カテゴリー別アーカイブ: 歴史

名編集長、粕谷一希さんの仕事

粕谷一希さんが、5月に亡くなられました。『中央公論』の名編集長と呼ばれた方です。退社後も、『東京人』、『外交フォーラム』、『アステイオン』などの創刊に、かかわられました。永井陽之助、高坂正堯、山崎正和、白川静、塩野七生さんらを、世に出されました。
学界の研究や官界の政策を一般の方に広く理解してもらうために、雑誌や書籍は重要な手法であり、場です。その際に、編集者の役割と能力は決定的です。粕谷さんが作られた雑誌や、世に出された作家や研究者をみると、その能力の高さがわかります。随筆集が刊行され始めました。『忘れえぬ人々―粕谷一希随想集』(全3巻、2014年、藤原書店)。
歴史をどう見るかー名編集長が語る日本近現代史』(2012年、藤原書店)は、明治以降の日本の歴史をどう見るかを平易に語った本です。次のような構成になっています。
1武士の「自死」としての革命―明治維新
2近代日本の分水嶺―日露戦争
3帝国主義と「個人」の登場―大正時代
4「戦争責任」再考―第二次大戦と東京裁判
粕谷さんは、歴史を語る方法として、学者が扱う実証史学、小説家が書く歴史小説、小説家が書くノンフィクションを上げておられます。そして、この本のように、日本論、日本国民の政治史・精神史として語る方法があるのでしょう。それは、過去の事実を取り上げるという形を取って、現在と未来の日本人に取るべき道を指し示すという、警世の書です。日本人それも指導者だけでなく、国民が選択してきた成功と失敗の歴史として書かれています。すると事件の記述でなく、それを判断した当時の指導者と国民を俎上に載せることになります。快刀乱麻で、氏の博学が披瀝されます。
学者や小説家が書く歴史は、「他人事」として客観的に読むことができます。しかし、この本は、なぜ昭和の失敗が起きたのか、すなわち今後どうしたら起こさないか。また、戦争責任と昭和憲法を、今後どのように扱っていくか。今を生きる私たちに、考えさせます。他人事ではなく、自ら責任を引き受け、自ら考えなければならないのです。成功の努力と失敗の判断をしたのは、私やあなたの父や祖父なのです。簡単に読める書でありながら、重い本です。
学問や研究としての歴史は、テーマごとに狭く深く分析されますが、このように100年の歴史を簡潔に書くことは、難しいことです。
「大日本帝国の興亡という大きなテーマを考えた場合、日本が太平洋戦争に負けたのは必ずしも昭和の軍人だけが悪かったのではなく、明治、大正期に形成されていった大日本帝国というもの自体に問題があったというのが、私の大きな感想です。
考えれば考えるほど、昭和史は昭和史で終わるわけがない。やはり、幕末、明治維新、明治国家、明治時代、大正時代―のことをあわせて考えていかないと、昭和の歴史の結論は出ない」(p8)。
「日本人は自らの姿を三思する必要がある。日本は戦争に勝って、“列強に伍する”ことしか頭になかった。日本人は孔明や三蔵法師のことは知っていても、交渉相手の「李鴻章」(岡本隆司氏)のことは知らない。好き嫌いを超えて相手を知らなければ、国際社会を生きていくことはできない」(p166)。
お薦めします。

変化する英語

5月22日の読売新聞に、「ニッポン人気、英語に反映」が載っていました。世界の英語の動向を調べているアメリカの調査会社によると、今年の流行語の暫定一位は、emojiです。そう、携帯メールでおなじみの「絵文字」です。日本語がそのまま、英語として通用しているのです。昨年12月には、オックスフォード英語辞典(OED)にも収録されています。「携帯」(keitai)は、4年前から載っているのだそうです。
近年は、漫画、アニメ、ラーメン、枝豆まで載っています。富士山、芸者、腹切りといった古典的日本文化でなく、新しいしかも生活文化が世界に広がっています。
記事に紹介されていた、寺澤盾著『英語の歴史』(2008年、中公新書)を読みました。どのようにして現在の英語ができあがったか、わかりやすく解説されています。なぜ、あんなに綴りと発音が違うのかも。
言葉は不思議なものですね、誰かに命令されるわけでもなく、みんなが使っているうちに、それが標準になる。母音も、誰も指示しないのに、大きな法則の下に時間をかけて変化します。それで、こんなに綴りとずれてしまいました。
さて、今後、世界の人の多くは、英語を話さなければ仕事にならないでしょう。国際語となってさらに普及するためには、綴りをなるべく発音に近づけてもらいたいです。nameを、ナメーと覚えた一人。

ウクライナの歴史

黒川祐次著『物語ウクライナの歴史-ヨーロッパ最後の大国』(2002年、中公新書)を読みました。読みやすく、勉強になります。
1991年、ソビエト連邦の崩壊で、ウクライナが独立します。5,000万人の大国が、出現したのです。この人数は、ヨーロッパではロシア、ドイツ、イギリス、イタリア、フランスに次いで多いです。日本にはなじみがない国ですが、チェルノブイリ原発事故が起きた国です。
しかし、歴史は古く、ロシア発祥の地でもあります。それが、その後、ロシア、ポーランド、オーストリア、イスラム国家の間で戦争に巻き込まれ、占領され、大変な苦労の道を歩みます。耕地面積が日本の2倍ある農業国で、かつ旧ソ連時代は大工業地帯でした。それが故に、大国の争奪戦に巻き込まれたのです。勉強になります。

お子様ランチ

昨日に続き、日本の生活文化について。
3月29日の朝日新聞夕刊「あのときそれから」に、「お子様ランチ登場」が載っていました。
昭和5年(1930年)、東京日本橋三越本店で、「御子様洋食」が誕生しました。富士山ライスとスパゲッティ、クリームコロッケ、サンドイッチです。富士山型のライスには、登頂旗が立っています。基本的には、今と変わっていませんね。翌昭和6年には、上野松阪屋で、「お子様ランチ」が登場します。
1960年代、上野松阪屋では、日曜には1,300食も出て、4~5人でてんてこ舞いで、オムレツを焼いたのだそうです。私も、子どもの時、お子様ランチはわくわくしました。その後、我が家の子どもたちも、喜ぶ定番でした。いろんなものが入っている、子ども向け「松花堂弁当」か「幕の内弁当」なのでしょうね。
また、3月15日の日経新聞「こどもランキング」は、「お弁当に入っていたらうれしいおかず」の順位でした。皆さんは、何だと思いますか。
第1位、ハンバーグ。第2位、鶏の唐揚げ。第3位、ウインナー・ソーセージと卵焼きです。
私が子どもの頃、卵焼きやウインナーは、遠足の時のごちそうでした。他には,焼き魚とかかまぼこでした。私は昭和30年生まれです。今の若い人は、当時のムラの暮らしを、理解できないでしょうねえ(笑い)。ウインナーと言うより、ソーセージだったと思います。ハンバーグは、あったのかなあ・・。もちろん、マクドナルドもミスタードーナッツも、ファミリーレストランも回転寿司ありませんでした。
記事に戻ると、第4以下は、次の通りです。
5位、豚カツ。6位、豚肉のショウガ焼き。7位、ミートボール。8位、照り焼きチキン。9位、エビフライ。10位、牛焼き肉。ぜいたくな子どもたちです。

仏典漢訳、2

さて、その漢文経典を、古代日本人は朝鮮半島から学び、次には中国本土に学びに行き、輸入しました。そして、そのまま音読みしました。「如是我聞・・」を、「私はこう聞いた・・」とか「仏は次のようにおっしゃった・・」と翻訳せずに、「にょぜがもん」と読んだのです。「般若波羅蜜多」「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦」も意訳することなく、「はんにゃはらみった」「ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい」と声を上げます。別途、それを解説するために「説教」が行われたのでしょう。
キリスト教にあっても、ヘブライ語の聖書を、ギリシャ語やラテン語に翻訳しました。しかし、中世末期まで西欧の教会では聖書はラテン語でした。中世の西欧庶民も日本庶民も、それぞれラテン語聖書と漢文経典を、意味はわからず妙なる呪文として唱えていたのでしょうか。
また、単語を逐語訳することを見た日本人は、経典に返り点をつけることで、漢文を読む方法を編み出したのでしょう。訓読は、ここから来たと思われます。誠に省エネな翻訳でした。
仏典漢訳史には、鳩摩羅什や玄奘といった著名な翻訳家がいますが、日本語訳には、いないのでしょうね。