カテゴリーアーカイブ:生き方

今日は母校で講演

2017年4月29日   岡本全勝

今日29日は、母校・奈良女子大学付属高校の同窓会で、講演をしました。今年は、私たち昭和48年卒業生が幹事で、私と小吹君が「出し物」です。
私の役割は、官僚としてのやりがいを話すこと。小吹君が、NGOとしての活躍を話すことでしょう。で、私は、東日本大震災の対応と復興をお話ししました。割り当てられた時間は30分でしたが、実際は20分あまり。

このような場では、話より写真が効果があります。用意した写真は、半分だけを使いました。
いつものことですが、発災直後を思い出すと、大変だったときのことが頭をよぎります。「これを、若い人たちにも伝えておきたいなあ」と思い、ついついエピソードに脱線します。
皆さん、興味を持って聞いてもらえたようです。ありがとうございました。

「あなたの人生の意味」

2017年4月25日   岡本全勝

デイヴィッド・ブルックス著『あなたの人生の意味』(邦訳2017年、早川書房)が良かったです。副題に「先人に学ぶ「惜しまれる生き方」とついています。
著者は、人間の美徳には2つあると指摘します。一つは履歴書向きのもので、社会でどのような資格を得て、成功を収めたかです。もう一つは、追悼文向けのもので、あなたの葬式に集まった人たちの思い出話として語られるもの、親切、正直、誠実といったものです。その人たちと、どのような関係を築いていたかにもよってきます。生き様、人格といったものでしょう。
前者を「アダムⅠ」と、後者と「アダムⅡ」と名づけます。Ⅰは外向きです。高い地位と勝利、世間からの評価を求めます。Ⅱは内向きです。良き生き方を求め、心の中に道徳的資質を持とうとします。Ⅰは他人との競争、Ⅱは自分または神との約束とも言えます。
この本は10人の人を取り上げ、それぞれの人がどのようにアダムⅡで立派な人生を送ったかを書いたものです。

アイゼンハワー・大統領は、自己抑制の人であったこと。マーシャル・国務長官が自制心の人であったこと。二人ともアダムⅠとして成功していますが、ここでは大変な努力家として描かれています。そういう人を、周囲が放っておかず、大きな地位に就けるのです。
ほかに、自ら進んで恵まれない人への支援を行い社会改革に取り組んだ女性たちなど。それぞれに、簡潔な伝記として、彼らが自らを律した様、それもしばしば強烈な体験が書かれています。

人生とはなんぞや、どのように生きるべきかを考えている人には、良い本です。
取り上げられている人がアメリカ人がほとんどで、しかも私たちになじみがないこと。450ページを越える厚さであることが、難点です。
1か月ほど前に読んだのですが、ほかの記事を優先していたら、今頃になりました。私の研究課題は日本の政治と行政で、主にアダムⅠの世界ですが、たまにはアダムⅡについても書いてみました。

魚谷・資生堂社長の読書術

2017年3月8日   岡本全勝

日経新聞3月4日の読書欄「リーダーの本棚」は、魚井雅彦・資生堂社長でした。
・・・書店では「何か違った本はないか」と思って探しますが、買った本を見ると「人間の可能性」や「経営哲学」に結びつく本ばかりです。そういう読書をよしとして、楽しんでいるんです。もうちょっと遊びがあってもいいかもしれませんが、自分にとっては企業経営そのものが人生なんです。
ベッドのそばにはメモ用紙が置いてあります。本を開いてから、30分も持たずに眠ってしまうこともあります。それでも本を読みながら「そうだ。明日これを副社長に連絡しないと」「これはおもしろい。うちに当てはめたら、こんな新製品が考えられる」といったことを書き込んでいます・・・
魚谷社長は、奈良県の先輩です

長寿の懇談会

2017年1月20日   岡本全勝

今日は放課後、24年続いている懇談会に行ってきました。宮沢内閣時代、私が自治大臣秘書官の頃から続いています。私が大臣秘書官になったのは、平成4年12月、37歳でした。良く続いているものです。私が最年少で、これは24年間変わりません(当然ですね。苦笑)。
年に2回、ほぼ日を決めて、場所を決めてあります。それぞれが様々な分野で活躍しておられ、私の知らない話を教えてくださいます。これが、長続きの秘訣かもしれません。昔話をしているだけでは、面白くないですね。

司馬遼太郎さんのサラリーマン向け人生講話

2016年12月13日   岡本全勝

司馬遼太郎著『ビジネスエリートの新論語』(2016年、文春文庫)が、書評などで取り上げられています。司馬さんの本、サラリーマン向けの人生講話となると、読まないわけにはいきません。
各項目に古今の名言が掲げられ、それをテーマに、いつものと言うか、いつもの司馬遼太郎節よりさらに軽妙な文章が綴られています。例えば、「サラリーマンの元祖」は、鎌倉幕府の初期を支えた文官、大江広元の生き様を描き、サラリーマンの元祖として紹介しています。これなどは、さすがと思わせます。随所に、なるほどと思う記述があります。
もっとも、書かれたのは昭和30年、私の生まれた年です。司馬さんもまだ32歳、小説家としてデビューする前、新聞記者の福田定一として出版しています。
サラリーマンの一種を38年間続けた私としては、司馬さんは若くしてよくこれだけ見抜いているなあと思うとともに、まだまだ若いなあとも思います。大先輩に向かって失礼ですが。
また、戦後すぐの昭和30年と平成28年との、60年の社会の変化も感じられます。たぶん司馬さんも生きておられたら、原文のままの形での再刊は、同意されなかったでしょう。