カテゴリーアーカイブ:社会の見方

危険な任務の命じ方。命令、要請、自発

2014年6月13日   岡本全勝

朝日新聞6月10日、「思想の地層」小熊英二さんの「法の支配と原発。残留の義務、誰にもなかった」から。福島第一原発が水素爆発を起こしたあと、3月15日の朝のことです。
・・報道では、(原発)所員の無断撤退が問題とされた。しかし本来、民間企業の従業員に、こうした状況で残れと命令する権利は誰にもない。拒否する権利、少なくとも辞職する権利は、保障されなくてはならない。
このとき所員の9割は無断撤退したが、約70人が残留した。欧米では彼らを「フクシマ50」と呼んだ。それは勇敢さを称えたからだけではない。そんな状況で所員を働かせる人権無視に驚いたのである。
あるドイツ在住者は、当時の新聞投稿で、この問題への欧州人の反応をこう記している(本紙2011年4月11日「声」欄=東京)。「民主主義の先進国で、これが可能なんて信じられない。ドイツ人ならみんな、残って作業するのを断るだろう」「欧州なら軍隊は出動するかもしれないけど、企業の社員が命をかけて残るなんてありえない。まず社員が拒否するだろうし、それを命じる会社は反人道的とみなされる」
軍人は死ぬ可能性のある命令でも従う旨を契約しているから、政府が軍の核対応部隊などに残留を命令できる。だがそんな契約をしていない民間人に、残留を命じる権利は誰にもないし、またそれに従う義務もないのだ・・

放棄される土地

2014年6月9日   岡本全勝

かつて日本人にとって、土地は最大の財産でした。武士が争ったのは、土地を巡ってです。百姓も、わずかな田畑を争いました。一生懸命も、語源は「一所懸命」で、土地の所有に命をかけたのです。土地をたくさん持っているのが、庄屋であり名家でした。
戦後改革において、農地解放が大きな影響をもたらしました。その後も、「土地本位制」といわれるくらい、日本人の土地信仰が続いています。バブルも、土地への投機が原因の一つでした。東京の地価は、今なお高いです。
他方で、所有者の不明な土地が増えています。大震災からの復興の際に、山林を切り開いて宅地を作るために、用地を買収する必要があります。ところが、場合によっては、土地の登記名義が明治時代のご先祖様のままになっていて、その子孫を追いかけるのが大変なのです。
かつては、跡取り息子が一人で相続したのですが、子どもが平等に相続することになりました。しかし、山林の価値が低下したことと、他方で手入れにカネがかかるので、うやむやになってしまいます。そのうちに、本家の孫は東京に出てしまい、山林どころか家までも放置される、といった事例もあるようです。耕作放棄地もそうでしょう。条件の悪い山林や農地は、財産でなくお荷物になったのです。
東京財団が、『国土の不明化・死蔵化の危機』(2014年3月)という報告書を公表しています。

在宅医療と看取り

2014年6月6日   岡本全勝

朝日新聞6月3日オピニオン欄「在宅医療で見えたもの」、太田秀樹・全国在宅療養支援診療所連絡会事務局長のインタビューから。
・・(日本では)8割が病院で亡くなります。がん患者の場合は9割。日本は病院死の割合がとても高い。米国はともに4割前後、オランダは全体の病院死が35%、がん患者は28%です。昔は日本でも自宅で亡くなるのがふつうでした。1976年に、病院での死亡率が自宅での死亡率を上回ります・・
・・超高齢社会を迎えるにあたって、治せるものは病院で治すが、治せないものは治せないと、患者や家族、医療関係者を含めた社会全体が受け入れることが必要です。そうでないと、いつまでも病院で濃厚な医療をすることになる。必要なのは、1分でも1秒でも長く生きる長寿ではなく、天寿を支える医療です。
たとえば、最期のときに病院に運んで治療するのではなく、家族が休暇を取ってそばにいるという医療です。そのためには「死」を受け止める覚悟が必要です。少しでも長く生かそうと死のそのときまで点滴を続けることがありますが、点滴すればむくんで苦しくなる。しなければ眠るように安らかに旅立ちます。
うちの診療所ではこれまでに約2千人の在宅療養を支援し、約600人を自宅で見送りました。自宅でみとった患者さんの割合は開業した1992年当時は20%でしたが、今は7割近い。昔は「家で死なれたら困る」「世間体が悪い」という人も多かったですが、最近は患者さんや家族の意識も変わってきたと感じます・・
・・質をはかる尺度を「数値改善」に限れば、在宅の方が低いと言う人もいますが、生活の質を考えると、病院より質のいい医療をしています。たとえば、病院で放射線をあててがんの大きさが半分になっても、だるくて苦しくて寝たきりになった末に命を落とすのと、放射線治療をせずに自宅で緩和ケアをし、苦しくないようにして好きなものを食べて、家族と暮らすのとを比べてください。命は短いかもしれないけれど、後者の方が幸せじゃないですか。
もちろん、苦しくても、とにかく病院で治療を受けたいという人は病院に入院すればいい。けれど、天寿を受け入れ、安らかに自宅で死にたいという希望があっても、在宅医療を提供する態勢が整っておらず、その希望がかなえられないという、いまの状況が問題なのです・・
・・人は必ず死にます。それを受け入れなくてはなりません。それが、いまの医療の課題です。最期をどう迎えたいのか、私たち一人一人が考えなくてはいけないと思います・・

メディアに踊らされ、妥協を許さない国民

2014年5月30日   岡本全勝

講談社のPR誌『本』6月号、加藤陽子先生と高木徹さんの対談「国際メディア情報戦と日本人」から。
・・加藤 国内向けの顔と海外向けの顔ということで言うと、歴史的に見て、日本人は中間案とか妥協案をつくるのがすごく不得意な国民だと思います。仮にそういう案でトップが決断しようとしても、国内が許さない。極端に言えば、0か100しかない。
1941年の日米交渉で懸案となったのは日中問題でした。日中間は、1937年以降ずっと交渉途絶だったように見えますが、裏面では蒋介石の許まで和平交渉のパイプは届いていました。しかし、すべて失敗に終わります。日本内部で軍や外務など政治主体の足並みが揃わなかったからです。
吉野作造は1932年10月3日の日記に、リットン報告書は、客観的に読めば、欧州の正義の常識を書いたもので日本にも十分宥和的な案なのだと書いています。けれども、国民としては、希望的な観測を書き散らしたメディアのせいで、ずっと良い案が出ると思っていたわけですね。ですから、トップが妥結しようとしても国民が許さない・・

時給の額だけでは、仕事は選ばれない

2014年5月20日   岡本全勝

日経新聞インターネット版5月20日「消える明かり「すき家」、バイト反乱で営業不能」が、興味深かったです。
・・景気低迷に覆い隠されていた日本経済の弱点が、白日の下にさらされた。労働力の供給が細る中、景気が回復して構造的な人手不足が露呈している。その影響をもろに受けたのが、牛丼チェーンの「すき家」。店舗が相次いで営業時間の短縮や休業に追い込まれた。人手が足りない上に業務量の増加が追い打ちをかけ、アルバイトが逃げ出した。多くの小売りや外食企業に、採用難の問題は野火のように広がる・・
・・それは異様な光景だった。
4月中旬の午後7時、東京都世田谷区にある牛丼チェーン大手の「すき家」桜新町駅前店。周囲の飲食店やコンビニエンスストアの照明が煌々と夜空を照らす中、この店だけは電気が消え、暗闇の中に沈んでいた。もちろん本来は年中無休・24時間営業の店舗だ。
「本日の営業は終了しました。申し訳ございません」。入り口の自動ドアに目を凝らすと、殴り書きのような貼り紙の文字が浮かび上がった・・
詳しくは本文を読んでいただくとして、p4に、商店街のアルバイトの時給が並べてあります。これも興味深いです。