8月22日のニュースが、「国土交通省の公共交通事故被害者支援室が、心のケアなどに当たる職員の研修を始めたこと」を、伝えていました。これに合わせてNHKでは、斉藤隆行記者が、「鉄道・交通事故、変わる被害者支援」を解説しています。
2012年4月、国土交通省に「公共交通事故被害者支援室」が設置されました。遺族を含めた事故被害者の支援が、目的です。
拙稿「社会のリスクの変化と行政の役割」第4章二2「変わる安心提供の手法」で、事故対策として規制や救助だけでなく、保険と無過失賠償責任制度を作ったこと。介護保険制度など、金銭給付だけでなく生活支援(人的サービス)を作ったこと。さらに、犯罪被害者について、金銭給付制度だけでなく、支援が相談や損害賠償請求についての援助や、加害者からの「お礼参り」の防止などに広がっていることを紹介しました。
加害者を罰することや、被害を金銭補償することだけでは、被害者の「被害」は回復しないのです。古典的な民法の原則だけでは、不十分だと認識されました。
公共交通事故被害者支援室も、この変化の中に位置づけることができます。加害者を罰したり、再発防止策を強化するだけでなく、被害を受けた人とその家族への支援が重要だと、認識されつつあるのです。それは、金銭補償だけでなく心の手当を含みます。災害時の心的外傷後ストレス障害(PTSD)対策の重要性の認識も、同様です。そしてそれは、被害者とその関係者だけでなく、救助に当たった警察や消防、自衛隊、さらには役場職員にも及びます。
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低線量放射能への不安、足を踏みつけた場合の対応
8月15日の朝日新聞「ニッポン前へ委員会」、神里達博大阪大学准教授の発言から。
震災がれきの広域処理をめぐって、拒否反応があることに関して。
・・実は、この問題の背景には、現代社会におけるリスク問題に特有の「二つの不在」が作用していると考えられる。
まず一つは、「知識の不在」である。現代の行政は原則として、科学的事実に基づいて客観的に遂行される。ところが、あるレベルを下回る放射線の健康影響については、科学的知見そのものが不足している・・
もう一つは、「責任論の不在」である。たとえば電車内で足を踏まれたとき、相手からの「すみません」の一言があるかないかは、大きい。もし、謝罪の言葉よりも先に「あなたの足にかかった圧力は弱いので、けがの恐れはありません、ご安心ください」などと言われたら、かなり温厚な人でも怒るだろう。だが、今回の原発事故に伴う放射能汚染の問題では、まさにそのような状況が続いている。程度の差はあれ、「足を踏まれた人」は間違いなく大勢いるのに、謝罪する者は事実上、現れていない。人々はきっとそのことに、どうにも納得がいかないのである・・
科学者の知見の活用
イギリスやEUには、政府に首席科学顧問(Government Chief Scientific Adviser)が置かれているとのことです。イギリスのThe Government Office for Scienceのホームページ。どのような仕事をしているかは、リンク先をご覧ください。
8月2日の朝日新聞オピニオン欄は、EUの首席科学顧問のアン・グローバーさんのインタビューを載せていました。
原発事故について。
・・私は英国の首席科学顧問のジョン・ベディントン氏と一緒に対応にあたりました。情報収集はきわめて困難だった。理由の一つは、日本に首席科学顧問がいないから。もしいたら、即座に科学者のネットワークができ、情報交換や情報の批判的検討もできた。日本にとっても、助けになったと思います。世界中から最良の知識を持った科学者を探し出し、力を貸してもらえたでしょう・・
ベディントン氏が、事故直後に東京の英国学校長に学校閉鎖の必要はないと明言したことについて。
・・私たちは誰もが意見を言える場を作り、影響について議論しました。ベディントン氏がその情報を政府に持って行き、首相が証拠に基づいて決断したわけです・・
英国で狂牛病が広がったとき、政府は当初、人には感染しないと言ったが、後になって間違いだとわかった。このときは、英国の科学者も信頼を失った。どうやって、信頼を取り戻したのかについて。
・・私は、間違いを認めることによってだと思います。正直さがとても大事です。そして透明性です。当初は人に感染する証拠がなかった。それは事実です。その後の研究で、感染しうるとわかった。それで、我々は間違っていたと正直に伝えたわけです・・
アメリカが広めたもの・資本主義経済、自由主義、多国間統治
8月10日の日経新聞経済教室、ジョン・アイケンベリー教授の「自由の秩序、文明を超えて」から。
・・世界秩序は米国一極支配から、新しい時代への「大いなる転換」を遂げつつある。では、新しい世界秩序は、どのような形になるのだろうか。
中国の台頭と米国の衰退で、リーダーシップの交代が起きるという見方や、数世紀に及んだ欧米主導の世界秩序から、アジアの力と価値観に基づく秩序への転換が起きるとの見方もある。また、勢力伸長の著しい非欧米諸国(インド、ブラジル、南アフリカ、トルコ、インドネシアなど)が指導的地位と権威を争う、多極体制への転換が起きるとの見方のほか、新しい世界秩序は形成されず無秩序と混沌に陥るという、悲観的な見方もある。
そこに共通するのは、米国は長い衰退期に入り、同国が構築し過去半世紀にわたり率いてきた自由主義志向の世界秩序は過去のものになったとの認識だ。だがこうした見方は、本質を見誤っている。現在進行中の大いなる転換は、米国が主導してきた戦後秩序の衰退でなく、むしろ成功を意味する・・
今日大いなる転換が進行しているのは、米国主導の旧秩序が所期の目的を果たしたからにほかならない。その目的とは、多国間統治の枠組みの中での貿易、成長、相互依存の促進である。戦後秩序の設計者は、軍事・経済ブロック、帝国主義、重商主義、勢力争いで特徴づけられる1930年代への逆戻りを食い止めようとした。そして自由主義的な世界秩序を確立し、多国間のルールと組織や民主国家の連帯により、その秩序を強化すべく努力した。
今日の国際政治の「問題」、すなわち非欧米諸国の台頭にどう対応するか、増え続ける相互依存型の問題への取り組みでどう協力するかという問題は、この自由主義的世界秩序が過去半世紀うまく機能したからこそ生じたといえる・・
現在の転換は、「アジアの台頭」や「多極体制への回帰」とみるべきではなく、自由民主主義と資本主義の世界的な拡大とみなすべきだ・・詳しくは原文・英文をお読みください。
アメリカをはじめとする西欧先進諸国に追いついた日本も、追いつきつつある中国を含む新興諸国も、アメリカなどが設定した経済思想と仕組み、貿易や金融の仕組み、国際関係の仕組みを利用しこそすれ、それに対抗するあるいはそれを超える思想と仕組みを打ち出してはいません。生活も娯楽もです。アメリカ文明に代わる「日本文明」や「中国文明」は、今のところありません。
また、スーザン・ストレンジが提唱した「関係的権力」と「構造的権力」が思い浮かびます。前者は、相手にいうことをきかせる力です。後者は、世界の政治経済構造をかたちづくり決定する力です。『国際政治経済学入門』(邦訳1994年、東洋経済新報社)。
スポーツにたとえれば、決められたルールで決められた「土俵」の上で戦います。どちらかのチームが勝ちます。それが関係的権力です。そのルールと土俵を設定して、自らの考えたルールで他のチームも戦わせるのが構造的権力です。少し単純化が過ぎますが。
PKO20年
これまた、古くなって恐縮です。7月20日の朝日新聞オピニオン欄は、「PKOあれから20年」を取り上げていました。
国際平和協力法ができたのが、1992年(平成4年)でした。今年で20年になります。
1991年の第1次湾岸戦争で、アメリカに次ぐ巨額の財政支援をしたのに国際社会からは評価されず、他方で自衛隊の派遣を巡って大きな議論になりました。「自衛隊を出せないので、民間人を派遣しよう」といった議論もあったのです。危険な地域なのに。そしてできたのが、この法律です。
その秋には、初めて自衛隊がアンゴラに派遣され、続いてカンボジアに派遣されました(派遣実績)。不幸なことに、1993年春に、選挙監視のために派遣されていた警察官が殺害されました。村田敬次郎自治大臣・国家公安委員長が急遽カンボジアに派遣され、私もお供をしたので、強烈な印象が残っています。
この間、自衛隊の国際貢献は、着実に実績を残してきました。PKOの他にも、テロ特措法でインド洋で給油活動、イラク特措法でサマワでの活動、海賊対処法でソマリア沖での警戒など。隔世の感があります。もっとも、この記事でも指摘されているように、日本のPKO参加基準はその後、時代遅れになったと言われています。