カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日本が誇れる生活文化、文房具とお菓子

2014年4月3日   岡本全勝

3月27日の読売新聞暮らし欄に「日本の文具、世界でヒット」という記事が載っていました。パリのルーブル美術館の地下に、日本の文房具メーカーが店を開きました。日本製の筆記具、ノート、付箋などが並んでいます。デザインが洗練された日本の文房具は、気の利いた贈り物として人気があるのだそうです。
私も、文房具屋さんに行くのは大好きです。ちょっとした小物が、楽しいですよね。一つひとつの小物と、その豊富な品揃えに、日本の生活文化の成熟度が現れていると思います。かつては、西欧の文房具や雑貨にあこがれました。現在の日本の小物は、それ以上に楽しいと思います。若い女性という厳しい選択眼にさらされているのですから。きっと、先進国でも後進国でも、ヒットすると思います。
外国人旅行者を連れていく穴場の一つです。外国へのお土産にも、喜ばれますよ。3色ボールペン、付箋、クリップ、文鎮、糊。大きすぎない、あまり高価でない、楽しい、おしゃれ、品質は良い、必需品じゃないけどあるとうれしい。お土産にぴったりでしょ。例えば、伊東屋コクヨ
もう一つ、外国人旅行者に喜ばれそうなのが、お菓子です。単純なチョコレートやクッキーではなく、ポッキーとかカールといったスナック菓子です。もちろん、チョコやクッキーも、一ひねりしてあるのが、おもしろいです。アイスクリームにも、いろんな種類がありますよね。
あのおいしさ、カラフルさ、そして一ひねりしたアイデア、飽きが来ない味。「たかが子どものおやつ」と、侮れません。これも、厳しい競争を勝ち抜いて、消費者に選ばれたものだけが勝ち残っているのです。
先日も、地下鉄の中で、山のようにお菓子を抱えているアジアからの観光客に会いました。森永グリコ明治製菓
私は、和菓子(生菓子)が好きなのですが、これはたくさん買ってもらうお土産には、向いていません。デパ地下の弁当や総菜類も、きっと外国人にうけるでしょう。たくさん持って帰れないので、これもお土産にはなりません。
生活用品や雑貨も、おもしろいモノがたくさんあります。東急ハンズにいくと、いろんなモノがあって、見て回るだけで飽きません。例えば弁当箱。もう少し文化的なものだと、博物館のミュージアムショップです。例えば、東京国立博物館東京都美術館

ネットによる、疑似つながり

2014年3月26日   岡本全勝

コカコーラの広告「Social Media Guard」を、紹介します。知人に教えてもらいました。
みんながスマートフォンを使って、つながっている気になっていながら、逆に目の前の人との会話を失っている現状を批判しています。では、その解決方法は・・。この動画を見て、考えてください。あるいは、笑いつつ、笑えない現実を考えてください。
こちらもどうぞ。「I Forgot My Phone」。

大震災、変わらない日本社会、変える日本社会。2

2014年3月18日   岡本全勝

4 すると、私たちがすべきことは、「何を変えるか」を考えることです。
その一つは、原発の管理政策や想定外の大災害への備えなど、今回明らかになった欠点や教訓を踏まえた対応です。科学と社会や政治との関係も、見直すべきでしょう。「防災から減災へ」は、その一つです。
また、被災地を元に戻すだけでなく、「課題先進地」ととらえ、新しい地域社会作りに挑戦することです。過疎、人口減少、高齢化、産業空洞化に対して、どのようにして活力ある地域社会を作っていくかです。復興庁では、「新しい東北」という概念で、地元の人たちとそれに取り組んでいます。
その他に、私が期待して試みているのが、「社会を支える官・共・私=行政、NPO、企業のあり方の変化」です。藤沢烈さんのインタビューや拙稿「被災地から見える町とは何か~NPOなどと連携した地域経営へで述べていることです。
この変化は、政府が「指導」したり予算を付けただけでは、実現できません。公共施設や制度資本は行政が作ることができますが、関係資本や文化資本は、行政だけでは作ることができません(拙著『新地方自治入門』p190)。企業(経営者と従業員と株主)、NPO関係者、有識者、そして国民の意識が変化する必要があるのです。それを直接変えることはできませんが、誘導することはできます。関係者で協働しながら、国民を巻き込んでいくのです。良い事例を積み重ね、マスコミがそれを報道してくれることで、国民に認知されます。

5 社会は、「変わるもの」か、「変えるもの」か。
社会学者なら、日本社会の変化を「観察」して、その特徴をまとめれば済みます。しかし、社会の参加者である官僚も国民も、観察だけでは不十分で、「何をどう変えるか」にかかわる必要があります。そして「そのためにどうするか」を考えなければなりません。もちろん、社会は自ら変わるものですが、ある理想像があるのなら、それに向かって変えていくべきです。
私は、既に述べたように、現地の地域社会に関しては「過疎、人口減少、高齢化、産業空洞化地域で、どのようにして活力ある地域社会を作るか」(新しい東北)であり、日本社会の意識に関しては、「公共を支えるのは行政だけではなく、官・共・私=行政・NPOや中間集団・企業の3者であることへの変化」(企業との連携NPOとの連携)と考え、挑戦しています。
また復興行政に関しては、目標を「国土の復旧」だけでなく「暮らしの再建」へ範囲を広げることや、「前例がありません」といった「官僚批判の定番」を克服することも、試みています。
6 大震災を「戦後日本」を終えさせるもの、そして「ポスト戦後」の契機と位置づける考え方もありますが、それについては、別途書きます。

追伸
朝日新聞オピニオン欄3月13日に、塩野七生さんが「東日本大震災3年。これからを問う」で、「あれから3年がたちました。日本は変わったと思いますか」という問に、次のように答えておられます。
・・外から見てきて思うのは、現状への不満や抗議が日本を満たしている感じがすることです。ローマで日本の新聞を見ても悲観的なことばかり載っていて、読むと暗くなる。この3年で変わったか変わっていないかを問題にするよりも、重要なのはこれからどうするかです・・

大震災、変わらない日本社会、変える日本社会

2014年3月17日   岡本全勝

「震災から3年、社会の変化」(藤沢烈論文)の続きです。
これまでもしばしば、「震災で、日本は変わったか」という質問を受けました。この質問をされる方の多くは、「変化を期待していたのに、変わっていない」という認識を基にしておられます。そのようなときに、私は、「どの分野をさして、議論しておられますか?」と、議論の土俵の設定から話を始めます。私の暫定的な答は、次の通りです。
日本社会は、大きくは変わっていません。
1 あれだけの大災害にあって、被災者も国民も、冷静に対応しました。略奪も暴動も、起きませんでした。
これは、他の先進国にも途上国にも見られない、すばらしい社会であり国民性です。このような社会は、変わることなく育てていく必要があります。
2 大震災は大きな被害をもたらしましたが、日本全体から見ると、限られています。3県の人口やGDPは、約5%程度です。避難者の数だと、人口の0.4%です。その他の地域と国民が支援することで、復旧・復興できるのです。
日本国民の大半が大きな被害にあったなら、違った光景が広がっていたかもしれません。
3 (質問者は)「どの点が、どのように変わるべきであった」と、考えておられますか?
もちろん、原発の安全神話は崩れました。科学者に対する信頼や、原発行政を管理していた省庁や東電に対する信用も、崩れました。しかしそれは、日本社会の意識構造全体を変えるまでには至っていません。
第2次大戦で日本が負けたといったような場合とは、異なります。国土の物理的破壊が、社会の意識的変化になるには、それなりの条件が必要です。
そして、日本社会の意識構造全体が変わる際には、政治構造の変化を伴うのでしょう。今回の大震災は、未曾有の大災害でしたが、そこまでは至っていません。国民は、政府に対する不信を募らせましたが、他方で一定の信頼も続いています。(政権交代はありましたが)、日本の政治体制、代議制民主主義、内閣や行政に対して、評価しています。あるいは、これに変わる代案はないと、考えているのでしょう。
「抜本的な改革」は聞こえはよいですが、何をどう変えるか明言しないと、それだけでは内容を伴っていません。それよりは、現体制を前提としつつ、欠点や課題を解決することを、国民は支持しているのだと思います。
この項、さらに続く。

震災から3年、社会の変化。開かれた行政へ。2

2014年3月16日   岡本全勝

震災から3年、日本社会はどう変わったかについて、藤沢さんの言葉を借りると、次のように要約できます。
行政にあっては、単体で公共を担っていくことが困難であり、企業やNPOと連携する必要性に気付いた。つまり、閉じた行政から開かれた行政へと変化した。例えばNPOに対しても、以前は行政の委託先として下請け的な位置づけだったが、対等なパートナーと認識が変わってきた。
企業は、社会をつくる一員であるという想いを、より強くした。企業が社会を支えるために一定のコストをはらうという認識を、日本でも株主自身が持ち始めている。
NPOについては、ボランティア型から、組織型経営へと変化しつつある。企業が社会的事業を行う際に説明責任を果たす必要があるように、NPOも企業と同等以上のマネジメントを用いて、目標設定から実行・検証を行うことが求められている。
この項、続く