カテゴリーアーカイブ:社会の見方

「エビデンス至上主義」の危うさ

2021年9月16日   岡本全勝

朝日新聞デジタル医療サイト、失敗学の畑村洋太郎さんの「「考え」ない菅首相、その罪深さと正しさ」(9月12日)の後段から。

・・・僕は東京電力福島第一原発事故の政府の事故調査・検証委員会の委員長を務めたけど、失敗の原因をさぐるためには、なぜこんなことが起きたのか、「推測する力」が必要な場合もあるんだ。
ところが今の科学は、推測で書いているようなものはどんどん排除しようという方向になっている。「エビデンス」などといって、証拠がないことを発言してはいけない、という空気も強まっているように思う。
でも、そういう考え方の制約を外さないと、正しい考え方はできないんじゃないか。

委員長をやっていたときに開いた国際会議の中間報告書で、僕は「あり得ることはこれからも起こる」「あり得ないと思うことも起こる」と書いた。
そしたら、フランスのラコステ原子力安全庁長官が「『思いつきもしないことさえ起こる』というのも足さないと、人間が考えるすべての領域を全部、採り上げたことにならないぞ」と言ってくれた・・・

追いついた後、投資先がわからなくなった日本の資金

2021年9月15日   岡本全勝

9月10日の日経新聞経済教室「金融緩和の功罪」は、村瀬英彰・学習院大学教授の「政策に期待する機能、熟考を」でした。

・・・低インフレ、低金利、低成長。日本経済は様変わりした。変化の根底には貨幣・国債を中心とする安全資産への需要の膨張がある。それは貨幣・国債の大量発行にもかかわらず、歴史的な低インフレ、低金利をもたらしている(図参照)。また低成長の原因にもなり、金融政策に期待される機能にも変化を生み出している。

貨幣・国債といった安全資産の需要が異例の膨張をしたきっかけは、1980年代に遡る。その時期、日本は欧米諸国にキャッチアップした。だがフロントランナーになると、成長の成果として蓄えた膨大な資金をどこに投資すべきかがわからなくなった。行き場を失った資金はバブルの狂乱を生み、バブル崩壊後の不良債権処理の遅延は銀行のリスク負担能力を奪っていった。
銀行融資中心の日本の金融では、銀行こそがリスクマネーの供給者であり、資本市場のリスク負担能力は十分でなかった。日本はフロントランナーになり一層のリスクマネーを必要とするタイミングで、リスクマネーを失う最悪の事態に陥った。
実際その後、銀行は貸し出しよりも国債購入を選好するようになり、大規模な金融緩和の下でも超過準備を積み増す傾向を強めた。不良債権の処理が終わった後も、無形資産や人的資本を中核の生産要素とする情報通信技術(ICT)企業などの資金需要に十分な対応ができない状況が続いている。

一方、銀行というリスクマネー供給者を失った企業は投資主体から貯蓄主体に転化し、金融危機が起きるたびに現預金を蓄える傾向を強めた。さらにリスクマネーが消失すると、企業活動のリスクは他の誰かに押し付けられるようになる。非正規雇用の増加など労働者がバッファー(緩衝)として使われるようになり、家計も将来不安の増大から安全資産需要を高めた。
日本の金融機関や企業、家計を覆う全面的な安全志向は、フロントランナーとして不確実性の高い技術革新や資本蓄積、つまりリスク資産への投資が求められる状況で重い足かせとなった。日本が他の先進国の停滞にも増して、より長く深く先の見えない停滞に陥った大きな理由といえる・・・

詳しくは原文を読んでいただくとして。連載「公共を創る」でも、欧米へ追いつくことを国是とした日本が、それを達成した後、長い混迷の時期に入っていることを説明しています。この村瀬先生の説明は、資金の運用から見た、追いつき達成後の日本経済の低迷が明快にわかります。そして、バブルの原因も。

本能

2021年9月14日   岡本全勝

小原嘉明著『本能―遺伝子に刻まれた驚異の知恵』 (2021年、中公新書)を読みました。本能とは何か、昔から気になっていました。
ウィキペディアでは「現在、この用語は専門的にはほとんど用いられなくなっている」とも書かれています。でも、昆虫や動物が親から教えられなくても、歩いたり飛んだり、餌を取り、生殖します。学習しなくても、複雑な行動をすることは、本能なのでしょう。

この本には、いくつもの驚くような行動が書かれています。しかし、まだまだわからないことが多いようです。長い進化の歴史の中で、それぞれの種が身につけたのでしょうが。遺伝子や脳の働きといった「仕組み」の解明は進んでいません。「まだわからないことが多いのだな」ということがわかりました。

本能という言葉が避けられるようになったのは、人間の行動や性格を、十分な根拠もなく「本能だから」と説明したからではないでしょうか。科学的に解明されていないことを、不正確な俗説で決めつけるのは、話は早いのですが、有害な場合もあります。

モノとコト

2021年9月13日   岡本全勝

モノとコトという表現、あるいは「コト消費」という言葉を、聞かれたことがあるでしょう。でもコトって、何の意味かわかりますか。いろいろ考えてみました。専門家はまた違った解説をするのでしょうが、門外漢の私の理解を説明しましょう。

まず「コト消費」から。
ウィキペディアによると、コト消費は「一般的な物品を購入する「モノ消費」に対し、「事」(やる事・する事、出来事=出来る事)つまり「体験」にお金を使う消費行為のことで、特に非日常的(アクティブ)な体験が伴う経済活動を指す」とのことです。
体験型の消費とは、一方的にサービスを受ける、例えば散髪などと異なり、消費者が参加する体験型のサービス商品ということでしょう。
でも、そのような視点から商品を分類すると、モノとサービスがあり、そのほかに権利とか情報なども商品として扱われます。このサービスの中から、体験型の商品を特に「コト消費」と名づけたのでしょう。商品として売る際には、わかりやすいのでしょうが。

かつて、社会学の先生に、その違いを教えてもらったことがあります。「モノ」と「コト」の区別は、もともとはアリストテレスなどにある言葉だそうです。人間の外に実在するのが「モノ」、人間の心の中にあるものが「コト」で、過去や未来、観念などです。
それはひとまず置いて、現代社会を観察する際のモノとコトの区別は、私の理解では次の通り。
質量があるのが「モノ」、質量がないのは「コト」。コトとは、モノとモノの相互作用のこと。

社会科学は、「人(個人)とその関係」を研究します。モノに当たるのが「人」で、コトに当たるのが「人と人との関係」です。
自然科学、特に物理学では、対象を物質と運動に分解して考えます。物質がモノで、運動(これも物質間に働く力で関係と見ることができます)がコト。
厳密な科学的説明ではありませんが、私たちが世間を理解する場合には、このような切り口が有用でしょう。

日本人の値上げ嫌い心理が経済を冷やす

2021年9月12日   岡本全勝

9月8日の朝日新聞オピニオン欄、渡辺努・東京大学大学院教授の「値上げ嫌いこそ元凶」から。

「経済の体温計」といわれる物価が動いていない。その原因を多くの経済学者が探ってきたが、いまだに正解が定まらない。日本の物価研究の第一人者、渡辺努さんは、わずかな値上げすら受け入れない私たちの心理こそが「主犯」とみる。この20年間、「止まったまま」だという日本経済を動かすには何が必要なのかを聞いた。

――日本の物価はなぜいつまでも上がらないのでしょうか。
「たとえば、身近な理美容サービスやクリーニング料金は、2000年ごろから価格が全く動いていません。これは消費者の根底に『1円でも余計に払いたくない』という心理があるからです」
「企業は原材料の価格が高くなったり、円安で輸入コストが上がったりすれば、商品の価格に上乗せしたいと考えます。でも消費者にアンケートすると、いつもの店でいつもの商品を買おうとして少しでも価格が上がっていれば、『ほかの店に行く』と答える傾向が顕著です。欧米の主要国で同じ質問をすると、消費者の過半は同じ店で買い続けると答えます。日本では企業は顧客離れを恐れ、価格を据え置かざるを得ない」
――値上げを受け入れない心理はどう生まれたのですか。
「1995年ごろまでの日本は、年3%ぐらいの商品の値上げは普通でした。90年代末の金融危機のころから消費が急速に冷え込んだため、企業の間で価格据え置きの動きが広がりました。同じことは働く人の賃金にも言え、ほとんど上がらなくなりました」
「問題はその後です。銀行の不良債権問題が次第に片付いて経済が立ち直る過程でも、価格の据え置きが続いたのです」

――物価が上がりにくいのは、先進国に共通の悩みでした。
「確かに米国も欧州も全体でみた物価は上がりにくくはなりました。しかし、一つひとつの商品の値段はそれなりに上下に動いており、メリハリがある。一方、日本では一つひとつの値段がほとんど動かない。経済が止まっているようなものです」
――日本の消費者は飛び抜けてケチだ、ということですか。
「あまりにも長期間価格が動かないのを見せすぎたせいで、物価とはそんなものだと思い込んだ消費者が多いのでしょう。ある食品メーカーの社長は、海外の取引先はコスト上昇分の価格転嫁を受け入れてくれるのに、日本の流通大手は正当な理由を説明しても納得してくれないと嘆いていました」
「私も理不尽だと思いますよ。1円だって上がるのもイヤだというほど、あなたは貧乏なんですか、と消費者に尋ねてみたくなります。少なくとも平均的な年収があれば容認できるはずなのに、それでもイヤだというのですから」

――ただ、賃金も物価と同じように動かないのなら、ある種の均衡状態ではありませんか。
「確かに均衡状態なのですが、それではまずいんです。たとえば、ピザ屋が設備投資をして良い窯を入れ、工夫しておいしいピザをつくろうとしたとします。しかし、ライバルと横並びの値段でないと消費者は買わないから、設備投資の元が取れません」
「企業は、値上げが一切できないことを前提に活動しなければならない。コスト削減に追われて、賃金を上げている場合ではない。商品の開発も、設備投資も、技術革新も、前向きな動きがすべて止まっている。それがこの20年間の日本経済の姿なのです」

――生産性が低いことが問題の根本にあるのでは。
「日本の生産性は低く、上げる努力は必要だと思いますよ。でも、私が強調したいのは、仮に生産性が上がらなくても、賃金も物価も上げられるということです。どこかの会社で賃金が上がり、それを払うために商品を値上げする。購買力を維持するために、ほかの企業の賃金も上がる。そして、それらの企業の商品の価格も上がる。みんなの賃金と物価が並列的に年2%上がっていく状態を指して、世界の中央銀行は『インフレターゲット』と呼んでいるわけです」

――問題が「心理」にあるのなら、変えるのは難しそうです。
「日本では圧倒的多数の人々が今の物価のままでいいと思っています。コロナ危機が去ったらなんとかしようという機運は、政治家にも日銀にもない。どこかの企業が頑張って賃金を上げても、それが物価に跳ね返らないと、連鎖はそこで止まり、他の人の賃金に及んでいかない」
「誰かから安く買うということは、そこの労働者の賃金も低く抑えられるということです。安いことはまずい、という認識がまず広がらなければいけません。要は『気の持ちよう』なので、生産性を上げたり、労働市場の慣行を変えたりといった難題に比べれば、むしろ易しいはずです」