カテゴリー別アーカイブ: 生き方

生き様-生き方

大島理森先生の「私の履歴書」

日経新聞連載「私の履歴書」、9月は、大島理森・前衆議院議長です。昨年10月には、読売新聞連載「時代の証言者」にも載りました。
活字にはできない話も多いのでしょうが、楽しみです。

私が、総理秘書官と東日本大震災復興で大島先生にお世話になったことは、「自民党、大島理森復興加速化本部長」「大島理森先生の回顧談」に書きました。

自分をほめてやりたい

有森裕子さん「自分をほめたい」」の続きです。有森さんは、「自分をほめる」であって、「私は「自分で自分をほめてあげたい」とは言っていません」とおっしゃっています。

私は、有森さんの言葉を借用して「自分で自分をほめてやりたい」と使っています。なぜかと、考えました。理由は次の通り。
私は仕事で迷ったときに、しばしば「全勝A」の斜め後ろに「全勝B」を置いて、Aに向かって「本当にこれで良いのか?」と会話させます。冷静に自分を見るためです。これは、判断に悩んだときなどですが、ある仕事をやり遂げたときには、全勝AがBに向かって「自分で自分をほめてやりたい」と同意を求めるのです。
すると全勝BがAに「そうだな」と同意してくれます。自分に対するご褒美です。全勝Aは、「では、早くビールを飲みにいこう」と雑務を片付けます。
人間は弱い動物です。このようなご褒美も必要でしょう。

平櫛田中と30年分の材木

買っても読まない本が、増え続けています。生きている間にすべてを読むことは、できそうにありません。「なら、新しい本を買うなよ」との声が聞こえてきそうです。

全く関係ないのですが、彫刻家の平櫛田中さんを思い出しました。かつて、旧居を転用した美術館を見に行ったときに、たくさんの材木が残っていました。
「田中は百歳を超えても、30年かかっても使いきれないほどの材木を所有していた。これはいつでも制作に取り掛かれるようにと、金銭に余裕がある時に買いためていた材木がいつの間にかそれだけの分量になっていたためである」(ウィキペディア)とのことです。

そのひそみにならえば、「100歳まで生きて、まだ読むことができない本が残っていた」「まだまだ勉強する意欲を持っていた」とは、なりませんでしょうか。残された家族が、処分に苦労するだけでしょうか。

有森裕子さん「自分をほめたい」

8月23日の朝日新聞「“I”をください」「有森裕子さんに聞く 重圧かけた末の「自分をほめたい」」から。この言葉は、私も使わせてもらっています。でも、「自分で自分をほめてあげたい」ではなかったのですね。しかも、しょっちゅう使っています。

「自分で自分をほめたい」。1996年のアトランタ五輪女子マラソンで銅メダルを獲得した有森裕子さんの言葉。「自分」を大切にすることを推奨する最近の世の中にあふれる言説の先駆けともいえそうだ。言葉に込めた意味、自己肯定感に時に振り回される風潮について、現在は日本陸上連盟副会長などを務める有森さんに聞いた。

「自分で自分をほめたい」は、インタビュー中に自分に言って自分で納得するための言葉でした。誰かに何かを伝えようとしたものではないですが、皆さんの視点を少しでも変える言葉であったならよかったです。
バルセロナ五輪(92年)で銀メダルを取ったものの、その後の環境がなかなか自分の思い描いたようにならず、身体的にも精神的にも傷を負いました。このモヤモヤを抱えては生きていけない、でもSNSもない当時はアスリートが何かを主張するにはメダリストに返り咲くしかない。そうやって自分で自分に重圧をかけた末で、同じメダルでもバルセロナとアトランタでは意味合いが全然違ったんです。

ただ勘違いされている方が多いですが、私は「自分で自分をほめてあげたい」とは言っていません。自分に対して何かを「してあげる」なんて言い方、しないです。誤解が広まったのも、たぶん「自分をほめたい」は日本人の感覚の言葉じゃないんでしょうね。仏教圏の慈悲文化と、キリスト教圏の奉仕文化の違いがありそうです。
あの言葉の元になったのは私が高校生の時に聞いたフォークシンガーの高石ともやさんの「自分のことを分かっているのは自分自身だから、他人にほめてもらうんじゃなくて、まず自分で自分をほめることが大事だよ」という言葉です。高石さんが米国でボランティア活動中に、現地の年配女性から聞いた言葉だそうです。日本だと「ほめたい」はずうずうしく、他人に施す「あげたい」が自然なのでしょう。
でも多くの人が本心では自分を認めたいと思っているから、私の言葉は新鮮に受け止めてもらえたのだと思います。自分へのご褒美的な意味に転じて「ほめてあげたい」で広まったのかもしれません。

アトランタ以降に「自分で自分をほめたい」と思ったことはありません。あんな出来事は一生に1回。こんな言葉をしょっちゅう使っていたら、単なるなまけものになっちゃいます。日常にゴールはなく、強烈な刺激もありませんから。
そこまで思うことはなくても、今の仕事の中で一生懸命に頑張る人を応援している時に充実感があります。自己肯定感と言われますが、私は根本は自分の存在意義だと思います。人間が一番必要とするものです。

人生の下り方を考える

7月28日の日経新聞「私見卓見」、石飛幸三・世田谷区社会福祉事業団顧問医師の「人生の下り方をデザインせよ」から。

医療と介護は人々の人生を側面から支えるという意味においてはひとつである。しかし、一般に認識されているのは、老いて生活に支障が生じるようになったら介護制度を、病気になった時は医療を受けるという使い分けだ。この場合の病気の中には、老化にまつわる諸症状まで含まれている。
私は医療と介護の両方を長年経験してきた者として、この認識を見直してほしいと願っている。なぜなら、この認識のせいで、本来は穏やかであるはずの老いの終末が苦痛の多いドタバタに変わりかねないからである。

かつて私はがんを取り除いたり、古くなった血管をつぎ直したりしてきたが、「部品を修理しているにすぎない」と思うことが増えた。それをはっきりと認識したのは特別養護老人ホームの常勤医となって、私と年齢の変わらぬ老いて認知症もあり、食べられなくなっていく入所者の健康を見守る役を与えられてからである。
病んだ器官や組織に強い薬を使ったり、新品の人工パーツに置き換えたりしたところで、身体は老いて既にガタがきている。となると、手術や治療は回復を約束してくれるどころか、苦痛や負担を無駄に与えることになる。過度な医療が責め苦となって身体は悲鳴を上げていないだろうか。「病気になったらすぐ医療」という認識を改め、老いていく身体の声にもっと耳を澄ませてほしい・・・

・・・老いは自然の摂理で、治療で元には戻せない。いよいよ終わりが近づいてくると食べられなくなり、管で栄養を入れても身体はそれを受けつけなくなる。だが、慌てることはない。それは終点へ向かって坂を下っていく自然の経過なのであり、穏やかな最後を迎えるための準備をしているのである。やがて眠って、眠って、そして穏やかに旅立つ。自分らしく最後の坂をいかに下っていくか。下り方を自分でデザインする文化を超高齢多死社会の日本に求めたい・・・