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経済

世界GDP、1900年で11倍、150年で31倍に

2月25日の日経新聞1面「進化する経済 見えざる資産、成長の源に」が、「無形資産、有形の1.5倍に」を解説しています。

・・・経済が進化している。産業革命以来、人類は技術を磨き、モノを効率よく大量につくることで経済を成長させた。そんな常識をデジタル技術の進歩と地球規模での普及が覆す。富の源泉はモノではなく、データや知識など形のない資産に移った。これまでの延長線から離れ、経済は新たな未来を探る。豊かさとは何か。新しい経済「ネオエコノミー」の実像を追う・・・

・・・英経済史家アンガス・マディソン氏らによると、西暦1年から1900年近くかけてやっと11倍になった世界の国内総生産(GDP)は、その後たった150年弱で31倍に膨らんだ。自動車などモノの大発明が原動力だった。ところが20世紀後半に年率4%だった成長率は21世紀に入って年率2%に鈍り、「長期停滞」も論じられている。
成長の時代は終わったのか。インターネットには検索やSNS(交流サイト)など無料サービスがあふれる。米調査会社コンファレンス・ボードのキャロル・コラード氏らは17年の米国のGDPで無形資産への投資が12%を占めたのに、うち6割は公式統計が把握していないとみる。値段のない豊かさはGDPという尺度では測りきれない。
「国境がなく、形も持たないデジタル技術は、世界経済を根本的につくりかえている」。20カ国・地域(G20)が共有する危機感だ。国家はこれまでモノの豊かさを測る基準を定め、税制や社会保障を通じて富を分配してきた。目に見えない豊かさが広がり、国家という枠組みを根底から揺さぶる。経済の姿をとらえ直し、秩序をつくりあげるときが来た・・・

紀元1年から最近までの世界GDPの伸びがグラフで示されています。この150年間は、人類の歴史で異常な時代だったのですね。また、各国の有形資産と無形資産の比較も出ています。

記事の続きで、カリフォルニア大学バークレー校のブラッドフォード・デロング教授が次のように指摘しています。
「経済学者は『アダム・スミス・プラス』の考え方を持つ必要がある。アダム・スミスは分業と良く管理された市場による需給の均衡を説いた。だが技術の変化をどうとらえたらいいのか・・」。

サービスの3形態

2月14日の日経新聞「やさしい経済学」「サービスの設計と価値の創出」で、西野成昭・東京大学准教授が、サービスの価値提供方法の3種類を説明しておられます。

第1は、マニュアル通りの型にはまった接客です。ファストフード店です。
客もお店も、サービス内容を知っています。それが、双方の強みです。

第2は、美容院のように、客は自分の要望を店に伝えます。そして、客との対話の中で、客の要望をかなえていきます。
客ごとに、頭の形や好みの髪型が違うので、見本はあってもその通りとは行きません。

第3は、客と店とが、ともに作り上げていくものです。利用者の意向に合わせて案を練って、旅行を企画します。
ツアー旅行は第1の型、ツアー旅行でもオプション付きは第2の型でしょう。

お寿司屋さんで、握りの定食は第1の型、お品書きから選んで握ってもらうのが第2の型、職人さんと相談しながらネタを選ぶのが第3の型でしょうか。
なるほどと思います。原文をお読みください。

日本の電機産業の衰退

2月10日の朝日新聞連載「平成経済18」は、「総合電機、解体への歩み」でした。
戦後日本の成功を象徴する産業だった電機。テレビ、ビデオ、パソコン、そいて半導体など、世界の最先端を行っていました。それがいまや、見る影もありません。この記事は、その実情を報告しています。
電機メーカーは残っていますが、売っている物は大きく変わりました。ある人に聞くと、「秋葉原がその象徴でしょう」とのこと。かつて電気街だった秋葉原は、今行くと電気店はなく、オタクの聖地になっています。

「選択と集中に失敗した」「先の見通しが甘かった」と言えばそれまでですが。それらは、後から言えることであって、当時の当事者は夢にも思っていなかったでしょう。
成功の次に、あるいは成功の影に、失敗が待っています。

それはさておき、ここで紹介したいのは、その記事に付いている「電機大手の従業員の推移」のグラフです。2008年に約160万人だったものが、2018年に約120万人に減っています。日立、パナソニック、三洋電機(途中で消滅)、ソニー、東芝、富士通、三菱電機、NEC、シャープです。
意外です。4分の3に減っていいます。しかし、それしか減っていないとも取れます。壊滅的状況ではないのです。関連会社などは、大幅に減っているのでしょうが。

「平成の日本は失敗の時代だった」と呼ぶ人が多いです。確かに、経済成長や支配的産業の面で、トップクラスから落ちたことは事実です。栄光の時代から低迷の時代へとです。
ところが、経済成長率も低いながらプラス、そして失業率も低いのです。いくつもの問題を抱えつつ、社会は安定しています。
後世、「あの時代は、そこそこよかったな」と言われるかもしれません。

中国 改革開放政策40年

中国が、改革開放政策に転じてから40年です。各紙が、この間の発展ぶりを伝えています。
「中国では、40年前の12月18日から始まった共産党の重要会議で改革開放政策の実施を決定し、計画経済から市場経済への移行を進め、GDP=国内総生産が人民元建てで200倍以上に増加する飛躍的な発展を実現しました」(NHKニュース)。
12月19日の朝日新聞によると、1978年から2017年の間に、国内総生産は225倍、世界経済に占める割合は1.8%から15.2%になりました。一人当たり可処分所得は、152倍に、平均年齢は67.8歳から76.7歳に約9歳伸びました。

鄧小平が、歴史的な大転換を決断しました。1978年10月に日本を訪問し、1週間にわたって日本を視察しました。東海道新幹線に乗り、新日鉄や松下電機の工場を視察したことは有名です。
10月23日の朝日新聞国際面に、「鄧小平氏40年前にみた日本経済」という印象的な記事が載っていました。10月25日に日本記者クラブで記者会見をしました。「日本は歴史上多くのことを中国から学んできた」との記者の問いかけに、鄧氏は次のように答えます。
「いまは逆だ。30年の遅れを取った」。人差し指でこめかみ辺りをトントンとたたき、「ここが足りないんですよ。お国も含めて教育してもらわないといけない」。

確かに、大成功の40年でした。もっとも、後進国の驚異的な経済発展、その第一号は日本です。韓国を初めとする東南アジア各国が続き、そして中国が続きました。下に付けた図をご覧ください。私が著作や講演で使っている、一人当たり国内総生産の伸びの比較です。日本が、アメリカやフランスに追いついた過程と、韓国と中国が20年から40年遅れで日本と同じような過程をたどっていることがよくわかります(この図については、「経済成長の軌跡」)。この項続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合理的な人間ばかりではない、経済学の限界

12月18日の日経新聞オピニオン欄「揺らぐ世界情勢 打開策は」。

前田裕之・編集委員が、次のような問題提起をします。
「市場経済は多くの人を豊かにするが、金融危機、経済格差、環境破壊といった副作用を伴う。恩恵より副作用の方が大きいと感じる人が増え、資本主義や市場への批判が強まっている。別のシステムが見当たらない中でどうすればよいのか」

それに対する、岩井克人・国際基督教大学特別招聘教授の発言から。
・・・――経済学は問題の解決策を提示できないのですか。
「人間は合理的に行動するという仮説を立て、その自己利益追求が社会にとって良い結果をもたらすようなインセンティブ(誘因)の設定を考えるのが、主流派経済学の基本。それを基礎にしてミクロ経済学では契約理論やゲーム理論が発達し、さらには、人間は無限の未来に関しても合理的に予想できると仮定し、その予想が現在の行動のインセンティブを左右する視点を入れたマクロ経済学を生み、ともに一定の成果を生んだ。経済学の手法は政治学、社会学、法学などに広がった。ところが、経済学の方法論を極限まで進めた結果、従来の方法論では解決できない問題が逆に浮き彫りになった」

――その限界とは。
「ミクロ経済学は、すべての人間関係を契約関係として理論化してきた。2人のインセンティブが両立する関係だからだ。だが、社会には契約が不可能な関係が無数にある。老人の世話をする後見人、患者を手術する医者、法人としての会社を経営する取締役など、仕事を信頼によって任せざるを得ない関係であり、後者に忠実義務を課さなければ機能しない。ここでは自己利益を前提とする契約理論は有害ですらある。環境問題も、現在と将来の世代が契約を結べないから解決が困難なのだ」・・・