カテゴリーアーカイブ:行政

国会質問の答弁案作成

2012年11月1日   岡本全勝

10月31日、11月1日と衆議院本会議で代表質問が行われ、明日11月2日には参議院本会議が開かれます。毎日、復興関係の質問が出ています。職員は、その総理答弁案と復興大臣答弁案を作成しています。
1日の質問の中には、31日の夜11時過ぎに通告があったものがありました。それから答弁案を作るので、できるのは真夜中になります。いつものように、私は自宅のパソコンに答弁案を送ってもらって、確認しています。すみません、私だけ早く家に帰って。
でもねえ、23時過ぎに質問が通告されるとは・・。部下に常々「残業するな」「早く帰れ」と言っているのですが、これではどうにもなりません。

内弁慶の旧軍、官僚

2012年10月24日   岡本全勝

「国内で威張っている」ことと「世界での評価」のズレを書いていて、思い出しました。先日紹介した、ハンチントン著『国家と軍人』です(9月26日の記事)。
そこでは、旧日本軍の軍人の特徴として、物質的要素がきわめて低く評価され、その代わりに精神的要素が決定的な意味を持っていたことが指摘されています(p127)。これは、通説になっています。私が考え込んだのは、次のような指摘です。
・・知性の低下と精神の高揚は、日本で職業軍人の著述の著しい欠如という結果をもたらした。1905年から1945年まで、日本は、強大な海軍力を持っていたが、海軍力の本質とその行使についての重要な理論を定式化した評論家は、日本には一人もいなかった。第二次世界大戦以前におけるこの問題についての日本人の著作は、人気取りのものか、極めて初歩的なものかのどちらかであった。学問的な分析はみられなかった。同じことは、陸上作戦についても当てはまる・・(p128)。
世界一の行政サービス水準を達成した後の、日本の官僚にも当てはまるかもしれません。日本の官僚機構は、「日本で最高のシンクタンク」と、高く評価されていました。しかし、各省の組織がどれくらい政策を提言し、官僚が個人として政策を提言しているでしょうか。
また国際的には、例えば発展途上国に対し、どれくらい知識を輸出することでそれらの国の近代化に貢献したでしょうか。我が身を振り返り、反省。
「海外協力庁」をつくって、制度や経験を「輸出」すれば良かったですね。モノの輸出やお金の支援以上に。後発国に比べ先に発展した日本の経験は、後発国にとって良いお手本(良い面も悪い面も)になると思います。日本が、法制度を輸入しながら輸出には熱心でなかったことについては、「2011年10月19日」の記述を見てください。

ドイツでアフリカ沖の海賊裁判

2012年10月21日   岡本全勝

10月21日の朝日新聞に、次のような記事が載っていました。
・・ドイツのハンブルク地裁は、19日、アフリカ東部ソマリア沖でドイツ船籍の貨物船を襲った海賊10人に禁固2~7年の判決を言い渡した・・海賊が訴追されたケニアが受け入れを拒んだため、ドイツで約400年ぶりの海賊裁判となった・・

政権交代に左右されない社会保障議論とシステム

2012年10月21日   岡本全勝

10月20日の読売新聞解説欄は、石崎浩編集委員らによる「社会保障改革。国民会議、始動早急に」でした。
・・そもそも1年で出来ることは極めて限られている。政治的党派を超えて取り組んだ好例とされるスウェーデンの年金改革は、7年かけた・・だからといって、国民会議には何も期待しない、と突き放すべきではないだろう。改めて「社会保障改革の方向性を確認する」だけでも、重要異な意味があるからだ。
それを理解するには、政権交代をはさんだ議論の系譜を見なければならない。
野田政権が目指す社会保障・税一体改革は、自公政権で麻生内閣が設置した「安心社会実現会議」の路線を受け継いでいる。
それまでもさまざまな会議が提言を重ねてきたが、安心会議は与謝野馨・経済財政相(当時)が主導し、野党だった民主党のブレーン的存在の宮本太郎・北大教授をあえて中心メンバーに迎え入れたことで、大きな転換点となった。
そこで打ち出された方針の柱は、▽社会的助け合いを強化するための「公」の新たな担い手を育てる▽雇用を中心に据えて社会保障を全世代型に再構築する▽消費税で財源を確保する▽安心社会実現円卓会議を設置する―というもの。後に、鳩山政権が掲げた「新しい公共」、菅政権が唱えた「一に雇用、二に雇用」などを先取りしていた。
民主党政権に交代した後、宮本教授は改めて「社会保障改革に関する有識者検討会」の座長に就き、安心会議とほぼ同じ内容の報告書を出す・・
民自公3党が政権交代をはさんで合意形成した一体改革を円滑に実施していくためにも、国民会議を早急に設置し、地に足の着いた議論を始めるべきだ・・

宮本太郎・北海道大学教授は、次のように述べておられます。
・・戦後、日本社会は安定した雇用の確保を基軸とし、雇用と連携させて社会保障制度を構築してきた。そのかたちには、もっとプライドを持って良い。国民会議の議論では、改革課題と併せて、これまでの日本の社会保障から継承するべき理念も再確認し、与野党に提示する必要がある。
今の与野党は互いの主張をぶつけ合っているが、政権交代のたびに年金や医療のシステムがひっくり返るのでは、国民はたまらない。国民会議では、政権が交代しても揺らぐことのない土台を固める議論をすべきだ・・

記事には、2000年の小渕内閣での「社会保障構造のあり方について考える有識者会議」から、2011年の菅内閣での「社会保障改革に関する集中検討会議」まで、7つの会議が表に整理されています(麻生内閣での「安心社会実現会議」の記録)。

お任せ民主主義。政治というできの悪い芝居の見物、その2

2012年10月8日   岡本全勝

「國分さんは以前から、行政が政策を実行していく過程に一般の人々も参加できるようにするべきだ、と主張されています」との問に対しては。
・・それは民主主義の制度の問題ですね。民主主義の枠内で私たちにできるのは、数年に一回、選挙に行くことぐらいです。選挙は、市長のような行政の長を選ぶものもありますが、おおむね立法権に関わっています。立法府たる議会に送り込む政治家を選ぶ手続きですから。
しかし、実際に私たちに関わる政治のほとんどは、省庁や市役所といった行政権力が担っている。なのに、それらは単に決められたことを行う執行機関と見なされているから、市民は決定過程に関われない。たとえば役所が「ここに道路を作ります」と言ってきたら、それにあらがうのは本当に大変です。行政権力の決定に公式に関われる筋道がないからです。民主主義というなら、市民が行政権に関われる制度がなければいけない。難しいでしょうが、それを考案していくことが急務です・・

鋭い指摘です。選挙で議員や首長を選ぶことだけが、民主主義の実行ではありません。また、議会に陳情をしたり、デモをすることで、直ちに主張が実現する訳でもありません。
ところで、この議論の延長で、要求が実現しないと「政府が悪い」とラベルをはる人がいます。新聞記事にも、しばしば見られる構図です。これらは、政治家や行政に「後は任した」という、お任せ民主主義の表現でしょう。
「要求と拒否」「賛成と反対」だけでは、別に主体があって、本人は実現過程に参加していません。政府の主人公は国民であることを忘れています。「真に国民の立場に立った政治家の出現を望む」といった主張も、同類でしょう。
そしてしばしば、任せた相手は、役所=官僚や公務員であって、「住民の立場に立たない役所が悪い」「官僚が悪い」という結論になります。これは、まだ官僚が信頼されていることの裏返しともみることができるので、批判されつつも日本の官僚集団は存続します。

他方、公の意思決定に参加することは、時間と労力の負担が必要です。この一例が、被災地でのまちの復旧計画策定です。高台に移転するのか、現在地で復旧するのか、土地区画整理をどのようにするのか。役所に任せず、自分たちで決める話し合いが、続いています。役所に一任して、不満を言っているのは簡単です。しかしそれでは、いつまでたっても結論が出ません。
全国的政策は、その決定過程に参加することはなかなか負担が大きいですが、身近なことなら、容易です。地域のことを自分たちで決める。「地方自治が民主主義の学校」と言われる所以でしょう。
お任せは、お気楽で責任も生じません。評論家の立場を維持できます。他方、参加は、負担が生じ、責任も生じます。
もちろん、全ての公の事項の決定に参加することは不可能です。どの事項を政治家と公務員に委ね、どの事項に参加するか。また、どの段階で参加するか。その割り振りが重要になります。