カテゴリーアーカイブ:歴史

終戦は「アメリカが望んだから」

2025年10月17日   岡本全勝

9月26日の読売新聞夕刊「ああ言えばこう聞く」、加藤聖文・駒澤大学教授の「終戦は「アメリカが望んだから」」から。

・・・日本では、8月15日正午、天皇の声を録音した玉音放送が全国に流れ、戦争が終わったという印象が強い。だが、歴史学者の加藤聖文さん(58)は「1945年8月の時点で、アメリカが戦争終結を望んでいたから終わったのであって、昭和天皇の『聖断』は二義的なものにすぎない」と語る。どういうことなのか・・・

――「中央公論」9月号の加藤さんの論考「帝国旧支配地域で続いた戦闘と抑留」には冒頭から驚きました。〈あくまでも戦争終結の主導権はアメリカ〉にあり、〈敗者には主導権も選択権もない〉と書かれていたからです。
加藤 「聖断」が二義的というのは、「絶対国防圏」だったサイパン島が44年7月に陥落した時点で、天皇が決断したら――と仮定してみるとわかります。あの当時はまだ劣勢とはいえ日本がアジア各地を占領していたので、米国は「終戦は、もっと日本軍の占領地を奪還してから」と考え、日本の講和申し入れを受け入れなかったでしょう。
一方、あの段階で日本が講和を申し出ることができたかといえば、これも無理だった。負けは陸海軍の存亡に関わりますから、どこかで一発逆転してから講和しようという甘い見通しをもつからです。

――実際、日本軍は「一撃講和」にこだわり、戦争を続けた結果、東京をはじめ全国各都市への空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下と犠牲者は一気に増大しました。
加藤 人と人が殺し合う戦争は、国家によって人間の感情をむき出しにさせられる行為です。冷静になってから、「あの時、ああしておけばよかった」と思ったとしても、頭がカッカしている状態での冷静な判断は難しい。

――しかし、8月15日の玉音放送で、米軍の攻撃はやみ、日本軍の武装解除は迅速に進んだ。二義的というより、かなり重要な役割を果たしたのではないでしょうか。
加藤 もちろん、玉音放送の役割は大ですが、基本は、日本の軍事機能を失わせ、戦争目的はほぼ達成したとアメリカが判断したことが戦争終結の決定的要因で、すでにドイツが降伏(45年5月)し、「ナチをやっつけたから、もう戦争は終わりにしたい」というアメリカの世論もこれを後押ししました。
敗者に主導権がない。それは、長崎への原爆投下の直前、45年8月8日に日本に宣戦布告したソ連軍の攻撃が、玉音放送以降も続いたことでも明らかです。ソ連の目的は、南樺太・千島列島の割譲と満州(現中国東北部)における旧帝政ロシアの権益の確保でしたから、それを確実にするまで攻勢を止めなかったのです。

福井ひとし氏の公文書徘徊6

2025年10月3日   岡本全勝

『アジア時報』10月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第6回「王臣蹇蹇たり―「公文録」の時代」が載りました。ウェッブで読むことができます。

今回は物騒なことに、10人もの人を死なせてしまうのです。誰を、どのようにして? それは本文をお読みください。みなさんがご存じの有名人ばかりです。
ところで、公文書なので、決裁の過程ではんこが押されています。
19ページのはんこは、いかにも安物で、「ほんまにこんな政府幹部がこれを使ったの」と思います。「三文判」ですよね。本文にあるように、原本は焼失し、再生する際に三文判を使ったのでしょうか。
27ページのはんこは、個性が出ているようです。山縣は「有朋」としているし。大山も「巌」です。ひっくり返して押している人もいます。渋々押したのでしょうね。

悪口「タコ」の語源

2025年9月13日   岡本全勝

日経新聞夕刊連載「令和なコトバ」、9月1日は「「TACOる」 大統領のディールは弱腰?」でした。
そこに、タコという、人をけなす言葉の語源が書かれていました。
・・・江戸時代、将軍に謁見できない御家人の子どもを、旗本の子どもたちが「御目見(おめみえ)以下」とからかったのが始まりとの説がある。「以下(イカ)」と侮辱されて、「タコ」と言い返したことから定着したとか・・・

へえと思って、インターネットで調べたら、諸説ある中にこの説が載っています。

福井ひとし氏の公文書徘徊5

2025年9月2日   岡本全勝

アジア時報』9月号に、福井ひとし氏の「連載 一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第5回「嵐のあと――伊勢湾台風と事務次官会議」が載りました。ウェッブで読むことができます。

今回は、表題のとおり、伊勢湾台風への対処と、それを巡る事務次官会議の資料を巡る解説です。9月1日が防災の日で、それにちなんで題材を選んだようです。それぞれに内容も濃く、資料(公文書)も多いです。天気図も、気象庁作成の公文書なのですね。よく、過去の資料をあさったものです。
事務次官会議については、その発足当時まで遡っています。次官会議資料に、手書きで書き込みがなされています。実質的な議論がされていたのですね。これは、行政学の良い資料になるでしょう。
それぞれで1回分になると思うのですが、今回も二兎を追っているようです。

7・8月号の第4回「二倍ぐらいでは驚かない――経済安定本部と戦後の米価」を紹介するのを忘れていたようです。これも、ご覧ください。

陸軍零式戦闘機?

2025年8月27日   岡本全勝

8月24日の朝日新聞教育面に「子どもたちが学ぶ戦後80年:1」「姉妹の探求 「文子先輩」最後の1日、忘れぬよう漫画に」が載っていました。

記事の中で、中島飛行機武蔵製作所の説明について、「陸軍零式戦闘機(通称『零戦(ぜろせん)』)や一式戦闘機『隼(はやぶさ)』」とあります。???
隼は陸軍ですが、零戦は海軍です。零式艦上戦闘機です。
朝日新聞社に、間違いではありませんかと指摘したら、「ご指摘の通りです」と返事が来て、記事に次のような訂正が入りました。
「正しくは「海軍の零式戦闘機(通称『零戦(ぜろせん)』)や陸軍の一式戦闘機『隼(はやぶさ)』」でした。記事を修正しました。」

う~ん、書いた記者も、校閲も見逃したとは。私以外にも、たくさんの読者が気づいたでしょうね。零戦は、私たち世代にとって、漫画やプラモデルの定番でした。戦争が終わって80年。若い人には、遠い昔のことですね。太平洋戦争も遠くなったと実感します。