カテゴリー別アーカイブ: 歴史

ペストの中世史

書評で紹介されていたので、ジョン・ケリー著『黒死病ーペストの中世史』(2020年、中公文庫)を読みました。500ページもある大部なので、少々時間がかかりました。
前半は、ペストがどのようにヨーロッパ各地に広まったか、そして住民たちがどのように対応したか、社会の動きを、当時の記録を基に丁寧に追いかけます。対処方策もなく、次々と死んでいきます。葬儀も十分に行われず、放置されます。当時の人口が、半分や3分の1に減ったと推定されています。むごたらしい光景が、広がっていたのです。
無力な教会の権威が失墜し、畑を耕す農民が減って、その地位が向上します。

後半は、ユダヤ人大虐殺の記録です。根も葉もない噂が立てられ、各町で、ユダヤ人が虐殺されます。「ユダヤ人が井戸に毒薬を投げ込んだ」とかです。「でも、ユダヤ人もペストによって死んでいる」という、まっとうな反論は、かき消されます。
そして、ユダヤ人に借りていた借金が帳消しになり(中世ヨーロッパではユダヤ人だけが金貸し業を営んでいました)、ユダヤ人が持っていた財産が没収されます。大虐殺の目的が奈辺にあるか、わかります。

レダー著「ドイツ統一」

アンドレアス・レダー著「ドイツ統一」(2020年、岩波新書)を読みました。小さな本ですが、現代に起こった大変化・大革命を国内情勢と国際情勢の両方からわかりやすく解説しています。あの大変化から、もう30年も経つのですね。お勧めです。

「生きている間はあり得ない」と、ほとんどの人が考えていたドイツ統一。それが、あれよあれよという間に進みました。当時の衝撃は、とんでもなく大きかったです。このホームページでも、何度か取り上げました。
高橋進著「歴史としてのドイツ統一-指導者たちはどう動いたか」(岩波書店、1999年)を読んだときの興奮を、「できないと思われていることを行う」(2004年9月13日)に書きました。高橋先生の本は、「ドイツ統一」でも訳者である板橋先生の訳者解説で取り上げられています。
ドイツ、コール元首相逝去」(2017年6月18日)

共産党一党独裁が続く中国、王朝的家族支配が続く北朝鮮。これらの国々は、いつまでこのような体制が続くのでしょうか。また、変わるとすると、何がきっかけになるのでしょうか。この本を読むと、考えざるを得ません。

理想とする国、なりたくない国

10月4日の読売新聞、岩井克人先生の「米中、いまや反理想郷の国」から。

・・・米中対立の時代です。私はコロナ禍を通じて歴史的と言える意識の変化が起きていると見ます。
まず米ソ対立の20世紀を振り返ります。1917年のロシア革命を経て社会主義・全体主義のソ連が出現した。一方で米国は第2次大戦後、資本主義・自由主義陣営の盟主に。米ソは冷戦に突入し、二つのイデオロギー、二つの政治経済体制が優劣を競い合った。米ソは共に人間の可能性を希求する国家でした。二つの希望の星でもあった。20世紀は二つのユートピア(理想郷)の争いでした。

89年にベルリンの壁が崩壊し、91年にソ連が解体して、社会主義は敗北します。米国の政治哲学者フランシス・フクヤマ氏は有名な著書「歴史の終わり」でイデオロギーの争いとしての歴史は終わり、世界は自由民主主義体制に収束すると予想したものです。冷戦後、米国流の市場任せの資本主義が世界標準になり、日本もその圧力をかなり受けました・・・

・・・さて目下の米中対立です。中国は発展途上国にとり成長モデルを提示する希望の星でした。コロナ禍で当初は発生源として非難を浴びましたが、強権的な仕組みを発動して感染を抑え込むと成功物語の主人公になる。しかし混乱に乗じて地政学的拡張や香港の締め付けなどの動きをとるに及んで、ディストピア(反理想郷)と見られるようになりました。
一方の米国は疫病にかかりやすい群に属したことに加えて、対処を誤り、感染者数も死者数も世界最多になってしまった。しかもトランプ大統領の下で国が南北戦争時代のように分断されてしまいました。米国もディストピアとして見られるようになったのです。
私は1969年から81年まで米国に暮らしました。こうした米国の没落ぶりはショックです。
21世紀は二つのディストピアの争いになりつつあるのです・・・

ローマ帝国末期、コンスタンチノープルの建設

田中創著『ローマ史再考 なぜ首都コンスタンチノープルは生まれたのか』(2010年、NHKブックス)を(だいぶ前に)読みました。
本の帯にあるように、古典古代でも、ビザンツでもないローマ世界です。副題にあるように、コンスタンチノープルの誕生からローマ帝国の首都になる過程を描いています。元祖首都であるローマに、取って代わるのです。どのようにして、それが実現するのか。

古代ローマ史といえば、私などはやはり、首都ローマで考えてしまいます。この本は、西ローマ帝国でなく、東と西に分裂する過程、そして東が優位に立つ過程です。
ビザンツ帝国になる前の歴史で、なるほどそうだったんだと、納得しました。
コンスタンチノープルを中心に、そしてそこを首都に仕立て上げた皇帝たちが中心に描かれます。皇帝も絶対君主でなく、推戴されないといけません。その際には、有力者たちの争いに巻き込まれます。皇帝一族に産まれると、幸せになれる場合と、とんでもない運命になる場合があります。

ジョエル・シュミット著『ローマ帝国の衰退』 (2020年、文庫クセジュ)が、書評欄で、訳者の解説が面白いと書いてあったので、読みました。その通り表題に偽りありで、物足りなかったのです。

中央政治の歴史です。人民(と呼べばよいでしょうか)や経済、社会は出てきません。もちろん1000年以上も前のことですから、資料が残っていないという制約もあるのでしょう。歴史学が、政治史から社会史や文化史に範囲を広げているので、そのような分野も期待したいです。

帝国以後のアメリカのあり方

9月13日の読売新聞、ティモシー・スナイダー、エール大学教授の「帝国以後のアメリカ 「再び偉大な国」幻想と弊害」から。

・・・トランプ氏は4年前の大統領選で「米国を再び偉大な国にする」と公約して当選しました。
私見では、虚構の国民国家への回帰をめざす無理な試みです。
国民国家は「一つの国民」の意識を共有する民族を主体とする統一国家です。米国は18世紀の建国時から「国家に帰属する白人」と「白人の所有する黒人奴隷」という大別して2種類の人間がいた。国民国家とはいえない。トランプ氏の「偉大な国」は白人・キリスト教徒だけで米国が構成された架空の時代を指しているようです。先住民を虐殺した史実も、奴隷を酷使した史実も忘れている。

米国史は帝国史です。北米大陸の東海岸、次に中西部、さらに西海岸へとフロンティアを征服して領土を広げる。帝国の拡張はアラスカとハワイを州として編入する20世紀半ばまで続きます。
米国はその後、東西冷戦で西側・自由主義陣営の盟主として世界秩序を担う。世界の帝国です。

ただトランプ氏が米国第一を唱えて国民国家への移行を試みたことには理由がある。米国は「帝国以後」の段階に入ったからです。
フロンティアを失い、連戦連勝の戦史も今は昔。冷戦後、世界の力関係は変わり、米国は帝国としての使命を見失います。白人らは世界に対する優越感を失い、感情を乱し、戸惑っている。
21世紀の米国の最大の課題は「帝国以後」の国造りなのです。
トランプ氏は白人らの感情の乱れに道筋をつけ、新しい国造りの力に変えることはしなかった。白人がルールを決める偉大な国家という神話を掲げ、結果として国内の有色人種や移民らに対抗させ、国の分断を加速してしまった。
コロナ禍に四苦八苦する米国を見ると、「帝国以後」の針路の過ちを思わざるを得ません・・・