川北稔著『私と西洋史研究』の続きです。
・・・今、歴史家の発言というのは、ほとんど社会的な影響力がない・・でも、少なくとも、われわれ自身が個別のトピックスの中へ入り込んで満足するのではなくて、時代性とか、社会との関係とかをつねにどこかで考えていないと、うまくやれないと思うんです。
たとえば、20世紀末、イギリスの政界やジャーナリズムで話題になった「イギリス衰退論争」は、歴史家の議論と密接につながっています。
イギリスがほかの国に比べてダメになってきている、衰退してきている。これは自由主義が徹底されていないからだという話になって、サッチャーなんかが新自由主義の政策をガンガン進めたんですが、じつはそのとき、歴史学会でもものすごく大きな論争があって、歴史家だけでなく、政治家とか評論家を巻き込んだ論争になりました。産業革命が悪かったんだとか、市民革命がちゃんとできていなかったんだ、というような議論になっていったわけです。
日本で小泉純一郎さんや竹中平蔵さんが改革をやりだしたときも、それではまずいと言うことになったときでも、歴史家で発言した人、発言を求められた人がいたでしょうか。残念ながらまったくいない。なぜ発言を求められないかというと、歴史家がそういうことに関心をもっていないからです・・(p233)。
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世界の歴史を100のモノで示す。その限界
昨日、東京都美術館の「大英博物館展―100のモノが語る世界の歴史」を見ました。人類が生みだしてきたモノを、世界から100選ぶとしたら、何を選ぶか。その基準に興味がありました。あなたなら、また私なら、何を選ぶかです。
展示をいくつかに区切って、テーマを付け、年表と世界地図(いつの時代のどこのモノか)で解説してあります。100見終わって、「なるほどね」と思わせるものがあります。
あわせて、いくつか考えました。
・大英博物館だからこそできる、世界から集めたモノです。
・日本のモノが、縄文土器、平安和鏡、伝来した朝鮮陶器、有田焼、北斎漫画と、私が覚えているだけで5つも選ばれています。これは、日本での展示のために、ご当地モノを優先しているのでしょうか。
・モノで人類の歴史を語るのは、無理がありますね。火や電気が展示されていないと考えていて、突然思い出しました。復興に際して、いつも私が主張しているのは、インフラや建物という「モノ」だけでは、住民の暮らしが戻らない。商業や医療サービスなどの「機能」とコミュニティなどの「つながり」が必要だということです。
人類の発展には、牧畜や農業、火、宗教、教育、出版、行政機構、医療、商工業、電気といった、機能とつながりが重要なのです。しかし、それをモノで示すことは、難しいです(宗教関係のモノは並んでいますが)。このモノでは示しにくいことを、どのように展示して伝えるか。今後の博物館の課題でしょう。
東日本大震災からの復興を解説する際に、失われたモノ・失われなかったモノをお話しするときがあります。失われたモノは、多くの人命や建物が思い浮かびます。しかし、私は、そのような目に見えるモノだけでなく、科学技術(者)への信頼や政府に対する信頼も、失われたものに上げています。
近世の村社会、石高による統治
水本邦彦著『村 百姓たちの近世』(2015年、岩波新書)が、面白くて勉強になりました。この本は、日本近世史シリーズの1冊ですが、日本の村がどのようなものであったかを、古地図や古文書を読み解いて、描いています。村というと、古くさく貧しいという印象を持ちがちですが、そうではありません。もちろん、新書版なので、村の暮らしのすべてが紹介されているわけではありません。例えば冠婚葬祭などは、でてきません。
本書の視点は、全国の村が、米の生産量で把握され、統治されることです。中には、一つの村が、いくつかの領主に分割統治されることもあります。相給村というのだそうです。飛び地が入り交じります。権力者の歴史より、このような視点の歴史は、面白いですね。お薦めです。1月以上前に読んで、いろいろと印象に残ったことがあったのですが、忘れてしまいました。反省。
中国の難しさ、司馬遼太郎さん
昨日の続きです。司馬遼太郎著『明治国家のこと』、「『坂の上の雲』秘話」p148~。
・・・そして、その学者は、逆に質問したのです。
「ヨーロッパは方言によって国ができています。どうして中国も方言ごとに、広東国とか四川国とかできなかったんでしょう。それなら隣国にとって大きな圧迫にならないのに」
そう言うと、シラクさんは練達の政治家ですね、こう言われた。
「ドクター、恐ろしいことをおっしゃいます。日本がいくつできると思いますか」
つまり国家には、適正サイズがあるということでしょうね。フランスもイギリスも大きな国ではありません。日本も適正サイズでした。中国は大きすぎる。そのことをわかってやらなくてはならない・・・
韓国の難しさ、司馬遼太郎さん
今日は趣向を変えて、久しぶりに読んだ本から。1か月以上前に読んだのですが・・。パソコンの前には、そんな本がいくつも積み上がっています(反省)。司馬遼太郎著『明治国家のこと』(2015年、ちくま文庫)、「『坂の上の雲』秘話」(1994年、海上自衛隊幹部学校での講演)からp147~。
・・・シラクさんというフランスの政治家がいますね。私の友達で姜在彦(カン ジェオン)博士(花園大学教授)という人がいます。その友人のある学者が、シラクさんに会ったことがあります。シラクさんが言いました。
「どの民族にも、その地理的環境によって永遠の問題、苦しみがありますが、韓国にとっては何ですか」
「中国です」
韓国人の学者は答え、続けました。
「頭の上にあんなに大きな国が、古代からのしかかっている。中国の文化を取り入れなければ、中国から襲われそうです。中国に甘い顔をしていれば、植民地にされるかもしれない。近代に入って中国の文化が停滞すれば、韓国も自然と世界からは遅れる。韓国は中国に対してずっと、アンビバレント(二律背反)な心を持ってきました」・・・この項続く