カテゴリー別アーカイブ: 歴史

第二の「危機の30年」

3月28日の朝日新聞オピニオン欄「記者解説」、三浦俊章・編集委員の「危機の30年とロシアの侵攻 冷戦後の失敗教訓に、秩序再構築を」から。

・・・政治と外交を取材してきた過去30年を振り返ると、行き先不明のジェットコースターに乗り続けてきたような気がする。
1989年にベルリンの壁が崩壊した後に東ドイツに入った。歓喜と未来への楽観があふれていた。西側は冷戦の「勝利」に酔い、市場経済と民主主義が世界を覆うと信じた。しかし、グローバル化は貧富の差を広げ、国家間対立は深まり、専制主義とポピュリズムが台頭した。そのあげくのウクライナ侵攻である。プーチン大統領は核の使用をちらつかせる。米ロの全面対決になりかねない。
20世紀には二つの世界大戦があった。両者の間はわずか20年。当初は平和な世界をつくろうと理想主義が盛り上がったが、経済恐慌を機に暗転、破局へと落ちていった。この時代は歴史家E・H・カーの名著にちなんで「危機の20年」と呼ばれる。我々もまた、冷戦終結以来の歩みを「危機の30年」としてとらえ直す必要がある・・・

・・・今日に至る「危機の30年」は三つの時期に分けられるだろう。
第1は、壁崩壊から世紀の変わり目までの「おごりと油断の時代」である。唯一の超大国となった米国の関心は経済に集中し、市場万能の新自由主義が全盛となった。第2次大戦の敗戦国ドイツ(西独)と日本は、米国の手厚い援助を得て、経済復興と民主化を実現した。しかしソ連の共産党体制が崩れたとき、民主化は既定路線だと米国は安心した。ロシアは過酷な市場原理に委ねられ、富が新興財閥に集中し、経済は崩壊した。民主化にも失敗し、旧ソ連の保安機関KGB出身のプーチン氏の体制が生まれた。

第2の時期への転機には、ワシントン特派員として遭遇した。2001年の同時多発テロで、米外交の優先課題は一変した。だがそれは「一極崩壊の時代」の始まりだった。力で世界をつくりかえられると過信したブッシュ政権は、アフガニスタン、イラクへの戦争を始め、泥沼に陥った。市場原理万能の経済は08年のリーマン危機を引き起こし、こちらも壁にぶつかった。

第3の時期は、10年代以降の「専制と分断の時代」である。米国の混迷とグローバル化の失敗を見たロシアと中国の指導者は、専制的支配を強めた。西側民主主義国でも、移民への敵意や格差の拡大から、ポピュリズムが広まった。英国は欧州連合(EU)離脱を決め、米国には社会の分断をあおるトランプ大統領が生まれた・・・

角川書店ソフィア文庫、日中古典地図

角川書店のソフィア文庫が、日中古典地図を作って配っています。本屋でもらえるそうですが、二枚ともホームページから印刷できます。

日本と中国の古典を取り上げ、分野別に時代別に並べて、そのつながりを図示したものです。これは優れものです。ある本がどのような位置にあるか分かると、読む際に参考になります。中学生や高校生には、役に立つと思います。私も、もっと早くにほしかった。

欲を言えば、中国古典地図には、通俗小説(西遊記、三国志演義、水滸伝、金瓶梅など)が入っていないのです。
哲学や経済学、政治学でも、このような地図がほしいです。

高松塚古墳壁画発見50年

1972年3月21日に高松塚古墳の極彩色壁画が発見されて、50年になります。「朝日新聞の特集
そのとき私は、高校の修学旅行で南九州に行っていました。ニュースを旅先で聞いて興奮しました。その頃は古墳が好きで、村内の古墳はたくさん見ていました。今は入ることができない古墳も、当時は自由に立ち入ることができました。でも、高松塚古墳なんて聞いたことがなかったので、どこかなと思いました。
旅行から帰ると、伯父が実物を見ることができたとのことで、残念な思いをしたことを覚えています。古墳は、わが家からは3キロほど離れた、小山が続く畑の中にあります。ふだん、行くことがない場所です。

昨日20日に、有楽町朝日ホールで「高松塚古墳壁画発見50周年記念シンポジウム 高松塚が目覚めた日―極彩色壁画の発見」が開かれたので、行ってきました。内容の濃い催し物でした。
陶板で複製された壁画が展示され、間近に見ることも、触ることもできました。漆喰がはげ落ちている状況も、再現されています。これは優れものでした。
次は、はげ落ちた部分や雨水で汚れた部分を(一部想像して)補って、1300年前の状態を再現してほしいです。

1300年間(途中盗掘にあいましたが)、ほぼそのままの状態の鮮やかさを保っていたことは驚きです。でも、突然起こされて、あっという間にカビが生えて、絵が劣化しました。文化財保護の大失態でした。
保護しようとして大失敗したもう一つの代表例は、法隆寺金堂壁画模写です。模写作業中に、これまた1300年間保たれていた壁画を焼いてしまいました。

『ドイツ・ナショナリズム』

今野元著『ドイツ・ナショナリズム 「普遍」対「固有」の二千年史」』(2021年、中公新書)が、良かったです。先に、「西欧的価値と普遍的価値」(2月5日)で一部を紹介しました。

副題にあるように、「西欧普遍」に対して、ドイツがいかにして「固有」を生み育ててきたか、西欧を取り入れてきたかという切り口で、ドイツの歴史を見たものです。もともと「ドイツ」という国家はなく、西欧特にフランスやイタリアとの対決の中で民族意識と国家意識をつくります。
しかし、西欧を鏡にするということは、西欧の意識の土俵で生きることでもあります。今野先生が示唆しておられるように、これは日本にも当てはまります。ドイツでは「西欧的価値」と呼び、日本では「普遍的価値」と理解したのです。

1789年(フランス革命)までを「発展」、1945年までを「抵抗」、1990年までを「萎縮」、その後を「再生」と位置づけます。また、政治の動きだけでなく、政治家や学者など指導層の政治的発言や論争を分析しています。
日本はドイツと同じく、西欧との対比の中で国家を作り、戦争をして負けた国です。この本のような分析は、日本にも役に立つと思います。ただし、政治家や学者による「日本のあり方の発言」は少ないので、その点での分析は貧弱になるでしょう。

ところで、ナチスがドイツ文字を廃止し、一般的なラテン文字などを使うようになったと書かれています。ドイツ文字とは、あの髭のような特殊な字体です。日本でも、私立高校の紋章などに使われています。
私は、ナチスがドイツ文化を称揚するために、ドイツ文字を使ったと思っていたのですが。占領地で読んでもらえるようにするためと、占領地では印刷のための活字がないので、ラテン文字にしたとあります。ドイツから欧州国家になるには、普遍を取り入れることが必要だったのですね。

オリンピック、感じる崇高さより軽さ

2月16日の朝日新聞スポーツ面、バルセロナ五輪出場、法政大・杉本龍勇教授の「五輪、崇高さより“軽さ”感じる」から。

――五輪の価値が下がってきていませんか。
「自分もその舞台に立った人間ですし、現役の選手には申し訳ないのですが、今は他の娯楽とさして差がない軽さを感じます。五輪に出ている側からすると崇高な場であっても社会の評価としては消耗品。スポンサーの広告ツール、そしてメディアのコンテンツとして瞬間的に視聴率を稼ぐための材料となっています」

――その軽さはどこからくるのでしょうか。
「メディアには、選手やスポーツの価値を高める発想が欠けていると感じます。東京五輪は多くの人がコロナ禍で苦しむ中で開かれ、あれだけ五輪やスポーツの価値を社会的に考えようとなった。それなのに大会後、メダリストがメディアに出るケースが多くはバラエティーで、いじられ役になっている。選手の本来の姿を見せることを優先させず、別の側面ばかりを見せ、当座のコンテンツにしています」

――他にもスポーツの価値を高める選手像はありますか。
「大リーグの大谷翔平選手です。こちらは、余分なセルフマーケティングをせず、自分のプレーだけを見せている。自己欲求を達成するために、自分の持てる力を高め、それを試合で披露することに集中しています。余分な装飾をはずしている分、スポーツが持つ本質的なエンターテインメント性を高めることにつながっています」

――五輪と人々の距離を近づける方策はありますか。
「メディアの伝え方は考え直した方がいいかもしれません。テレビを見ていても、コメンテーターや音楽、映像を駆使して番組を盛り上げようとする雰囲気に、視聴者が付いていけていない気がします。自分は、粛々と競技を見せて欲しいというのが本音です。それぞれに閉塞感を抱えたコロナ下では特に、演出はいらない。選手のすばらしいパフォーマンスをリアルに見てもらい、何かを感じてもらうためにも、あおることなく、良い意味で淡々と見せることが一番いいと思います」