした。奈良盆地の南端にある村では、農村の暮らしが続いていました。
それから、半世紀が経っています。日本は高度成長を経験し、その後、オイルショック、低成長、バブルと崩壊、失われた20年が過ぎました。多くの人が懐かしく思い出すのでしょうが、時計を逆に戻すことはできず、またあの頃の貧しさや不便さに戻りたい人は、いないでしょう。
この半世紀に、日本社会がどれだけのことを達成したか。それを伝えたくて『新地方自治入門』の第1章で、「地方自治50年が達成したもの」を書きました。

私たち世代にとっては、この連載の内容は珍しいことではなく、毎日の生活でした。私たちにとっては「ついこの間のこと」only yesterdayですが、平成生まれの若者には「遙かな昔」なのでしょうね。近過去のことは、学校の歴史の授業では教えてもらえず、適当な書物もありません。また親父たちが経験したことは、書物では十分に伝えることはできません。私が、私の両親が体験した戦前・戦中・戦後を知らないように。
このような連載は、熟年世代が思い出すこと以上に、若者に知ってもらうために良いことですね。日経新聞も夕刊で、同様の連載をしています。

40歳代の海外勤務

2012年3月6日   岡本全勝

3月5日の日経新聞夕刊「40代、惑いの10年。一歩前へ」は、新興国市場開拓のために、現地に駐在する40歳代の日本人職員が増えていることを取り上げていました。アジアでは、2000年に6万人だったのが、2010年では13万人を超えています。
もちろん、現地での生活環境による苦労や、単身赴任での苦労もあります。仕事の流儀が違うことの苦労もあります。しかし、先細りになる国内市場にしがみついているだけでは企業に発展はなく、海外での経験は本人にとって大きな糧(財産、技能)になるようです。

昭和30年(1955年)、奈良の田舎生まれの私にとっては、東京へ出てくることが目標(ささやかな坂の上の雲)でしたが、現在では海外で活躍することが、夢を追う若者の目標なのでしょう。また、そうでなければ、日本の発展はないのでしょう。

インターネットに依存した社会への攻撃

2012年3月3日   岡本全勝

リチャード・クラーク+ロバート・ネイク著『核を超える脅威 世界サイバー戦争  見えない軍拡が始まった』(2011年、徳間書店)が、勉強になりました。
ハッカーによるインターネットへの不正な侵入や、フィッシングなど、新しい犯罪が多発していることは、よく知られています。それが、国家や社会に対する大がかりな攻撃になったらどうなるか。
インターネットに依存する社会になったことから、ミサイルや爆撃機を使わなくても、また兵士を戦場に動員しなくても、相手国に多大な被害を与えることができます。すなわち、国防では防空システムや軍隊の運用システム、兵站補給などのコンピュータ・システムに侵入し、混乱させるあるいは無能力な状態におけばよいのです。
軍隊のシステムに侵入しなくても、大手のインターネット・プロバイダや基幹通信網に侵入し、混乱させることで、情報通信で成り立っている経済などを大混乱に陥れることができます。
また、航空機の航空管制、新幹線などの運行管理システム、電力の監視システム、銀行の決済システムを混乱させるだけで、大事故が起こり、日常生活はほぼ壊滅します。一発の爆弾を落とさなくても、原爆を落とした以上の、あるいは東日本大震災並みの大被害を、全国や全世界にもたらすことができます。

やっかいなのは、敵国の軍隊だけでなく、市井のハッカーでも、この攻撃ができることです。そして、世界のどこからでも、攻撃できます。これまでの戦争や大がかりな犯罪は、必ず大きな基地やアジトがあって、目に付きました。偵察衛星や偵察機で、発見できたのです。しかし、どこかのマンションの1室で「こつこつと」不正なプログラムを組んでいる犯人を見つけることは不可能ですし、彼はどこか他国のコンピュータを乗っ取って、攻撃してくるのでしょう。攻撃が「安価に」できるだけでなく、防御が大変なのです。
ご関心ある方は、ご一読ください。いわれてみればなるほどと思うことですが、驚愕の事実です。「想定外だった」という言い訳は、許されませんね。
私は、政府や社会のリスク論に関心があって、勉強していたので、読んでみました。うーん、この連載も、危機対応(大震災対応)の現場に駆り出されて、中断したままです。反省。

空き屋対策

2012年2月29日   岡本全勝

「日経グローカル」1月23日号が、空き屋対策を特集していました。
総務省の調査では、人の住んでいない空き屋は、全国で757万戸、住宅全体に占める割合は13%だそうです。かつて土地と家屋は、第一の財産でした。しかし、地方では過疎化が進み、都会でも相続人がいなくて、空き屋が増えています。
今年の冬は積雪が多く、雪下ろしをしないと、積もった雪の重みで家が倒壊することも起きています。防犯や防火の観点からも、危険です。もちろん、景観も損ねます。
各地の自治体が、知恵を出して対策を講じています。土地を寄付してもらう代わりに、自治体が古家を取り壊すとか。時代が変わると、地域の課題も変化するという例の一つです。

送り出す際と受け入れる際の、使い分け

2012年2月22日   岡本全勝

2月18日の日経新聞夕刊、宮島喬お茶の水女子大名誉教授のインタビュー「築こう多文化社会」から。
・・バブル期の労働者不足を補うため、日系人の受け入れが決まった。受け入れるなら日本人労働者と平等にと思い、見守っていましたが、そうならなかった。多文化共生という言葉には、対等な関係を築くという響きがある。でも日本では、ほとんどの大企業が日系人を直接雇用しなかった。受け入れたのは、中小や下請け企業。それが対等の受け入れにならなかった原因です。日系人は、派遣や契約社員など非正規労働者になってしまった。ドイツのフォルクスワーゲンもフランスのルノーも、自社の生産ラインに移民を受け入れていました・・
・・日本は米国や南米などに、大量の移民を出してきた。それだけに戦前、米国で排日移民法が成立したときは、日本の世論が激高した。それなら日系人などが日本で働きたいと扉をたたくとき、自分たちの過去を思い、温かく迎えても良いのにと思います。送り出し国は、伝統的に受け入れの姿勢ができていない・・