川北稔著『私と西洋史研究』の続きです。
「岩波講座世界歴史」(全31巻、1969~1974年。これは私も買いました。高校生でした)が出た後、「世界史への問い」(全10巻、岩波書店、1989~1991年)がトピックス別の編集になります。「岩波講座世界歴史」(全29巻、1997~2000年)も、通史では書けなかったそうです。
・・・なぜ通史でできないかというと、歴史家のやっていることがみんなトピックスになってしまって、まとまりようがないという、そこに尽きると思います。先ほども少し言いましたが、時代区分とかというようなことが飛んでしまっている。時代区分ができないということは、ストーリーとして流れないということです。歴史が分断・分解されてしまって、一つのまとまりとして理解できなくなる・・・何かのトピックスについて、こういう状況でここが変わりましたという表面的な説明はできるんでしょうが、世の中全体がこういうふうに変わったから、こう変わったというふうには説明されない。世の中全体がこう変わったんだという説明をしようとすると、なんでそうなったのかを言わなければならなくなるから、みんなそこに触れないようになっているのです・・・(p199)。
私が、1995年に、当時の自治省財政局の補佐たちと「分権時代の地方財政運営講座」(全7巻、ぎょうせい)を編集した際に、岩波の「日本通史」を参考に、テーマ別の論説方式をとったことを思い出しました。私が担当したのは、第1巻『地方財政の発展と新たな展開』です。編集代表には、湯浅利夫・財政局長の名前を借りました。このシリーズは歴史書ではありませんが、戦後50年が経過し、地方行財政が一定の到達点に達したこと、そして新たな展開を求められているという問題意識から、各補佐にテーマごとに掘り下げてもらおうと企画したものでした。
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歴史家と現在の問題
川北稔著『私と西洋史研究』の続きです。
・・・今、歴史家の発言というのは、ほとんど社会的な影響力がない・・でも、少なくとも、われわれ自身が個別のトピックスの中へ入り込んで満足するのではなくて、時代性とか、社会との関係とかをつねにどこかで考えていないと、うまくやれないと思うんです。
たとえば、20世紀末、イギリスの政界やジャーナリズムで話題になった「イギリス衰退論争」は、歴史家の議論と密接につながっています。
イギリスがほかの国に比べてダメになってきている、衰退してきている。これは自由主義が徹底されていないからだという話になって、サッチャーなんかが新自由主義の政策をガンガン進めたんですが、じつはそのとき、歴史学会でもものすごく大きな論争があって、歴史家だけでなく、政治家とか評論家を巻き込んだ論争になりました。産業革命が悪かったんだとか、市民革命がちゃんとできていなかったんだ、というような議論になっていったわけです。
日本で小泉純一郎さんや竹中平蔵さんが改革をやりだしたときも、それではまずいと言うことになったときでも、歴史家で発言した人、発言を求められた人がいたでしょうか。残念ながらまったくいない。なぜ発言を求められないかというと、歴史家がそういうことに関心をもっていないからです・・(p233)。
世界の歴史を100のモノで示す。その限界
昨日、東京都美術館の「大英博物館展―100のモノが語る世界の歴史」を見ました。人類が生みだしてきたモノを、世界から100選ぶとしたら、何を選ぶか。その基準に興味がありました。あなたなら、また私なら、何を選ぶかです。
展示をいくつかに区切って、テーマを付け、年表と世界地図(いつの時代のどこのモノか)で解説してあります。100見終わって、「なるほどね」と思わせるものがあります。
あわせて、いくつか考えました。
・大英博物館だからこそできる、世界から集めたモノです。
・日本のモノが、縄文土器、平安和鏡、伝来した朝鮮陶器、有田焼、北斎漫画と、私が覚えているだけで5つも選ばれています。これは、日本での展示のために、ご当地モノを優先しているのでしょうか。
・モノで人類の歴史を語るのは、無理がありますね。火や電気が展示されていないと考えていて、突然思い出しました。復興に際して、いつも私が主張しているのは、インフラや建物という「モノ」だけでは、住民の暮らしが戻らない。商業や医療サービスなどの「機能」とコミュニティなどの「つながり」が必要だということです。
人類の発展には、牧畜や農業、火、宗教、教育、出版、行政機構、医療、商工業、電気といった、機能とつながりが重要なのです。しかし、それをモノで示すことは、難しいです(宗教関係のモノは並んでいますが)。このモノでは示しにくいことを、どのように展示して伝えるか。今後の博物館の課題でしょう。
東日本大震災からの復興を解説する際に、失われたモノ・失われなかったモノをお話しするときがあります。失われたモノは、多くの人命や建物が思い浮かびます。しかし、私は、そのような目に見えるモノだけでなく、科学技術(者)への信頼や政府に対する信頼も、失われたものに上げています。
近世の村社会、石高による統治
水本邦彦著『村 百姓たちの近世』(2015年、岩波新書)が、面白くて勉強になりました。この本は、日本近世史シリーズの1冊ですが、日本の村がどのようなものであったかを、古地図や古文書を読み解いて、描いています。村というと、古くさく貧しいという印象を持ちがちですが、そうではありません。もちろん、新書版なので、村の暮らしのすべてが紹介されているわけではありません。例えば冠婚葬祭などは、でてきません。
本書の視点は、全国の村が、米の生産量で把握され、統治されることです。中には、一つの村が、いくつかの領主に分割統治されることもあります。相給村というのだそうです。飛び地が入り交じります。権力者の歴史より、このような視点の歴史は、面白いですね。お薦めです。1月以上前に読んで、いろいろと印象に残ったことがあったのですが、忘れてしまいました。反省。
中国の難しさ、司馬遼太郎さん
昨日の続きです。司馬遼太郎著『明治国家のこと』、「『坂の上の雲』秘話」p148~。
・・・そして、その学者は、逆に質問したのです。
「ヨーロッパは方言によって国ができています。どうして中国も方言ごとに、広東国とか四川国とかできなかったんでしょう。それなら隣国にとって大きな圧迫にならないのに」
そう言うと、シラクさんは練達の政治家ですね、こう言われた。
「ドクター、恐ろしいことをおっしゃいます。日本がいくつできると思いますか」
つまり国家には、適正サイズがあるということでしょうね。フランスもイギリスも大きな国ではありません。日本も適正サイズでした。中国は大きすぎる。そのことをわかってやらなくてはならない・・・