カテゴリーアーカイブ:社会の見方

和をもって極端となす

2023年6月13日   岡本全勝

朝日新聞デジタル、磯野真穂さん(人類学者)の「私たちがコロナ禍に出会い直さねばならない理由」(4月19日掲載)から。

・・・私は人類学の観点から、かつて狂牛病と言われたBSE問題、年単位で接種率が低迷した日本脳炎ワクチンやHPVワクチン問題、そしてコロナ禍など、国内で起こった健康をめぐるいくつかのパニックを分析してきた。すると、これらの現象には一つの共通点があることがわかる。
それは、パニックを沈静化させるためにとられた極端な対策が、長期にわたりダラダラと続くことだ。私はこの傾向を「和をもって極端となす」と呼んでいる。

極端な対策により社会の調和がそれなりに取り戻されると、その和を保つことが最優先事項となる。おかしいと感じる人は内部に複数いるものの、波風を立てることを恐れ、あからさまな反対運動には至らない。結果、対策の副作用として深刻な問題が生じても、それは見過ごされたままとなり、対策は漫然と続いていく・・・

・・・さらにバーマンは、中根に加え、政治学者の丸山眞男、心理学者の土居健郎も参照しながらこうも語る。
「日本社会はその仕組みからして、真剣に現状の問い直しを行う機構が備わっておらず、物事が一旦(いったん)ある方向に動き始めると、基本的に行き着く先まで行ってしまうより他ないとする丸山(そして土居と中根)の主張を肯定しておきたい」・・・

定年後、夫の居場所

2023年6月12日   岡本全勝

朝日新聞くらし欄は、5月21日から「定年クライシス、居場所はどこに」を連載しました。

21日の「「週3日は外に出て」妻は言った」から
・・・「昼ご飯、作りたくない」
滋賀県に住む70代の男性は、妻の言葉に驚いた。60歳で定年を迎えた後、雇用延長で66歳まで働き、退職してから間もないころだった。
専業主婦の妻は、自身の昼ご飯を前夜の残り物やパンで済ませることが多かった。3食分を作るのは、めんどくさいのだろう。「しょうがない」。そう思った。
妻は、続けて言った。「週に3日は外に出てほしい」
こちらは「きつい話だ」と思った。でも、けんかをしても仕方がない。できるだけ外に出るようにした。コンビニで昼食用のおにぎりを2個買い、電車で京都へ。京都御苑や植物園、寺や公園のベンチで昼食をとった。電車賃がかかるから、昼食代は節約せざるを得なかった。
「週3日のノルマ」はきつかった。地域活動や仕事を探しても、趣味に合わなかったり、場所が遠かったり。活動回数が少ないものもあった。最低週1回は活動しないと予定は埋まらない。次第に探す気持ちさえ起きなくなった・・・

24日、加藤伊都子・フェミニストカウンセラーの発言から。
・・・夫の定年後、心身が不調になった女性をカウンセリングしてきました。血圧などの数値の悪化や、自己免疫疾患、うつ症状に陥る人もいます。
世代的に妻は主婦という世帯が多く、お金を自由にできず、自己肯定感が低いなど、妻は弱い立場に置かれがちです。夫婦の上下関係を背景に、夫の在宅がストレスになってしまう。定年は関係性のひずみを顕在化させます・・・
・・・男性の中には「ふんぞり返ってきたつもりはない」という人もいるでしょう。でも外出の際、妻は見送ってくれても、自分が見送ったことはありましたか。無自覚に妻からのケアやサービスを享受してきた面はないでしょうか・・・

原沢修一・キャリアコンサルタントの発言から。
・・・ 定年を機に右往左往する男性と、ぎくしゃくしがちな夫婦関係を見つめてきました。
夫の定年を機にうつ状態になった2人の女性を知っています。1人は、外出しようとするたび、夫が「どこへいくんだ」「おれの夕飯は」と質問攻めにする。もう1人の夫は「時計が遅れている」「トイレの紙がない」と延々ダメ出しして、自分は何もしない。
外で働いてきた男性たちは、家事や育児の大変さを理解せず、妻を長く下に見てきたのではないでしょうか。
象徴的なのは「ありがとう」「ごめんなさい」を素直に言えないこと。上司には抵抗なく謝罪できるのに、妻にはできない・・・

西洋社会を学ぶ意味

2023年6月11日   岡本全勝

岩波書店の宣伝誌『図書』6月号に、前田健太郎・東大教授が「西洋社会を学ぶ意味」を書いておられます。ウエッブで読むことができます。一部を抜粋します。

・・・日本の政治学において、西洋由来の理論が持つ存在感は大きい・・・政治学の教科書に掲載されているのも、大部分は欧米の研究者の提唱した学説である。マルクス主義、多元主義、合理的選択理論、ジェンダー論など様々な理論が輸入されては、日本の政治の分析に用いられてきた。
それを、奇妙に感じる人もいるだろう。日本列島から何千キロも離れ、歴史や文化も異なる土地で作られた理論を、なぜ自国の政治に当てはめるのか。それは、世界を西洋とそれ以外に二分し、前者の後者に対する優位を唱える西洋中心主義の発想ではないか、と。こうした批判は、より日本に根ざした政治学を目指す動きへとつながる。
だが、そこには悩ましい問題が待ち受けている。現代の日本において、欧米の政治学の影響を受けていない理論など、ほぼ存在しない・・・

・・・欧米の社会科学は、西洋社会を分析の対象としている。このことは、日本の政治学のあり方を考える上で、無視できない意味を持つ。というのも、その視点を素直に取り入れるのであれば、欧米の政治学の理論を用いて日本の政治を分析する発想にはなるまい。むしろ、まず日本列島を取り巻く東アジアという地域の成り立ちを考え、その中での日本の位置づけを探ることになるだろう。
ところが、ここで重要な問題に気づく。それは、日本の政治学における東アジアへの関心の低さである・・・キリスト教や啓蒙思想は登場しても仏教や儒教は登場せず、近代官僚制は解説されても科挙制度は解説されず、ウェストファリア体制が出てきても冊封体制は出てこないのが一般的である。
これは不思議なことではないだろうか。七世紀に律令制を取り入れて以来、日本列島の支配者たちは、中国大陸や朝鮮半島に興った政治権力との間で様々な関係を取り結び、その下で政治制度を作り上げてきた。政治学の教科書の中で、この基本的な事実に言及がないというのは、あたかも絶対王政や身分制議会に触れることなく欧米諸国における政治制度の成立を説明するようなものだろう。

西洋の学問を学び、自国の分析に取り入れることは、一見すると開明的であり、先進的である。だが、日本には一九世紀後半の「脱亜入欧」の時代以来、自国を西洋の一部に含め、東アジアに背を向けるという、一風変わった自国中心主義があった。欧米の政治学を自国に当てはめつつ、東アジアを視野の外に置くという態度は、それとよく似ている。
かつては、それを方法論的に正当化することも可能であった。日本は、社会経済的な条件や政治制度が周辺諸国とは大きく異なっていたからである。例えば、一九八〇年代までの東アジアでは、複数の政党が自由に競争する政治体制は日本以外に存在せず、産業化の程度にも大きな差があった。そうであれば、欧米諸国の方が日本との共通点が多く、比較しやすいという議論も成り立ち得ただろう。
だが、木宮正史『日韓関係史』(岩波新書、二〇二一年)が韓国の事例に関して指摘するように、「失われた三〇年」とも呼ばれる日本の経済的な停滞が続く中で、従来の前提条件は大きく変容した。台湾と韓国は一九九〇年代にかけて民主化を成し遂げ、今や経済発展の水準も日本と同等である。他方で、独裁体制が続く中国でも急速な経済発展が進み、少子高齢化など日本と似た社会問題を抱えている。その意味で、未だに経済発展の水準の低い北朝鮮は例外としても、東アジア諸国を日本の比較対象から除外することはもはや正当化しにくい。むしろ、今や改めて日本を東アジアの国として位置づける条件が整ったともいえよう・・・

明治以来、日本は「脱亜入欧」を目指してきました。当初はそれでよかったのでしょうが。その結果、大きな間違いを犯しました。一つは、アジアで戦争をしたこと、植民地を持ったことです。もう一つは、アジアに「友達」を作ることができませんでした。アジア各国が貧しく、日本だけが豊かな時代は、それらが「隠れていた」(相手の国は意識していました)のですが、各国が経済力をつけたことで、その問題があからさまになりました。

大阪の日本画展

2023年6月2日   岡本全勝

東京ステーションギャラリーの「大阪の日本画」が、よかったです。
江戸時代から戦前まで、大阪は経済力のある商人の町でした。文化を支える力があったのです。
文楽は有名ですが、日本画も商人たちが支えました。残念ながらそれらを見せる施設や機会がなく、知られていません。

マイナンバーの構造

2023年6月2日   岡本全勝

5月25日の日経新聞に、大林尚・編集委員が、「マイナ失策に15年前のトラウマ 個人情報、分散管理あだに」を書いておられました。

・・・健康保険証の機能を載せたマイナンバーカード(マイナ保険証)に他人の情報がひもづけられている事例があると、加藤勝信厚生労働相が記者会見で明らかにしたのは今月12日だ。厚労相は「いま一斉にチェックし、こうしたことが起こらぬよう入力時に十分に配慮してもらうことを徹底させる」と対応策を述べた。
他人の情報が誤入力されたケースは2021年10月~22年11月に7300件あまり。健康や医療に関する情報は個人情報のなかでも極めてセンシティブだ。誰もが赤の他人になど絶対にみられたくあるまい・・・

・・・実は、ミスが表面化することは政府自身が予見していた。マイナカードの発行やマイナンバーシステムを運用する地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が2月に自治体向け文書で警告した。
マイナンバーシステムの情報連携で他人の情報を連携(ひもづけ)するケースが頻発しており「追記処理」と呼ぶ訂正作業を急ぐように、との指示だ。

ミスは情報提供ネットワークシステムがマイナンバーや個人を特定する基本4情報(氏名、住所、性別、生年月日)を介さずに「みえない番号」を使ってやりとりしているという事情に起因する。ひもづけをする担当者は個人を特定する情報に接しないので、照会した本人の情報かを確認するすべがないのだ。
なぜこんなやり方か。万一、情報が漏れてもプライバシーを守れるというのが表向きの政府の立場だ。だが真の理由は、総務省が違憲訴訟を避けたいがために個人を特定できる情報をシステムに流さない方針を徹底させていることにある。

歴史をひもとこう。住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)はプライバシー権を侵害し違憲だとして、住民が同省などに個人情報の削除を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁は2008年「住民サービスの向上や事務効率化という正当な目的で使われ、情報漏洩などシステムの欠陥もない」として住基ネット合憲の判断を示した。その際の条件が「行政事務で扱う個人情報を一元管理できる主体が存在しないこと」だった。
欧州各国の番号制度は一元管理が主流だが日本はこの判例がトラウマになり、総務省は一元管理の回避を最優先してきた。個人情報は保有機関ごとに分散管理し、それぞれに「みえない番号」をつけるやり方だ。
以来15年。この間にデジタル技術は長足の進歩を遂げ、プライバシーの「守り方」もデジタル時代に即したやり方が適用されつつある。人手による情報のひもづけを変えないかぎり、いくら確認を徹底してもミスは完璧には防げまい。一元管理への移行を検討するタイミングではないか。
むろん堅固なセキュリティー対策が必要なのは言うまでもない。デジタル・警察両庁はマイナカードに運転免許証の機能を載せる計画のピッチを速めようとしている。万人がマイナカードを安心して使うのに足りない視点は何か。政府を挙げて再考するときだ・・・