講談社のPR誌『本』2014年9月号、平田オリザさんの「下り坂をそろそろと下る」の冒頭は、次のような書き出しで始まります。
・・まことに小さな国が、衰退期を迎えようとしている。その列島のなかの一つの島が四国であり、四国は、讃岐、阿波、土佐、伊予にわかれている。讃岐の首邑は高松・・
お気づきになりましたか。平田さんは続けて、次のように白状しておられます。
・・と、これは、読者諸兄がよくご存じの『坂の上の雲』の冒頭の、できの悪い贋作である・・
う~ん、平田さんにやられましたね。国民的小説とも評され人口に膾炙した『坂の上の雲』をもじった本は、いくつかあります。『坂の下の・・』とか。でも、書き出しをもじるとは。
もっとも、原文は「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている」で、小さな国がその後発展して大きな国を破るので、この文章が成り立ちます。今この文章をもじるなら、「まことに大きく発展した国が、衰退期を迎えようとしている」でないといけません。「まことに小さな国が衰退」しても、小説にはなりません。
そして、もっと楽しい小説にするためにも、「まことに衰退期に入る国が、復興期を迎えようとしている」にしなければなりません。
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社会はどのようにして進歩するか、させるか
近藤和彦先生の「グローバル化の世界史」を読んで、ロードレース史観の見直しについて考えました。社会や国家は、進歩します。しかし、諸国が同じ路線を順番に進んでいるのではありません。単純な、後先はないのです。
明治以降の日本は、「進んだ西欧、遅れた日本と東洋」という図式で社会を理解し、産業や技術だけでなく、社会制度を輸入し、西欧を追いかけました。技術や産業なら、先進と後進があるのでしょう。しかし、「社会」については、各国がそれぞれの置かれた条件(地理的条件、資源、気候、歴史、文化)の中で、それに適合した社会をつくりあげてきました。社会について、進んだとか遅れたという評価はあるのでしょうか、あるとしたらその物差しは何でしょうか。
一人当たりのGDPは、一つの物差しでしょう。また、物をたくさん持っている方が進歩していると、通常は評価されます。私もそう考えて、生きてきました。「豊臣秀吉でも飲んでいないおいしい酒を飲んで、徳川家康が食べたこともないアイスクリームを食べている」とか「クレオパトラが見たことのないロンドンを見て、始皇帝が乗ったこともない飛行機に乗った」と自慢しています。しかし、それは豊かさの比較です。それをもって、社会の進歩とみて良いのでしょうか。時代と地理的条件が違う社会で、単純にどちらが進歩しているか、比較はできるのでしょうか。
例えば、このホームページでは、労働慣行をしばしば取り上げています(2013年12月26日、2014年4月20日)。日本型の内部労働市場と、欧米型の外部労働市場とで、先進と後発はあるのでしょうか。それぞれに、長所と短所のある慣行だとおもいます。どちらが進歩しているとは言いにくいです。
さて、社会の進歩に話を戻すと、それぞれの社会に「進歩」はあるが、それぞれの社会の間で「優劣の比較」はない、ということでしょうか。
また、国民の努力によって、社会は変えることができます。しかし、ご先祖さまから相続した歴史を白紙にして、新しい社会を作ることは困難です。文化の移植は、難しいでしょう。特に、国民の末端まで意識を変えることができるか(ここでは、社会の単位を、国家として考えています。もちろん、国家の中に、いくつもの社会が存在します)。
そうしてみると、フランス革命、ロシア革命、中国革命(1949年)は、どこまでそれぞれの社会を変えたのでしょうか。また、変えなかったのでしょうか。家族のあり方、親子の関係、宗教、習俗、教育への考え方、隣近所との付き合い方などなど。英雄や革命では、変えることは難しいです。
ところが、戦後日本の経済成長は、家族の暮らしや、村の生活を大きく変えました。現在もなお、過疎化、少子化、都市への集中、若者の非正規雇用の増加などは、社会と個人の暮らしを大きく変えています。インターネットやスマートフォンの普及もそうです。革命以上の変化をもたらしています。
そうしてみると、社会を変えるエンジンは何なのでしょうか。そして、私たちは、何をどのように変えれば良いのでしょうか。生煮えな議論で、すみません。
大きなテーマを簡潔に説明する
書類や研究には、二つの方向があります。一つは、より詳しく、細かく掘り下げる方向です。もう一つは、広い視野で、かつ簡単に説明する方向です。難しいのは、後者です。もちろん、前者の基礎がないと、単なる思いつきや「独自の見解」になってしまいます。
先日、近藤和彦先生(元東大の歴史の教授)の「グローバル化の世界史」という文章を見つけました。ウイキペディアをたどっていて、「世界の一体化」の参考に出ていたのです。この文章は、講演録を専門誌に再録されたようです。高校の世界史教育についての部分と、グローバル化の世界史についての部分からなっています。
この文章を紹介するのは、グローバル化をきわめて簡潔に説明しておられることとともに、世界史が20世紀に入って書き直されたことを、これまた簡潔に説明しておられるからです。2002年の文章ですが、古くなっていません。詳しくは原文を読んでいただくとして、世界史の書き直しは、次の3点を挙げておられます。
1 国史(各国がどう発展してきたか)という枠組みから、より広い範囲の中で捉え直す。
2 王侯や将軍、戦争や外交といった権力者とエリートの歴史から、普通の男女の日常生活を扱う。
3 どの国も同じレースをたどるという「ロードレース史観」から、複線的な道筋へ。
先生は、『イギリス史10講』(2013年、岩波新書。上に紹介したウエッブの記述に紹介されながら載っていない図表は、この本に載っています)、『民のモラル: ホーガースと18世紀イギリス』 (2014年、ちくま学芸文庫)、『長い18世紀のイギリス―その政治社会』(2002年、山川出版社)などを書いておられます。
日本の発明
6月18日に、発明協会が、「戦後日本のイノベーション100選」を発表しました。各紙が報道していたので、ご覧になった方も多いでしょう(このホームページでの紹介が遅くなって、申し訳ありません。他にも、たくさん載せる素材がたまっているのです)。
技術的な発明だけでなく、ビジネスモデルなど社会に影響を与えたソフト的なものも並んでいます。例えばトヨタ生産方式や公文式教育法、ヤマハ音楽教室などです。回転寿司も、あります。なるほどね。
私は、世界の生活文化に影響を与えた点で、インスタントラーメン、カラオケ、テレビゲーム(または漫画・アニメ)が3大発明だと思っていました(2005年4月4日の記事)。ここに並んだものを見ると、再考しなければなりません。インスタントラーメン、ウオッシュレット、カラオケを、世界の生活文化に貢献した新御三家として提案しましょう。庶民の生活を変えたという観点からです。
名編集長、粕谷一希さんの仕事
粕谷一希さんが、5月に亡くなられました。『中央公論』の名編集長と呼ばれた方です。退社後も、『東京人』、『外交フォーラム』、『アステイオン』などの創刊に、かかわられました。永井陽之助、高坂正堯、山崎正和、白川静、塩野七生さんらを、世に出されました。
学界の研究や官界の政策を一般の方に広く理解してもらうために、雑誌や書籍は重要な手法であり、場です。その際に、編集者の役割と能力は決定的です。粕谷さんが作られた雑誌や、世に出された作家や研究者をみると、その能力の高さがわかります。随筆集が刊行され始めました。『忘れえぬ人々―粕谷一希随想集』(全3巻、2014年、藤原書店)。
『歴史をどう見るかー名編集長が語る日本近現代史』(2012年、藤原書店)は、明治以降の日本の歴史をどう見るかを平易に語った本です。次のような構成になっています。
1武士の「自死」としての革命―明治維新
2近代日本の分水嶺―日露戦争
3帝国主義と「個人」の登場―大正時代
4「戦争責任」再考―第二次大戦と東京裁判
粕谷さんは、歴史を語る方法として、学者が扱う実証史学、小説家が書く歴史小説、小説家が書くノンフィクションを上げておられます。そして、この本のように、日本論、日本国民の政治史・精神史として語る方法があるのでしょう。それは、過去の事実を取り上げるという形を取って、現在と未来の日本人に取るべき道を指し示すという、警世の書です。日本人それも指導者だけでなく、国民が選択してきた成功と失敗の歴史として書かれています。すると事件の記述でなく、それを判断した当時の指導者と国民を俎上に載せることになります。快刀乱麻で、氏の博学が披瀝されます。
学者や小説家が書く歴史は、「他人事」として客観的に読むことができます。しかし、この本は、なぜ昭和の失敗が起きたのか、すなわち今後どうしたら起こさないか。また、戦争責任と昭和憲法を、今後どのように扱っていくか。今を生きる私たちに、考えさせます。他人事ではなく、自ら責任を引き受け、自ら考えなければならないのです。成功の努力と失敗の判断をしたのは、私やあなたの父や祖父なのです。簡単に読める書でありながら、重い本です。
学問や研究としての歴史は、テーマごとに狭く深く分析されますが、このように100年の歴史を簡潔に書くことは、難しいことです。
「大日本帝国の興亡という大きなテーマを考えた場合、日本が太平洋戦争に負けたのは必ずしも昭和の軍人だけが悪かったのではなく、明治、大正期に形成されていった大日本帝国というもの自体に問題があったというのが、私の大きな感想です。
考えれば考えるほど、昭和史は昭和史で終わるわけがない。やはり、幕末、明治維新、明治国家、明治時代、大正時代―のことをあわせて考えていかないと、昭和の歴史の結論は出ない」(p8)。
「日本人は自らの姿を三思する必要がある。日本は戦争に勝って、“列強に伍する”ことしか頭になかった。日本人は孔明や三蔵法師のことは知っていても、交渉相手の「李鴻章」(岡本隆司氏)のことは知らない。好き嫌いを超えて相手を知らなければ、国際社会を生きていくことはできない」(p166)。
お薦めします。