カテゴリー別アーカイブ: 仕事の仕方

生き様-仕事の仕方

花形でない部署での経験

1月21日の読売新聞「経営者に聞く」は、井川伸久・日本ハム社長でした。

・・・同じ食肉事業本部でも、国内ポークや輸入ビーフの担当者は入社2年目や3年目で数千万円、数億円の商売をします。惣菜課の僕は工場でモツを煮たり、スーパーで店頭販売をしたり。主任になるのも、彼らより遅かったですね。
でも、ほったらかしで何でもやらせてもらえた点は良かったです。誰も仕事を教えてくれないから、売り上げを上げる方法を自分で考えるしかありませんでした。「失敗しないレール」に乗ったエリートの人たちとは違い、失敗だってしました。

そんな環境だったので、上司にも「これは違う」「こうした方がいい」と好き放題言っていたら、営業部門へ異動になりました。2013年に関西フードサービス部の部長に就任した時、50歳を過ぎていました。商売相手は外食チェーンなどで、一度も経験のない現場営業です。
ここで工場勤務の経験が生きました。同じような商品を他社からうちに切り替えてもらうには、価格を下げる必要があります。たとえ買ってくれても、値下げすればもうかりません。だから、全く新しいメニューを提案しました。
僕は工場や原材料のことがわかっています。だから「今この原料は安いやろ」「これを20トン分作ってよ」と、工場と話ができるわけです。提案したメニューを採用してくれれば、相手にもうちにもメリットがあります。そうした手法をどんどん広げました。

加工事業本部長に就いた時は業績回復が課題となっていて、僕は「シャウエッセン」に目を付けました。23年度で746億円売り上げた看板商品ですが、「ボイルを推奨」などの社内ルールがあり、味も1種類だけでした。
なぜボイルにこだわるのか、なぜトレンドのチリ味を出さないのか、疑問に感じていました。看板商品なので変えにくかったのでしょう。僕は、売れなかったらやめたらいいだけだと割り切りました。社内で根回しをすると、思った以上に反対されました。
味自体を変えると反発が強いため、まずシャウエッセン入りピザを発売しました。ボクシングでいえば、ジャブを打ったわけです。それで翌年にはホットチリ味を出しました。この作戦がはまって利益がピューッと上がると、社内の雰囲気が変わりました・・・

企業が試行する「つながらない権利」

1月13日の朝日新聞「「つながらない権利」確保、企業手探り 休日の業務電話は自動転送 22時以降・土日はメールNG」から。

・・・いつどこでも業務対応できる時代となる中、勤務時間外は電話やメールなどに反応しない「つながらない権利」が注目されています。権利確保に向けて取り組む企業が増え始めていますが、運用には難しさもあるようです。

空調設備会社オーテック(東京)の男性社員(25)は、月に数回ある平日休みの「勤務」に頭を悩ませていた。
多いときで1日3件、業務の電話が鳴った。取引先から「空調の故障で警報が出ている」と電話があれば、休みでも取引先に出向いて作業した。映画を見ていても、電話が鳴ると対応せざるを得ず、鑑賞を途中で断念したこともあった。
「休みを取っていてもいつ対応が必要になるか分からずビクビクして、休んだ気になれないこともあった」と、男性は振り返る。
この状況が、2023年11月から変わった。
男性が所属する名古屋市の中部支店技術部で、平日に休みを取っている社員に顧客から電話があった場合、支店に自動転送する取り組みを始めたことだ。対応するのは出勤している他の社員。担当以外でもトラブルに対応できるよう、マニュアルをまとめて職場で共有する体制も整備した・・・

・・・日本ではテレワークの浸透やスマートフォンなど情報機器の普及もあり、つながることが当たり前のようになっている職場は少なくない。
労働組合の中央組織・連合が、23年9月に実施した「つながらない権利に関する調査」では、働き手(雇用者)の72・4%が「勤務時間外に部下や同僚、上司から業務上の連絡がくることがある」と回答した。
勤務時間外の連絡を拒否できるのであれば、そうしたいと思うか、と聞いたところ、「そう思う」は72・6%だった。しかし、「連絡の拒否は難しい」と思う働き手は62・4%で、個人で対応する難しさが示された・・・

・・・一方、運用面の難しさなどから取り組みを緩和させた企業もある。
あずさ監査法人(東京)は17年、主に午後9時~翌朝7時のネット接続を原則禁止した。しかし、20年11月には管理職をその対象から外した。外すにあたっては、月80時間を超える残業をより厳しく管理することを条件にした。
コロナ禍でテレワークが浸透し、柔軟な働き方のため、規制緩和を求める声があがったからだ。
その声は管理職だけでなく、一般職員にも広がる。専門知識・スキル向上のための自己研鑽などを柔軟にできるようにしてほしい、海外とのタイムリーな連絡が必要になる、といった意見が相次いだ。活躍が難しくなると退職した職員もいたという。
今では、一般職員でも緊急業務の対応がある場合は上司の承認の上、規制を緩めたり、最繁忙期に統一方針として緩和したりしているという・・・

AI時代の「達人の技」

1月13日の日経新聞経済教室、今井むつみ・慶応義塾大学教授の「AI時代に学ぶ「達人の技」」から。

・・・今の生成AIは、インターネット空間のテキスト情報を教科書として学習する。文法的に間違いない文を流ちょうに生成するという点では、人間を上回るようになったかもしれない。
人間は長い文を生成するときに主語が何かを途中で忘れてしまい、主語と目的語が一致しない文を作ったり、単語の選択をうっかり間違えたりしてしまうことが頻繁にある。
しかし、生成AIは大量の情報を並列に超高速で計算できる。記憶力も人間に比べれば無尽蔵と言ってよい。だから、今の生成AIはまず文法の間違いをしない。他言語への翻訳もたちどころにしてくれる・・・

・・・「カンマの女王『ニューヨーカー』校正係のここだけの話」という本を読んだ。米誌ニューヨーカーは米国の知識人が読む雑誌として名高い。洗練された英語に定評があり、文章は何重にもチェックされる。著者のメアリ・ノリス氏は同誌の最終的な文法チェックをする校正者だ。
ニューヨーカー誌には通常の文法の正しさの許容度より厳しい独自ルールがある。校正者はこのルールブックを頭にたたき込んでいて、ほとんどの場合、それを順守して文章を整える。
しかし一流の校正者の本領は、作家が規範を逸脱したときにどうするかの判断にある。ニューヨーカー誌に寄稿するのは並の作家ではない。もちろん一流の作家もうっかりミスをする。ミスなのか意図的な逸脱なのか。一流の作家がルールを逸脱したとき、校正者はその意味を考え抜く。そして逸脱したほうが作家の表現したい意味が伝わると判断すれば逸脱を許容する。
一流の達人があえてする逸脱を人は独創性と受け止め、その人の味と感じる。しかし逸脱が程度を過ぎれば誤りか理解不能と思われてしまう。独創性は、ギリギリの線での規範からの逸脱なのである。分野を問わず、ギリギリの線がどこかを直観的に見極められるのが本当の達人である。

認知科学では一流の達人と、普通の熟達者の行動や心の働きの違いが研究されてきた。普通の熟達者も仕事を早く正確にそつなくこなすことができる。両者を隔てるのは独自の味(スタイル)を確立しているかどうかである。ギリギリの線での逸脱を可能にするのは柔軟で臨機応変な判断力であり、それを支えるのは優れた直観である。
ここで、一流の達人とは「各分野に単一の基準で全員を比較した時にトップの人」ではないことを言っておきたい。一流の達人たちはそれぞれ異なる軸で規範から逸脱し、独創的である。だから、その分野には多様な達人の集積がある。そこに面白みも味も生まれるし、協同してプロジェクトを行う意味も出てくる・・・

改革には抵抗がある

日経新聞私の履歴書、1月は、岡藤正広・伊藤忠商事会長です。22日の「伏魔殿」から。岡藤さんは長く大阪で仕事していて、社長になってから東京本社に来ます。その前の話です。

・・・副社長だった私は、東京の人事制度委員会の委員長に指名された。全社の人事制度を見直そうと議論百出の末に新制度案がようやくまとまったのが金曜のこと。後は週明けに取締役会で提案するだけ。そのまま大阪に帰った。

ところが月曜朝に東京に来てみると、なぜか従来の制度が併記されていた。何日もかけて議論してきたことがどこへやら……。後で分かったことだが「犯人」は先輩にあたる人事担当役員だった。自分が作った制度を「外様」の私に変えられることが恥だとでも思ったのか、両論併記するよう人事部長に命じたという。これにはカッとなった。

「こんなアホなことがあるか。ええ加減にせえ!」
取締役会で真正面に座る当時社長の小林栄三さんにも「やってられませんわ」とかみついた。こんな調子だから「東京のモンは信用でけへん」という思いが強くなった・・・

中年期の心の危機

12月21日の朝日新聞夕刊、清水研・腫瘍精神科医の「中年期の心の危機、どう向き合う」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・中年期に陥る心理的危機「ミドルエイジ・クライシス」。人生の後半に差しかかるこの時期は肉体的な変化だけでなく、不安や葛藤など心の不調に見舞われることもある。腫瘍精神科医として約4千人のがん患者と対話してきた清水研さん(53)も、40歳を前にクライシスを経験した。清水さんにその向き合い方を聞いた。

なぜ中年期に心理的危機が訪れるのだろうか。ユング心理学では、中年期は人生の正午にあたる。成長を感じられる青年期の午前から、老いや死に向かう午後に向かうときに危機を迎え、その後に価値観が大きく変わるという。
「青年期は体力や気力が充実して成長や発展を実感でき、がんばれば成功して幸せになれると信じている。しかし、中年期に入ると、体力が衰えてきてがんばれない。組織や社会での立ち位置、限界も見え、努力の先に輝かしい未来があるとは限らない現実も知る。がんばれなくなった自分自身への信頼も失う。今までのやり方に行き詰まりを感じるのです」

私たちは普段は意識しないが、心の中に「want(~したい)」と「must(~しなければならない)」の「相反する自分」が存在するという。
wantは「泣きたい」「おなかがすいた」といった感情や感性が優位な自分。mustは親のしつけや学校教育、社会規範などから形作られた「人に迷惑をかけてはいけない」「結婚しなければいけない」といった理性や論理が優位な自分。大事なのはそのバランスだ。
mustが強すぎると、自己肯定感の低さや承認欲求の強さにもつながる。「強いmustに縛られてきた人が、それに従うエネルギーを失い、心が悲鳴を上げたとき、中年の危機が起こります。今までの生き方が苦しくなり、手放す必要に迫られるのです」・・・

ご自身の体験、絶望も書かれています。
・・・「父から認められ、自分を承認したい」。そんな思いから精神科医になり、仕事を最優先に生きていた。だが、自分に自信を持てず、他人の評価が気になり、生きづらさを抱えていたという。そして40歳を前に限界を迎えた。
清水さんは危機にどう向き合ったか。まず自分の中のwantの声に耳を傾けることから始めた。
「小さなことからでいいんです。コンビニで昼食を選ぶときに『短い時間でさっと食べられるものを』や『カロリーが高いものは避ける』で選ぶのではなく、『自分は今、何を食べたいか』に集中した。手に取ったカツ丼を食べて喜んでいる自分を発見しました」
あるときは自分の中のmustに抵抗した。気の進まない仕事の会合を断り、見たかった絵本作家ターシャ・テューダーのドキュメンタリー映画を見に行った。素晴らしい映画だった。その充実感は夜寝るまで続いたという。
清水さんはまず、心の中に同居するmustの声とwantの声を切り分けることを勧める。葛藤がなぜ起こるのかがわかり、気持ちを整理できるからだ。
次に、なぜmustが形成されたのかを人生の歩みやできごとから振り返る。mustの正体がわかると「過去とは状況が異なるから、現在はmustに縛られなくていい」と感じられるからだ。
この二つを経ても、must思考が強い人が、その考え方を手放すのは容易ではないこともある。清水さんもそうだった・・・

・・・腫瘍精神科医として小児科病棟の子どもたちに接する中で、子どものころの自分を思い出す機会があった。精いっぱい居場所を求め、もがいていた当時の自分を慈しむ気持ちがわき起こった。
「自分を許し、愛する」。この三つ目のステップを踏むことでmustから解放され、危機を脱することができた。45歳のころだ。
「カウンセリングを受けるのでも、人に話を聞いてもらうのでも、本を読むのでもいい。自分はダメだと思うのではなく、『厳しい状況や窮屈な生き方でも、よくここまでやってきた』と自分を認め、信じることから始めてみて」・・・