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令和2年の回顧3、生活

2020年12月30日   岡本全勝

令和2年の回顧、その3は生活についてです。

9月に内閣官房参与、福島復興再生総局事務局長を退任し、11月には復興庁顧問も退任しました。毎週の福島勤務がなくなると、生活のリズムが変わり、戸惑っています。
9年半勤めた復興行政とともに、42年半勤めた公務員生活を卒業しました。いろいろと思うこともあるのですが、文章にまとめる時間が取れません。

連載の執筆、お声のかかる講演の準備、このホームページの執筆で、時間が過ぎていきます。常に何かに追われる人生です。後輩からは「全勝さんは回遊魚なので、止まると死ぬでしょう」と笑われています。読みたい本を買い込み、積ん読の山が大きくなります。
夜の意見交換会もお誘いが多く、新型コロナウイルスに注意しながら、続けています。いろんな分野の方々との意見交換は、勉強になるとともに、私の財産です。

10月に三井住友海上火災保険の顧問を退職し、12月から、あいおいニッセイ同和損害保険の顧問になりました。12月からは主たる仕事場が、本社(渋谷区恵比寿)になっています。政府は、国民にとっての最後の「保険」です。その機能の一部を、保険会社が担っています。そのような視点から、勉強中です。

新型コロナウィルスの影響で、春から夏にかけては、出勤も夜の意見交換会(会食)も自粛しました。毎日散歩し、夜の会食がないので、体重も減りました。秋からは在宅勤務と出勤を組み合わせ、意見交換会も注意しながら再会しました。体重は、元に戻ってしまいました。
予定していた海外旅行も、行くことができませんでした。実家への帰省や国内旅行も、いくつかあきらめました。新型コロナウィルスでは、親しくしていただいた岡本行夫さんが、亡くなられました。とても悲しいことです。

今年も、健康で過ごすことができました。なんと言っても、健康第一です。
子供の頃はしょっちゅう熱を出していたのですが、社会人になってからは人並みに健康になりました。キョーコさんのおかげです。

年賀状投函

2020年12月27日   岡本全勝

今日27日午前中に、残りの年賀状を書き上げ、投函しました。これなら、元旦に届くでしょう。

年賀状書きは、年末恒例の「苦行」です。私は、文面は印刷するのですが、表書きと一行の添え書きを、万年筆で書くことにしています。「ペン習字の時間」と言っています。書き始めればそんなに苦労ではないのですが、なかなか着手できず、根気が続きません。
ワープロで印刷できる時代ですが、お世話になった人を思い出す機会であり、下手な自筆を待ってくださっている方への報告でもあります。
かつては千枚を超えていたのですが、近年は縮小して、勘弁してもらっています。すみません。

これで一つ片付きました。次は、講演会の準備と原稿です。いくつもたまっているので、どれから手をつけるか。段取りと、頭の切り替えが必要です。

晩秋の3連休

2020年11月22日   岡本全勝

この3連休、皆さんはどのように過ごしておられますか。東京は、よい天気が続いています。しかし、新型コロナウィルス感染拡大で、遠出もままなりませんね。困ったことです。
肝冷斎は、どこに出かけたか。ホームページを見ましたが、10月上旬以来更新されていません。どうやら、パソコンの調子が悪いようです。

私は、キョーコさんのお供をして少しの外出と散歩。それを除いて、連載原稿と格闘しています。11月初旬に書き上げた原稿が、誌面では3回分にしかならず、12月10日で底を突きます。困ったことです。一気に書き上げることはできず、いつものことながら少しずつの前進です。

少しずつ書いたのも、積もると結構な量になります。なんと、連載は60回を超えました。1年半です。よく続いたものです。
もっと早く完結する予定だったのですが、書いていくうちに、どんどん広がって。知人からは、「いつになったら終わるんや」と批判されています。「こうなったら長編小説や」と反論しています。

現在書いている部分で、第3章1(2)「成熟社会の生き方は」が終わります。すると、第3章2「社会の課題の変化」に入ります。ここは、これまでに書いてきた「社会の課題」をまとめることですから、そんなにかからないと思います(安易な予測)。

成子富士へ登山

2020年11月21日   岡本全勝

先日、富士に登ってきました。といっても、本物の富士山でなく、富士塚です。西新宿の成子天神の境内にあります。
新聞で紹介されていたので、新宿の用務のついでに寄ってきました。毎日のように、その前を通っています。もっとも地下鉄丸ノ内線なので、地上の様子はわからないのですが。また、休日には良く新宿まで散歩したので、その際には前を通っていました。
天神さんがあることは知っていましたが、その裏に富士塚があることは知りませんでした。

高さ12メートル。結構急な山です。富士山から運んだという溶岩を積み上げ固めてあります。大正年間に作られたということですから、築100年ですかね。
できた当時は、西の方に本物の富士山が見えたのでしょう。今は、隣にマンションが建って、何も見えません。

11月も半ばです

2020年11月15日   岡本全勝

困ったことです。早くも11月も半ばです。いつの間に、こんなに日が経ったのでしょう。
紅葉が進み、散歩途中の桜やモミジバフウも、鮮やかな赤や黄色の葉を落としています。わが家の小さな夏椿も、きれいに黄色になりました。プランターから引き抜いたアサガオは、支柱からツルを外して片付けました。
天気の良い日が続き、外出にはうれしいのですが、それをしていると、抱えている仕事が進みません。

まず、年賀状書きの季節です。今年も、文面の印刷は終えたのですが、まだ宛先の整理ができていません。宛先を手書きでしているので、これが一大苦労です。
連載執筆は、右筆の協力も得て、続きを編集長に提出しました。ただし、頑張ったのに3回分にしかならず、12月10日で貯金が尽きます。それで、続きをぼつぼつと書いています。これも、難渋しています。
ほかに勉強会や取材申し込みがあり、その準備に追われています。既に行った講演の速記録起こしも。
夜は、いろんな人から意見交換会や慰労会の申し込みがあり、忙しいです。ありがたいのですが、困ったことです。

本業の方の復興庁顧問は、仕掛品をほとんど片付け(関係者たちに引き継ぎ)、先が見えてきたのですが。このように、ホイホイ引き受けた「副業」が難儀です。執筆に必要な本以外に、本屋で見つけた面白そうな本、書評で紹介されていた本を買い込み、これまた困ったことになっています。