カテゴリーアーカイブ:社会の見方

経済が生みだす敗者を支える仕組みが必要

2022年9月1日   岡本全勝

8月21日の読売新聞、岩井克人・東大名誉教授の「「敗者」支える仕組みを」から。

経済のグローバル化は世界に大きな恩恵をもたらした。各国が得意なものを輸出し、不得意なものは輸入することで、平均所得が急増し、途上国の貧困率は大幅に下がった。
だが、それは各国の中に「勝者」と「敗者」を生む。得意な産業は栄えるが、工場の海外流出や製品の流入によって打撃を受ける労働者が生じる。この「敗者」を支える仕組みが欠けていると、グローバル化は破綻する。
1820年からの1世紀はまさにその例だ。交通機関や通信技術の発達によって世界の貿易量や資本取引が飛躍的に増えた。だが、各国内の「敗者」の不満が政治を不安定化させ、1914年に第1次世界大戦を引き起こした。さらにファシズムの台頭、世界大恐慌、第2次世界大戦という暗黒の時代を招いた。

第2次大戦後、現在のWTO(世界貿易機関)の前身となるGATT(関税・貿易一般協定)のもと、再びグローバル化が進んだ。
その様相が変わるのは、米国主導の自由放任主義が前面に出る1980年以降だ。その結果、たとえば米国では、一握りの富裕層がますます富を増やす一方で、多数の「敗者」が生まれた。その不満がトランプ大統領の誕生につながった。
今なお米国の分断は深刻で、民主主義それ自体を危うくしている。自ら進めたグローバル化が跳ね返ったのだ。

GATTやWTOが進めた貿易自由化の背後には、各国が経済的な結びつきを強めれば、民主主義や法の支配という普遍的な理念が共有されるはずだという期待があった。
だが、グローバル化が自由放任主義の名で加速すると、中露はその動きを米国の覇権主義と同一視して敵対する立場をとった。中国は強権的な姿勢を強めた。ロシアはウクライナを侵略し、経済的な相互依存を「人質」にさえした。期待は幻想となった。
また、コロナ禍やウクライナ戦争をきっかけとして、経済安全保障が重視されるようになった。これまでのグローバル化は、生産コストを下げることのみが優先された。だが、疫病の伝播は人々の移動を止め、国際的な対立は供給網の断絶や技術情報の漏えいなどのリスクを生む。このようなグローバル化の本当のコストを考慮するために、経済安全保障という概念が不可欠となった。

それでも、グローバル化を否定するわけにはいかない。実は、グローバル化はモノやおカネだけでなく、アイデアの交換も促す。地球温暖化など人類全体の課題の解決には、さらなるグローバル化が必要ですらある。それは「敗者」を支え、本当のコストを考慮していく「修正されたグローバル化」でなければいけない。
これが軌道に乗ってはじめて、民主主義などの普遍的な理念が世界で共有されるという期待が、単なる幻想ではなくなるはずだ。

日本の競争力低下、経営の効率性の悪さ

2022年8月29日   岡本全勝

8月11日の日経新聞経済教室、一條和生・IMD教授の「人的資本投資拡大に向けて 人材抱え込みの発想転換を」から。それによると、63カ国中、日本の競争力は総合で34位、政府の効率性で39位、ビジネスの効率性で51位です。

スイスのビジネススクールIMDが6月に発表した2022年の世界競争力ランキングでは、日本の競争力は前年から3ランク落ちて34位となった。
競争力低下の原因は明らかだ。上位3カ国のデンマーク、スイス、シンガポールと比べると、日本はビジネスの効率性が著しく低い(表参照)。その最大の要因は、ビジネスの効率性を左右する経営実務に関する評価が調査対象の世界63カ国・地域中最下位と極めて低いことだ。

経営実務に関する評価の細目で、ビジネスのアジリティー(機敏さ)、ビジネスの環境変化の認識、環境変化への対応、意思決定におけるビッグデータとアナリティクス(分析)の活用、マネジャーのアントレプレナーシップ(起業家精神)など14項目中、実に5項目で日本は最下位だ。
経営実務を担うマネジャーに対する評価も芳しくない。シニアマネジャーの国際経験に関する重要性の認識や優秀さでも日本は最下位だ。新しい資本主義の担い手として重要なこの層のレベルアップは喫緊の課題だ。こうした日本の弱点が改善され、せめて世界平均に並べば、日本の世界競争力ランキングは34位から20位に上がるとみられる。

次々と予想もしない変化が起きる中で、ビジネスリーダーにはデジタルスキル以外にも新しいスキルが求められる。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の22年調査によれば、調査対象企業の56%が教育投資を今まで以上に増やすと回答しているのもそのためだ。
常態化する危機のマネジメント、スピーディーな変化対応を実現するプロセスと組織能力の構築に並び、サステナビリティー(持続可能性)に関する教育への関心が高い。サステナビリティーの観点から、企業活動のあらゆる側面を変革しなければならないとの意識が世界的に高まっている。
日本企業も時代が要請する新しいスキルの教育に力を入れねばならない。18年の厚生労働省の「労働経済の分析」によれば、日本はスキルや学歴のミスマッチが経済協力開発機構(OECD)諸国の中で最も高い水準となっている。

そもそも日本企業の従業員教育に対する優先度は高くない。「労働経済の分析」によれば、国内総生産(GDP)に占める企業の能力開発費の割合を比べると、米国が2.1%、フランスが1.8%のほか、ドイツ、イタリア、英国が1%を超えるのに対し、日本は0.1%と突出して低い。
ただしそこにはもう一つ大きな発想の転換が必要になる。それは教育投資がもたらす可能性のある人材の流動化に関する発想だ。
バブル崩壊から約30年を経た今、日本がシニアマネジャーの国際経験で世界最下位になったという事実から目を背けてはならない。

国立公文書館「江戸城の事件簿」

2022年8月28日   岡本全勝

国立公文書館で、「江戸城の事件簿」という展示が行われています。面白いです。お勧めです。
赤穂浪士の原因となった松の廊下の刃傷は有名ですが、江戸城ではそれ以外にも、何度も大名たちが刀を振り回しています。切りつけた大名と切りつけられた大名はその後どのように処分されたか、居合わせた武士たちはどうしたか。
城内でいじめに遭った武士が、同僚に刃物を向けます。さて、その処分はいかに。
江戸城に迷い込んだ猫と犬がいたそうです。どうして入ることができたのでしょうね。では、それをどのように処理するか。これが大ごとです。そんな記録が残っているのです。

岡崎守恭著『大名左遷』(2022年8月、文春新書)を本屋で見つけたので、読みました。江戸時代に入って、各地の大名は、幕府から何かと名目をつけられて、改易(お取りつぶし)、転封(国替え)を命じられます。1代で5回も国替えを命じられた殿様もいます。私の故郷明日香村のお殿様は、高取藩植村公でした。司馬遼太郎さんの「おお大砲」にでてきます。その話と植村家も取り上げられています。

江戸城で刃傷沙汰を起こし、大名から転落した後、老中まで復活した水野家の話は、かつて、福留真紀著『名門水野家の復活―御曹司と婿養子が紡いだ100年』(2018年、新潮新書)を読んで、へえと思いました。

個人の不満を吸い上げていない民主政治

2022年8月25日   岡本全勝

8月12日の朝日新聞オピニオン欄、山腰修三・慶應大学教授の「安倍元首相銃撃 民主主義という参照点から掘り下げて」から。

・・・また、「事件は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に恨みを抱いた容疑者が引き起こしたものであり、安倍氏の政治信条への異議申し立てではないのだから、民主主義とは関係がない」との反論もあるだろう。だが、これも7月18日付の朝日のインタビューでの政治学者・宇野重規氏の言葉を借りるなら、あまりに「表層的」である。
宇野氏によると、個人の不満を吸い上げる政治的な回路が機能不全を起こし、本来社会全体で解決すべき問題が、あたかも個人の問題であるかのように捉えられるようになった。政治と切り離され、漂流するこうした不満が今回のように暴力の形で噴出してしまったのであれば、それは「民主主義の敗北」にほかならない。今回の事件を読み解くうえで重要な指摘である。

近年、世界的な民主主義の退潮が繰り返し指摘されてきた。日本だけがこの潮流と無縁であることなどありえない。トランプ現象のような分かりやすい形で大規模に展開しなかっただけで、人々の不満や要求を政治につなげる回路は着実に衰退してきた。
日本では安倍政権下の官邸主導によってさまざまな政策が実現する一方で、民意を代表しているはずの国会での議論が軽視された。思い返せば、今世紀初頭の小泉純一郎政権下の経済財政諮問会議を通じた「改革」をメディアも世論も大いにもてはやした。だが、それもまた政党や国会を迂回し、一部の専門家やビジネスの論理を政治に反映させる手法であった。
一般の人々の不満や要求を政治につなげる回路たるべき組織や制度が徐々に衰退し、民意は漂流を始めている。人々は選挙も伝統的なマス・メディアも、自分たちを代表していないと考えるようになった。

かつての大衆社会論に基づけば、中間集団を喪失した大衆は、政治的な無関心と熱狂との間を揺れ動く存在となる。こうした状況は現代社会において、今回のような暴力だけでなく、ポピュリズムや陰謀論が活性化する条件を形成することになる・・・

日系人リーダー 日米の懸け橋

2022年8月24日   岡本全勝

8月14日の読売新聞、ポール与那嶺・米日カウンシル理事長の「日系米国人の歴史と未来 日系人リーダー 日米の懸け橋」から。

・・・41年12月の真珠湾攻撃後、米国では日系人に対する差別と偏見が激しさを増し、翌42年の強制収容につながりました。米本土では西海岸を中心に約12万人が、ハワイでも約2000人が収容所に送られました。
日系人が味わった苦悩は、想像を絶するものでした。とりわけ日系2世への影響は大きかったと思います。米国籍を持つ米国人でありながら収容所に入れられ、米国への忠誠心を示すために、約3万3000人が米軍に志願しました。苛烈な欧州戦線に派遣され、そこで多くの死傷者を出しながら、戦果を上げて日系人の評価を高めたのです。
そんな2世から戦後、日系人初の連邦議会議員にダニエル・イノウエ元上院議員(2012年死去)、初の閣僚にノーマン・ミネタ元運輸長官(今年5月死去)といったリーダーが生まれました。次の世代の私たち3世には優れたリーダーがあまりいないようです。3世は一般的に2世の親から、「目立ちすぎるな」「完璧なアメリカ人になれ」と言われて育ちました。強制収容の影響もあったのでしょう。多くは日本語を話せず、日本の知識もありません・・・

・・・日本人は戦後も、「ジャップ」と蔑称で呼ばれることがありました。イノウエ氏が一番誇りに思っていたのは、彼が議員になって以降、政治家がジャップという表現を使わなくなったことだそうです。
日系社会がアイデンティティーを保ち、米社会で存在感を発揮するには、国の中枢で活躍する日系人リーダーが絶対に必要です。それは日系社会のためだけではありません。日系人リーダーの存在は、米国で暮らす他の人種と同様、米国の多様化や米国をより良くするために不可欠なのです。
次世代のリーダーとして期待されるのは、日系4世と5世です。この世代は完全な米国人です。彼らには「言うべきことは言う」という米国人らしさがあります。一方で、和食やアニメなどのブームもあり、良い意味で日本に高い関心があります。
私が理事長を務める米日カウンシルは、民間交流などを通じて日米関係の強化を図る非営利団体です。10月に日系人リーダー候補50人を日本に招き、日本の政財界の人らと交流させる計画です。全員が40歳未満で、4、5世がほとんどです。

日本企業は戦後、自動車に家電と、あらゆる分野で米国に進出し、成功を収めました。でも、日本のビジネスマンは一般的に、北米のビジネスマンと個人的に密な関係は築けていませんでした。日本の会社名や商品名は知っていても、役員の名前を知る米国人は少ないのです。
日米間にいまだ横たわる言葉や文化の溝を埋めるには、人と人とのつながりが大切です。10月に訪日する日系人リーダー候補は、日本人の血を受け継ぎ、日米両国の文化や慣習も理解しています。日米の懸け橋となるには、これ以上ない人材です。彼らは今後、両国をつなぐ太いパイプとなり、両国に相乗効果をもたらすでしょう。人と人との交流が深まれば、過去に日本企業が苦労してきた言語や商習慣の違いというハードルも低くなるはずです。彼らの活動を支援することは、米国だけでなく、日本にも大きなメリットをもたらす「未来への投資」だと捉えてほしいのです・・・