カテゴリーアーカイブ:社会の見方

インターネットとの付き合い方

2021年5月22日   岡本全勝

5月14日の朝日新聞オピニオン欄、ドミニク・チェン早稲田大学准教授の「わかりあえなさと共に」から。
――コロナ禍で人に会う機会が減り、ネットに1人で向きあう時間が増えました。コミュニケーションの研究者として、この1年あまり、なにを感じてきましたか。
「大学の現場では試行錯誤が続くなか、講義を映像でいつでも見返せるようになるなど、合理的な変化も起きました。オンラインでも、学生たちと一緒に学んだり、現状に対して批評的に考えたりすることはできると感じています」
「ただ、会って話すときのコミュニケーションの豊かさは、簡単には置き換えられません。人は本筋とは関係ないノイズ、つまり雑音のような情報の海の中を漂いながら、コミュニケーションを成立させるための信号を発したり受け取ったりしています。しぐさ、表情、あいづち……。この研究室の書棚の本の背表紙や置物、窓の外の風景も、理解を深める大事な情報です」
「それが、オンラインでは顔と声を除く膨大な量の情報がそぎ落とされてしまう。相手が置かれている環境や言葉の裏の感情を読み取ることは難しい。自分の話し方も、つたなくなっていく」

――グーグルやアップル、フェイスブックなど「GAFA」と呼ばれる巨大IT産業が、こうした情報を差配しているとして、批判も強まっています。
「米国の西海岸に特有の、技術が進化すれば人類の悩みは解決するという、テクノロジー信仰と自由放任的な資本主義があいまって、フィルターバブルやSNS上の分断を加速させた、ということは言えるでしょう」
「収益を最大限にするため、利用者の自社アプリに対する中毒状態をいかにつくるか――。米国から中国まで数学や心理学の博士号を持つ世界の天才たちが、そんな仕事をしている。スマホのアプリは、利用者の特定の情報に対する飢餓感を誘発するように設計されている。反倫理ではないが、非倫理。悪意はないが、倫理の要素が抜け落ちていた。選挙の操作や若者たちへの精神的な影響などが指摘され、規制や再考を促す議論が始まっているところです」

――著書「未来をつくる言葉」を書くきっかけにもなった娘さんは9歳。デジタルとはどう付き合っていますか。
「注意を収奪されるものは使わせないようにしています。たとえば、ユーチューブは自動再生機能があるので、自分で選択したのではない情報に満足する状態に慣れてしまう。大人も中毒になりかねないものを無自覚に子どもに与えるのは、危険だと思います」
「ネット中毒とは、自らの意思とは関係なく時間を奪われてしまうことです。リテラシー(見極める力)を高めるためには、日本でも広くプログラミングを教育に取り込むべきです。そうすれば、子どもはプログラムの設定を少し変えるだけで情報の出方が違うことを体感できる。自分が企業の設計しだいで操作されてしまう世界で暮らしていることもわかります」

法治国家、日本の形

2021年5月21日   岡本全勝

東大出版会宣伝誌「UP」2021年5月号、内田貴さんの「書かれざる法について」が興味深いです。民法のうち契約に関する部分の改正についてです。明治初期に制定して以来、121年ぶりに改正されました。これも驚きですが。
日本がお手本にしたドイツやフランスでは、21世紀に入って次々と現代化しているのに、日本では反対が強かったのです。法曹界だけでなく、経済界からの抵抗が大きかったそうです。

焦点の一つが、事情変更の原則です。第一次世界大戦後、ドイツではハイパーインフレに襲われ、貨幣価値が1兆分の1まで下落しました。債権が額面では無価値になり、裁判所は「合意は守らなければならない」という原則を変更し、増額を認めました。これが事情変更の原則です。
日本でも、学説上も判例も確立しています。そこで、法務省が民法現代化の一つとして、この法理を明文化しようとしたのです。ところが、最後まで経団連の反対を超えることができず、条文化は断念されました。
既にできあがっている原則を明文化することに反対する???
法文より、裁判官を信頼してるようです。しかし法律は、裁判官が恣意的な判決をしないように縛るためのものでもあります。

内田先生も指摘しているように、日本の民法をはじめ法律は、条文だけで完結しておらず、背後に書かれていない規範があります。法治国家といっても、欧米(たぶん国ごとにも違うのでしょうが)と、日本では効果が違うようです。
新型コロナウイルス感染拡大防止についても、象徴的なことがあります。
各国が、法律で国民の行動を制限しているのに、日本は要請ですませています。法律で制限しているのは、事業者の営業についてです。
日本には、欧米流の「法治国家」と伝統的な「世間の目」という、二つの社会があります。「戦後民主主義の罪、3

ジャーナリズムの不作為

2021年5月20日   岡本全勝

5月14日の朝日新聞オピニオン欄、山腰修・慶応大学教授の「ジャーナリズムの不作為 五輪開催の是非、社説は立場示せ」が興味深かったです。

・・・「ジャーナリズムの不作為」という言葉がある。メディアが報じるべき重大な事柄を報じないことを意味する。例えば高度経済成長の時代に発生した水俣病問題は当初ほとんど報じられなかった。このような不作為は後に検証され、批判されることになる。
ジャーナリズムは出来事を伝えるだけでなく、主張や批評も担う。したがって、主張すべきことを主張しない、あるいは議論すべきことを議論しない場合も、当然ながら「ジャーナリズムの不作為」に該当する。念頭にあるのは言うまでもなく、東京五輪の開催の是非をめぐる議論である・・・
・・・この段階に至るまで、主流メディアは「中止」も含めた開かれた議論を展開したとは言い難い。例えば、5月13日現在、朝日は社説で「開催すべし」とも「中止(返上)すべし」とも明言していない。組織委員会前会長の女性差別発言以降、批判のトーンを強めている。しかし、それは政府や主催者の「開催ありき」の姿勢や説明不足への批判であり、社説から朝日の立場が明確に見えてこない。内部で議論があるとは思うが、まずは自らの立場を示さなければ社会的な議論の活性化は促せないだろう・・・

・・・かつて6年近く朝日の論説主幹を担った若宮啓文は、社説を「世論の陣地取り」と位置づけた。社の考えや価値観の理解・支持を広げていく手段、というわけである。こうした点からすると、五輪をめぐる朝日の社説は「陣地取り」に完全に失敗している・・・
・・・ただし、「世論の陣地取り」の仕方も時代に合わせて変化が求められる。かつてのように主張を一方向的に伝えても、多くの人々に届かない。不確実性の高まる社会では、自らの主張が「正解」である根拠を見いだすことが難しい。間違いを指摘されるかもしれないし、批判されるかもしれない。
だが、そうした指摘や批判に耳を傾け、応答しながら柔軟に修正を積み重ねるような社説でも良いのではないか。「言いっ放し」ではなく耳を傾ける姿勢が、ソーシャルメディアの時代では共感や理解を得る手段となる。いわばそれは社会との対話によって議論を発展させる新しい社説の形である・・・

企業による表現の自主規制

2021年5月19日   岡本全勝

5月12日の日経新聞オピニオン欄、ファイナンシャルタイムズのジョン・ソーンヒルさんの「SNS無規制が招く危険 表現の自由、企業に任せるな」から。

・・・米フェイスブックの監督委員会が同社SNS(交流サイト)からトランプ前大統領を「追放」した会社側の対応を支持したことについて、トランプ氏の支持者は恥ずべきことだと語る。トランプ氏反対派の多くは、同氏が選挙後に首都ワシントンの暴動をあおったことに対する適切な処罰だと言う。
だが、それ以上に大きく重要な問題は、フェイスブックが構築し、委員を任命し、運営資金を出している監督委員会が果たして、そうした判断を下すのに適した団体なのかどうかだ。表現の自由の境界線を引くために、フェイスブックの「最高裁判所」と呼ばれる疑似公的機関の創設が民間企業に委ねられたのは、一体なぜなのか・・・
・・・かつて、認知科学者のジョージ・レイコフ博士はかつて、問題を特定の枠組みにはめることで都合よく政治・社会的な課題の結論を導き出せると説明したことがある。「どういう枠組みを設定するかによって問題が定義され、問題をどこまで話せるかも決まる」と同氏は述べている。
独自の監督委員会を創設することで、フェイスブックは表現の自由という問題の枠組みを巧妙に規定した。そうすることで、自社の業務慣行とビジネスモデルを暗に是認し、原因ではなく結果を重視する仕組みにしたのだ。だが、監督委自体が先日論じたように、これはフェイスブックが責任を回避できるということではない・・・

・・・これだけの質問をみても、フェイスブックが今、社会システム全体にとって重要な情報機関となったことが分かる。かつてラジオとテレビが規制されてきたように、現代におけるコミュニケーションインフラとして、厳しい監視の目を向ける必要があると考える根拠にもなる。
フェイスブックを擁護すると、監督委は確かに、以前と比べるとさらなる透明性とアカウンタビリティー(説明責任)を提供している。
フェイスブックのグローバル問題を担当するニック・クレッグ副社長は先日、本紙フィナンシャル・タイムズのイベント「グローバル・ボードルーム」に参加し、合意に基づく規制がないせいでフェイスブックは自ら空白を埋めるしか手がないと言った。また、監督委を立ち上げるために1億3000万ドル(約140億円)の予算を割り振ったと述べた。
さらに、クレッグ氏は監督委が設立からまだ日が浅いことを認め、フェイスブックとともに絶えず進化を遂げ、外部のパートナーをさらに呼び込んでいくと語った・・・

・・・だが、国連や市民社会が業界全体に対して監視体制を築こうとしている可能性を奪いつつあるとも危惧している。「(監督委は)興味深い仕組みで革新的だが、他の重要な体制づくりの可能性を潰してしまっている」とケイ氏は言う。
フェイスブックほどの巨大なSNSを運営・管理することは気が遠くなるような難題だ。フェイスブックの監督委や3万5000人のコンテンツモデレーター(管理人)、さらには最も優秀なアルゴリズムを駆使しても力が及ばないのは明白だ・・・
・・・オンライン上での表現の自由をめぐる問題には、単純な答えは存在しない。だが、より複雑な答えを探す試みは不毛だというわけではない。ただ、表現の自由というすべての人にかかわる問題について、フェイスブックという一企業が自社に有利になるように枠組みを規定することは許してはいけない・・・

詳しくは原文をお読みください。

日本企業の国際化、タケダ薬品

2021年5月18日   岡本全勝

5月13日の日経新聞「多様人材探るONEタケダ 経営陣7割が外国人、摩擦も成長の糧に」が、武田薬品工業の国際化について分析しています。

社長が外国人、経営陣19人のうち日本人は5人です。海外企業を買収し、海外売上比率は8割、4万7千人の従業員の9割が海外にいます。
本社は東京日本橋にありますが、アメリカの拠点に情報とともに経営の主導権が集まりつつあるようです。

生え抜きから幹部まで上り詰める社員は少なく、経営陣で新卒から武田に勤務する日本人は3人だそうです。幹部クラスの入れ替わりも激しく、上司が替わると方針が変わることもあって、戸惑う社員もいるようです。
しかし、このような摩擦が生まれても、グローバル化は止めません。そうしないと、世界で生き残れないからです。