カテゴリーアーカイブ:社会の見方

豊かでない日本を生きる知恵

2023年1月14日   岡本全勝

12月21日の朝日新聞、小説家・青山文平の「豊かでない日本を生きる智慧 1995年のニューヨークと2022年の東京」から。

・・・私が初めてニューヨークの地に立ったのは1995年の冬でした。いまとなっては信じがたいのですが、当時のアメリカ経済は最悪で、一人当たりGDPは日本の65%。1ドルはなんと80円を割る超円高。街は荒れ、私もティファニーの真ん前で、悪名高いボトルマンに剃刀をちらつかされてゆすられました。セントラルパークは観光客が足を踏み入れる場所ではなかったし、一丁目と八丁目は絶対に行ってはダメという意味で、“いちかばちか”などと言われた。

それから、27年。日米の経済力は完全に逆転し、最新のレートで計れば一人当たりGDPはアメリカのわずか半分。為替は一時は1ドル150円を超え、いまも予断を許さぬ状況がつづいています。こうした数字だけを見れば、2022年の東京が1995年のニューヨークになったっておかしくはありません。
でも、銀座和光の前で恐喝に遭うことはまずないだろうし、日比谷公園でくつろぐことだってできる。相変わらず、東京に足を踏み入れてはいけない街区などありません。円安による物価高とはいえ、まだ治安の悪化を招くほどには追い詰められていないからとも言えるのでしょうが、江戸時代の中後期を舞台にした小説を書いている私は、そこに日本人の文化が現われているような気もしています・・・

・・・中期よりあとの江戸は、地方から出てきた流動民が人口の多くを占める百万都市でした。自給自足ならば食うことだけはできたであろう百姓が、カネで暮らす世の中になって借財がかさみ、田畑を離れざるをえなくなっていったのです。当然、江戸での暮らしも楽であろうはずがなく、張り巡らされた運河に、水死体を目にするのは珍しくなかったようです。食うや食わずで、明日は大川に身を投げているかもしれない連中が、土間を入れても四畳の裏店に身を寄せ合って、今日はへらへらと笑っている。そんな、いつ弾けても不思議はない社会だったのです。
けれど、江戸二百六十余年の時の重なりのなかで、実際に打ちこわしが起きたのは、幕末の混乱期と享保や天明の大飢饉のときくらいしかありません。それも極めて秩序立って行われて、抑制が働いていたようです。これは江戸だけのことではなく、中期以降は各地で百姓一揆が多発するのですが、一揆勢が手にする得物は鍬(くわ)や鉈(なた)などの農具で、刀剣のたぐいは持とうとしなかった。あくまで、百姓としてやむなく立ち上がったことを、武器でも示そうとしたのです。

負荷がかかっても我慢がきいて、あるいは、するりと逃す術(すべ)を身につけていて、簡単には弾けない……それは日本人の文化と言ってよいだろうし、そして、その文化は、これからますます大事にしなければならなくなる気がします。2022年は、長い日本経済の停滞が、もはや停滞などではなく常態であることを、いやが上にも突きつけられた年でした。豊かな日本を取り戻すのは至難でしょう。でも、私たちには、豊かではない日本を生きる智慧だってあることは、覚えておきたいと思います・・・

教員の心の病

2023年1月11日   岡本全勝

12月27日の朝日新聞に「教員「心の病」、コロナ響く 昨年度休職急増、最多の5897人に」という記事が載っていました。
・・・昨年度に「心の病」で休職した公立の小中高校などの教職員は前年度比694人増の5897人で、過去最多を更新したことが26日、文部科学省の調査でわかった。5千人を上回るのは5年連続。1カ月以上病気休暇を取っている人を合わせると1万944人に上り、初めて1万人を超えた。教員の多忙さの抜本的な改善が進まないなか、若手ほど心の病による休職者・休暇取得者の比率が高い実態も浮かんだ。
都道府県や政令指定市の教育委員会を対象に調べた。精神疾患による休職者と、1カ月以上病気休暇を取った人を合わせた数は前年度から1448人増えて1万944人。うち20代は2794人で、この年代の在職者に占める割合は1・87%と年代別で最多だった。30代は2859人で1・36%、40代は2437人で1・27%。50代以上(2854人、0・92%)と比べると若い世代で目立つ・・・

・・・関東地方の公立小学校に勤める30代前半の女性教諭は今年度、ある学年のクラス担任を頼まれた。暴力をふるう子や授業中に座っていられない子が少なくないため、担当する教員が対応に苦慮してきた学年だ。
目を離せばけんかやトラブルが起きた。休み時間も教室を離れられなかった。下校後は行事の準備や事務作業に追われ、退勤は毎日、午後10時ごろになった。
ある朝。支度を終え、出勤しようとしたが、体がまったく動かず、涙がとまらない。病院で精神疾患との診断を受け、当面、休職することになった。
振り返れば、クラスを抱え込み、孤立していた。病気などで休む教員がいて、欠員補充はなし。その分、校長ら管理職も授業を受け持つ状況。相談できる人はいなかった。「もっとサポートがほしかった」・・・

この問題の原因と対処については、先日書いた「発達障害の児童生徒への支援」の続きにもなります。

発達障害の児童生徒への支援

2023年1月9日   岡本全勝

年末に、児童生徒の8.8%に発達障害の可能性があることを紹介しました。12月29日の日経新聞は、「学習困難な子 支援手探り」を伝えていました。

・・・学習などに困難を抱える児童生徒への支援が十分に行き届いていない。13日公表の文部科学省の調査で、通常学級の小中学生の8.8%に発達障害の可能性があるとされ、35人学級なら3人ほどの割合になる。このうち4割は授業中の個別の配慮を受けていなかった・・・

明治以来の、よい子を育てる、優秀な人を育てる教育は、よい成果を上げたのですが、他方で落ちこぼれる子供に対して十分な支援ができていませんでした。
優秀な生徒は比較的手がかかりません。教員が困るのは、ついてこられない生徒、家庭の事情で勉学に専念できない生徒支援や、モンスターペアレント対策でしょう。大学の教員課程でも、それらの技術が十分に教えられていないようです。

読売新聞の人生相談欄

2023年1月8日   岡本全勝

読売新聞くらし欄に「人生案内」という、読者からの相談欄があり、識者が回答します。私も「こんな悩みがあるのだ」「私ならどのように回答するかな」と考えながら読んでいます。
12月25日は、2022年の回答者座談会でした。詳しくは本文を読んでいただくとして、そこに、相談内容が分析されています。

総数352件のうち、自分自身に関することが101件、家族に関することが204件、家族以外が47件です。家族の中でも、親が59件、夫が40件、子が37件です。
相談があった件数すべてではなく、紙面で取り上げたものですから、編集部による選択があるとしても。家族が、そして親が、一番の悩みになっているのですね。

男性的働き方が障壁

2023年1月7日   岡本全勝

12月27日の日経新聞経済教室「ワーク・ライフ・バランス」、筒井淳也・立命館大学教授の「「男性的働き方」こそ障壁」から。

・・・「共働きが増えた」といわれるが、実態は「妻が短時間あるいはパートタイムで働いている世帯」の増加だ。22年版「男女共同参画白書」で示された共働き世帯数の長期推移をみると、フルタイムの共働きは1986年の男女雇用機会均等法施行以降も増え続けてきたわけではない。ここ数年間は増加が目立つが、全体としていまだに性別分業が基軸となった男性稼ぎ手社会だと言わざるを得ない・・・
・・・国も手を打ってきた。均等法施行以降、90年代からは段階的に公的保育と育児休業制度の拡充が図られてきた。仕事と家庭の両立のスローガンの下、女性を職場に招き入れ、育児期を中心とした支援が展開されてきた。保育制度は財源的問題も抱えているが、育児休業制度は21年の国連児童基金(ユニセフ)の政策評価で1位を獲得するなど、制度としては世界トップクラスだ。22年度からはさらに男性の休業が柔軟に取得できるようになった。
ただ、この方針だけでは性別分業の問題の改善は限られるだろう。ワーク・ライフ・バランスは、しばしば女性にとっての、しかも主に育児期における仕事と家庭の両立のことだと考えられているが、本来もう少し広い視野でとらえるべき課題だ。最終的な目標は、「両立」というよりは、私生活に強く影響する仕事の領域における負担(長時間労働や勤務地の変更など)を減らし、生活全体にゆとりをもたらすことだ。
辛うじて両立できていても、余裕がなければ女性は仕事を減らすしかない。雇用機会均等法は余裕のない男性的働き方の世界に女性を招き入れる制度であり、その後の改正もその方針に沿ったものだった。本来必要なのは男性的働き方のほうを改革し、女性が育児期でも男性と肩を並べて働ける環境をつくることだ・・・

・・・育児休業については、男女賃金格差を背景にどの国でも男性の取得率は女性よりもかなり低い水準にとどまる。日本も世界一と評される制度のポテンシャルを十分に活用できていないのは、男女賃金格差が他国と比べ大きいこと、管理職的立場まで昇進する可能性が男女で極端に異なることなど、日本の雇用における各種ジェンダー差の結果だ。
育休取得が女性に偏り、他方で多くの男性が取得しない、もしくは短期間の取得に抑えるのなら、育児休業制度は女性の継続就業率を上げられても、管理職への昇進機会と賃金格差を縮めるようには機能しない。
次に前述したように、雇用機会均等法は男性的働き方を温存したうえで、そこに女性が加わるための障壁を取り払うという趣旨で改正を重ねてきた。だが本来の障壁は男性的働き方そのものだ。働き方改革とセットでないと意義が小さい・・・

・・・改善に向けた方策はあるのか。男性的働き方を変えるうえでは、慢性的に時間外労働を要請する雇用制度が問題の根本であり、税・社会保障制度については政治要因も絡んで思い切った改革への筋道が見えにくい。変革には大きな副作用(失業増や一時的な家計圧迫)を伴う可能性があるだけに、過渡期における激変緩和措置の検討を含めた政治的決断が必要だ・・・