カテゴリー別アーカイブ: 新居顛末記

生き様-新居顛末記

2007.1.28

家のツバキが、花を開かせ始めました。つぼみはたくさんついているのですが、咲くのは今のところ一輪ずつです。ところが、先日咲いた1輪目は、花びらの先が汚くなって、きれいに咲き切りませんでした。そこで、第2輪目は、毎朝出がけに注意して見ていました。すると、つぼみのうちはきれいなのに、花びらが開き始めると黒いシミのようなものが出て、きれいに咲きそうにないのです。病気にでもかかっているのかなと、心配していました。昨秋には、チャドクガの毛虫の集団に襲われたので、その影響かとも。実家のツバキなんて、放っておいてもきれいな花を咲かせていたのに。
今日、原因が分かりました。メジロが来て、花をついばんでいるのです。たぶん、蜜を吸いに来ているのでしょうが。よく見ると、朝より午後の方が、花びらが小さく、短くなっているのです。輝くような黄緑色のメジロのつがいですから、仕方ないですね。こんな都会に、よく住んでいるものです。

暮らしの場と暮らし方

12月で、新居に移って1年が経ちました。それもあって、渡辺武信著「住まい方の思想」「住まい方の演出」「住まい方の実践」「住まいのつくり方」(それぞれ中公新書)を、読み返しました。寝る前に布団の中で読む本は進むのですが、書斎での難しい本は進みませんねえ。結果として、新書と文庫本、エッセイのたぐいしか読めません。
さて、家を建てるに際し、いろんなハウツー本も読みました。それはそれなりに役に立った(役に立たなかった)のですが、そのようなハウツーより、記憶に残った本、なるほどと思ったのが、これらの本です。
先生の主張は、「住まいは単に住む場所でなく、その人の人生観の表現である」と、要約したらいいでしょうか。「私の場所」をつくることだとも、おっしゃってます。良い住まい、住みよい住まいとは、業者がいくら金をかけても、高い家具を置いてもできるものではなく、住人がそこでどのような生活を送るかによります。ただ広ければいい、というものではないのです。「狭苦しい」(狭楽しい)ということも、おっしゃってます。まあ、そこそこの面積は必要ですが。住まいは、ものとしてみれば、大きな箱であり調度品です。しかしその容れ物が問題なのではなく、そこにできる隙間が重要だと主張されます。そうですね。そこで、どのような時間を過ごすかですから。となると、重要なのは入れものである家でなく、その中での住人の生活の仕方になります。ハードウエアでなく、ソフトウエア、コンテンツです。
もっとも、私も若いときは、1年のほとんどを仕事場で過ごし、家には寝るだけに帰っていました。そのような暮らしは、本でも批判されています。もう少し、自分の時間を大切にするべきでした。まあ、そんなことを考えることができる歳になった、ということでしょう。でも、書斎がなくても、本は書けるのですよね。私の著作の多くは、食卓で生産されました。
これから家を建てようと考えておられる方だけでなく、暮らし方を考えておられる方にはお勧めです。家を通じた人生論です。もっと他の建築の本も、教養として勉強になりましたが、小さな我が家には縁のないことが多いので、省略します。

書斎ではゆっくりできない?

今日は、東京財団の月刊誌日本人の力に載せる地方分権の実行力と推進力を校正。別に頼まれていたエッセイやら、メモを作成。いくつもきていたメールでの問い合わせに返事を書き・・・。それはそれで、充実しているのですが、何か変なのです。それを、先日から考えていました。
書斎を造って、そこでゆっくりと好きな本を読むというのが夢でした。そして、書斎を造るまでは成功しました。しかしなぜか、ゆっくりと本を読む方は、実現しません。それはどうしてだろうか。答は、私の書斎は趣味の場でなく、仕事の場になっているということです。余暇・消費としての読書でなく、仕事・義務としての原稿書きが主なのです。いつになったら、書斎が余暇の場になるのやら。午後の紅茶を運んできてくれた娘が、「そんなの、当分無理やわ」。そうでしょうね。

カーテン事件

家のほとんどの窓は、レースと遮光の2重カーテンにしました。ここまでは、普通のこと。ところが、しばらくすると、レースのカーテン上部の糸が引っ張られて、破れることが出てきたのです。原因は、遮光カーテンのフックでした。
カーテンレールのころに引っかける金具は、S字を長く伸ばした形をしています。ころに掛けた方の金具の先(下を向いている。もう一方の先はカーテンの中に入っている)が、レースのカーテンの糸を引っかけるのです。カーテンが閉じているとき(布としては開いているとき)は、引っかかりません。カーテンが開いているとき(布としては寄せられているとき)に、引っかかり、カーテンを閉じるときに引っ張って破るのです。2本のカーテンレールの幅は既製品ですから、問題はないはず。破れないカーテンもあって、それは金具がプラスチック製でした。そこで、金属金具をすべて取り替えたのです。
階段などの窓は、当初考えて、ロールカーテン(上で巻き取り、ひもで下に引っ張って閉じる)にしました。これは場所も取らず、思った以上に優れものです。カーテンは、開いて巻き取ると、結構場所を取るのですよね。今、書斎などはロールカーテンに代えようかと、思案中です。世の中には、地方財政や日本の行政以外にも悩みはあります。

こだわりの椅子

書斎の椅子を買ってから、2か月が経ちました。その体験報告です。今は、本を読んだり原稿を書くにはこの木製椅子を使い、パソコンには前からのOAチェアーを使っています。二つ並べているということです。
使い心地は、読書と書き物には、木製椅子がはるかに座り心地が良いです。その理由は、椅子が動かずどっしりとしていることのようです。その間は姿勢を変えないので、堅くて動かない、腰と背中を包んでくれる椅子がよいようです。もちろん、座面はクッション付きです。少なくとも、私にはこの方が疲れません。よくよく考えると、読書の間はかなりの時間、じっとしているのです。OA椅子にある、ころ(車輪)は要らないのです。あれは、立ったり座ったりする仕事のための機能です。読書中に椅子が変に動くと、落ち着かないのです。
リクライニング機能も、不要です。長時間読書して疲れたら、椅子の上でリラックスすることはなく、立って居間に移動しますから。もちろん座面の高さを調節する機能は、使う人が入れ替わるときのものであって、私一人が座り続ける際には不要です。最初から、私に合わせて作ってあるのですから。というので、読書用には肘掛け付きの木製椅子が良い、というのが結論です。パソコン用の椅子が、OAチェアーが良いのか、木製椅子が良いのかは、しばらく考えます。