カテゴリーアーカイブ:社会の見方

正義の倫理とケアの倫理

2026年1月4日   岡本全勝

2025年11月14日の日経新聞経済教室、品川哲彦・関西大学名誉教授の「誰もが誰かにケアされる」から。

・・・稲盛財団は2025年の京都賞を心理学者キャロル・ギリガン氏に授与した。彼女の著作「もうひとつの声で」(1982年)は道徳性の発達理論を一新し、その主張は心理学を超えて倫理学、社会学、政治学、法学などに波及した。
道徳性の発達理論とは善悪をどのようなものと考えるか、その考え方の発達過程を研究するもので、それまでの有力な理論はローレンス・コールバーグ氏の理論だった。それによれば、人は、最初は権威(たとえば親)に服従して得られる自己利益を善と考え、次は周囲や社会への順応、ついで整合的で普遍的にあてはまる法則を善と考える次元に成熟していく(どこまで成熟するかは人による)。

これに対しギリガン氏による調査では、女性は関係者それぞれの事情と必要と意向とを聞き取り、できるかぎりすべての人に受容される解決を模索する傾向がある。そこから彼女は人は誰もが傷つきやすく、他者によるケアが必要だ、と考えることが最終的な成熟だとする発達理論を構築し、これを「ケアの倫理」と名づけ、コールバーグ理論を「正義の倫理」と呼んだ。
両者は成熟とは何か、どのように考えを進めて道徳的判断を下すのか、守るべき重要な道徳規範とは何かにおいて対立し、とりわけ後者2つの争点は心理学から倫理学に引き継がれる。

正義の倫理では、他者への依存からの脱却(自立)と、自他の役割を交換して考えることができる能力の伸長を成熟とみなす。したがって、誰にでもいつでも適用される道徳法則を自分で考え出すことをめざす。自立した者同士のあいだで重視される規範には、平等、自分で生き方の方針を決める自律、その人にふさわしい仕方で処遇する正義、その処遇を受ける資格としての権利、などがある。
他方、ケアの倫理は各人の事情の違いを細やかにくみとり、助けを求める人に進んで応答する能力の伸長を成熟とみなす。今ここで起きている事態の特殊性を踏まえ、適切な対応を考え出すことをめざす。そこで重視される規範は、窮状を察する敏感さや、聞き取る姿勢、他者の求めに応答できることとしての責任、などである。

誰もがケアされるべきだというケアの倫理の要請は、正義の倫理のいう平等と同じようにみえるかもしれない。だがその描像は異なる。正義の倫理が同じ権利が誰にもあることを一挙に高らかに宣言し、その結果、ときとして実質的な平等が実現しているかどうかの配慮を欠くことがある。
これに対し、ケアの倫理では、誰もが自分に関わりのある人々を気づかうことで、そうして編み上げられたケアのネットワークのなかへひとりも取り残さず包み込み、誰もが必ず、誰かにケアされることをめざしている。つながりや結びつきのもとで成り立つ平等なのである(図参照)・・・

拙稿「公共を創る」では、近代市民社会・憲法は自立した個人を前提にしていたが、「弱い人」もいることがわかり、子ども、労働者、病人、障害者、消費者へと「保護の対象」を広げてきたと説明しています。そして、国家が保護・支援するだけでなく、お互いが支え合うのです。国家や神に個別につながる近代市民社会思想に対する、みんなで助け合う庶民の実際という対比とも言えます。
ところで、「ケア」という言葉は、何か良い日本語に置き換えることはできませんかね。

加速化する社会とリキッド消費

2026年1月2日   岡本全勝

2025年11月1日の日経新聞オピニオン欄、中村直文・編集委員の「「1日240時間」とリキッド消費」から。

・・・来場者数が2500万人を超え、「いのち輝く未来社会のデザイン」を掲げた大阪・関西万博が閉幕した。実は期間中、テクノロジーを皮肉った前衛的なSF映画が会場内で上映されていた。映画のタイトルは「1日240時間」。1970年の大阪万博時に制作された映画で、脚本は小説家の安部公房、監督は勅使河原宏と、ふたりの大物の手によるものだった。
映画の内容はこうだ。ある科学者が人間の行動が10倍速になる「加速剤」を開発し、世間に広がっていく。工場の生産性は10倍にアップし、社会は活気づくように見えた。しかし労働時間が減った分、ゴルフなど余暇人気が高まって大混雑する。しかも立ち読みや万引きがはびこり、社会が混乱に陥るというストーリーだ・・・

・・・加速剤はなくとも社会が自律的に高速回転する今。これを理論的に説明する社会学の本がある。「加速する社会 近代における時間構造の変容」(ハルトムート・ローザ著、福村出版)だ。技術革新によって労働の効率化が進み、時間を持て余すはずが、そうはならない。「私たちには時間がない。あふれんばかりに勝ち取っているのだが」。人類はパラドキシカル(逆説的)な世界に直面している。
同氏は時間の欠乏を促す要因を技術的加速、社会変動の加速、生活テンポの加速と3つに分け、論を展開する。技術的加速とは生産・物流・情報伝達でのスピードアップのこと。社会変動の加速とは、社会の制度や慣習が変化するスピードの高まりを意味する。
ローザ氏によるとラジオは5000万人の利用者に普及するまでには38年かかったが、テレビは13年、インターネットはわずか4年という。モノも制度もあっという間に「過去」になり、「現在が縮んでいる」。例えば「最近」という概念であれば、かつては1年程度だったが、今や1カ月ぐらいに縮まった感覚だ。もう一つの生活のテンポの加速とは、単位時間当たりでの行為や経験が詰め込まれるようになった状況を示す。

こうした変化を敏感に反映するのが消費社会で、流動化する環境になぞらえて「リキッド消費」という考え方が生まれた。工業・モノ中心の「ソリッド消費」の後継と位置づけられる。リキッド消費に詳しい青山学院大学の久保田進彦教授は「英国で2017年に提唱された概念で、複数の特徴がある」と説明する。
1つがはかなくも、瞬間瞬間を楽しむ短命性。ファストファッション、ファストフード的な消費シーンだ。2つ目が所有せず、必要なときだけ利用する「アクセスベース」消費。3つ目が脱物質化という。久保田教授は「ライフスタイルが必要に応じて購入する"ジャストインタイム"型になると同時に、興味が複数にわたる"小分け"型になるといった現象が背景にある」と指摘する。
とりわけ若い世代には先行き不安が漂うなか、目の前の時間を快適に楽しむという感覚が強いのだろう。例えばエンタメは「事前知識や予備知識が必要なオペラやクラシックより、見た瞬間に躍動感が分かるK-POPを選好する」(久保田教授)。リキッド消費は企業の成長源になりつつある。動画配信やメルカリのようなフリマアプリ、近年だと短時間アルバイトもリキッド分野だ。人材サービスのディップによると、単発や1カ月以内の案件は急増している・・・

・・・経済の大変動と消費者ニーズから現実化した1日240時間社会。利点も大きいが、常に不安定性と不安を抱え込む性質を併せ持つ。ただ減速は難しく、企業も個人もこの現実からは逃れられない以上、ディストピアに陥らない「地図」づくりが必要なようだ・・・

書籍が5年で1割値上がり

2025年12月31日   岡本全勝

11月22日の日経新聞に「書籍が5年で1割値上がり」が載っていました。理由は、印刷用紙と物流費の値上がりだそうです。
確かに、本が高くなったなあと思います。新書や文庫で、千円を超えるのですから。内容を考えると、それでも安いとも言えますが。

・・・書籍や雑誌の値上がりが加速している。出版業界を調査・研究する出版科学研究所(東京・新宿)によると、2024年の書籍1冊あたりの加重平均価格(消費税を含まない本体のみの価格)は1306円と5年で124円(10%)上昇。それ以前の5年間の上昇幅である66円(6%)を上回った。印刷用紙などの上昇や販売部数の減少が響く。
文庫は新刊のみの試算で801円となり5年で101円(14%)上昇した。手軽さが魅力だったが、最近は1000円を超える新刊も珍しくない。新書は99円(12%)高の925円だ。雑誌の値上がりはより大きく104円(18%)高の693円。「用紙代や物流費が高騰し、電子書籍の存在で初版部数が絞られる傾向も影響している」(出版科学研究所)・・・

・・・出版物市場の縮小は1冊あたりのコスト上昇など収益効率の悪化を招く。24年の紙の書籍・雑誌の推定販売金額は1兆56億円。5年で19%減った。新刊の発行部数を新刊点数で割った新刊1点あたりの発行部数は24年が約3600冊で11%減った。
雑誌の値上がりが目立つ理由には、掲載する広告の受注減少で売価の引き上げを迫られていることもある。SNSなどインターネットの情報に対抗するため、特集企画などで保存性の高い誌面づくりが進み単価上昇の一因になっているとの指摘もある・・・

米政策の失敗

2025年12月31日   岡本全勝

今年は「令和の米騒動」も、話題でした。政府の増産方針が撤回され、今後どのようになるのか、各紙が報道しています。問題は、今年のような米不足と価格の高騰だけでなく、担い手の高齢化と減少、そして海外と競争できない価格にもあります。

例えば、12月23日の日経新聞「コメ政策、問題はどこか」に、各国の米の反収比較が載っています。
10アールあたりで、日本は533キログラムなのに対して、オーストラリアは780キログラム、エジプトは722キログラム、アメリカは679キログラム、中国が567キログラムです。品質はわかりませんが。
12月30日の朝日新聞「(揺れるコメ改革)コメ増産、透ける「石破茂像」 掲げた「減反廃止」の理想、農水省は現実路線」によると、生産コストの平均はアメリカの4倍だそうです。

農業を事業として育てることも、農家を守ることも、失敗したようです。日本の農政は何をしていたのでしょうか、あるいは何を目指していたのでしょうか。

近隣とのもめ事、解決支援

2025年12月28日   岡本全勝

12月16日の日経新聞夕刊に「近隣トラブル多様・複雑に 経験6割超、専門家が解決支援」が載っていました。具体的な事例も載っています。なるほどと思います。ご近所、同じ建物が故に、難しいです。

・・・マンションや戸建てを問わず居住者が近隣とのトラブルに頭を悩ます例が多様化している。引っ越し経験者の6割超がトラブルに見舞われたとの調査もある。警察などに頼るのが難しい「事件未満」の事案を含め、警察官OBや弁護士など問題処理の知見を持つ専門家の手を通じて解決を支援するサービスも広がる・・・
・・・都市部を中心に、生活音などの騒音、マナー違反、嫌がらせなどの近隣トラブルは深刻度を増す。不動産売買プラットフォームのFLIE(東京・中央)による引っ越ししたことがある20歳以上542人への調査(2025年3月)では約62%が「近隣トラブルを経験した」と回答した。

ハラスメント防止や精神的虐待行為からの立ち直り支援に取り組むNPOヒューマニティ(東京・中央)にも、多岐にわたる相談が舞い込む・・・
「事案が減らない背景は、隣人とのコミュニケーションの希薄化が一因」と同団体理事の小早川明子さんは説く。「昔の家庭のように、近隣の家を自由に行き来するような関係性なら、問題は起こらない。この時代ならではの現代病」とも強調する。
ただ、トラブルに明確な犯罪行為などが認められない限り、「民事不介入の原則」から警察などには対応してもらえない例がほとんど。マンションの場合は管理組合へ相談する手段もあるが、理事らも居住者であり、強い姿勢で実効性のある解決策に打って出るのは難しい。

こうした事態に対応しようと、ヴァンガードスミス(同・港)では、警察官OBが相談員として騒音や嫌がらせなど「事件未満」のトラブルの解決を支援する「Pサポ」を展開。加入していれば、月額550円で「気になる」程度の段階から何度でも相談できる。累計会員数は25年10月時点で327万人と、約2年前の2.7倍に増えた。
代表取締役の田中慶太さんは「高齢者やリモートワーカーが増え住人の在宅時間が広がった。在留外国人の増加も問題顕在化の要因」とみる。
小さな誤解が重なり、双方の感情が膨らむことで深刻化するといい、Pサポではトラブル対応に慣れた警察官OBがまず落ち着かせる。例えば、相手に悪意がないことや共感できる事情があることなどを伝え、解決支援に努める。法的な手段が必要な段階に至る前の鎮静化を図る。利用者からは「加入しておくと安心できる」との声が聞かれる。
トナリスク(同・豊島)が手掛ける「近隣トラブル仲裁サービス」では、身の危険を感じる状況に発展している場合に弁護士を紹介するなど、事案の内容に応じた専門家につなぐ。土地やマンションの購入前に近隣や周辺にトラブルのリスクなどがないか調べる近隣調査も扱う・・・