朝日新聞6月10日、オピニオン欄、三谷太一郎先生の「同盟の歴史に学ぶ」から。
・・冷戦後の世界は、多極化しました。ソ連が崩壊したあと、米国が空白を埋めて、絶対的なリーダーになるかと思われましたが、現実は予想に反しました。G8は、中国やブラジルなどを入れてG20になりましたが、覇権国家が消滅したことに着目すれば、現在の状況はG0(ゼロ)と言ってもよいかもしれません。冷戦後20年を超えた今日でも、安定的な国際秩序は未完の課題です・・
・・歴史上いまほど、理念というものが不足した時代はないでしょう。現在の世界的な傾向であるナショナリズムを超える理念が存在しません。裏返せば、国益に固執した短絡的なリアリズムが世界を支配しています。覇権構造が解体してしまった現実が私たちの眼前にあります・・
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政策を支える知的基盤・政策共同体、2
もう一つは、「戦略文書の機能」についてです(p49)。
・・日本においては以前より、防衛大綱だけでなく、米国の国家安全保障戦略をモデルとした国家安全保障戦略に関する文書を策定すべきであるとの主張が少なくなかった。今回、国家安全保障戦略についての上位文書が初めて策定され、安全保障政策についてのベースが形成された。ただし、文書は単に文書に過ぎない。特に国家安全保障戦略は、防衛大綱や中期防と異なり、具体的な資源配分に結びつく文書ではないため、単なるレトリックに終わってしまう危険性は無視できない。
例えば、経営戦略論と安全保障戦略論の双方を分析した経営コンサルタントのカリフォルニア大学ロサンゼルス校教授リチャード・ルメルトは、その著書『よい戦略、悪い戦略』の中で、米国のブッシュ政権が策定した2002 年の国家安全保障戦略について、単に希望としての目標を並べたウィッシュリストに過ぎず、現実的な目標を達成するための具体的な手段が記述されていないことを指摘し、戦略と呼ぶに値しないと批判している・・
・・第1 期オバマ政権において、NSC の北東アジア担当上級部長を務めたジェフリー・ベーダーは、退任後2012 年に発表した回顧録の中で、NSC、国務省、国防省が定期的にグローバルな戦略を発表してきているが、それらは実際の危機に際して参照されることはほとんどないとし、かつ現実の政策決定は、戦略文書に基づいて行われるのではなく、その場その場の戦術的な決定の蓄積として行われるとして、こうした戦略文書について批判的な考え方を示している。
また、ブッシュ政権においてディック・チェイニー副大統領の安全保障担当副補佐官を務めたアーロン・フリードバーグは、『ワシントン・クォータリー』2007 年冬号に寄稿した論文「米国の戦略立案の強化」の中で、戦略立案(プランニング)プロセスの目的とは、一つの包括的な文書を策定することでも、各種の課題やさまざまな有事に対応する計画群を作成することではなく、行政府の政策決定者に対して適切な判断材料を提供し、戦略的な意思決定を支援することであると指摘している。
彼は、ドワイト・アイゼンハワー大統領が「計画(プラン)は無駄だが、計画立案(プランニング)は不可欠である」と述べたことを引用しながら、何らかの文書を作成することそれ自体よりも、計画立案プロセスを通じて、重要な政策決定に関わる関係者たちに、どのような意思決定を行う必要があるのか、その際にどのような要素を考慮する必要があるのかといったことを広く認識させていくことの方がはるかに重要であると論じているのである・・
戦略文書を作ることは、一つのアウトプット(結果)です。しかし、ある目的を達成する過程としてみるなら、それはインプット(入力)でしかありません。アウトカム(成果)は何なのか。それを問う必要があります。公務員が陥りやすい失敗は、ここにあります。
政策を支える知的基盤・政策共同体
防衛省の防衛研究所が、『東アジア戦略概観 2014』を公表しています。この分野は私の専門ではないので、内容については、本文を読んで頂くとして、今回紹介するのは、「知的基盤」と「戦略文書の機能」についてです。
まず、知的基盤について、国家安全保障会議の設置を評価した上で、次のように述べています(p43)。
・・国家安全保障会議および国家安全保障局はあくまで、日本の安全保障政策を質的に「進化」させていく上での前提となる組織であり、それによって日本の安全保障政策における戦略性が自動的に高まっていくわけではない・・
・・現在進められている安全保障政策における改革が実現した後で必要になるのは、これまでのように「進化」の「入口」としての組織や法制の在り方を議論することではなく、日本の安全保障と地域の安定を達成する上で必要な政策課題そのものを深く議論し、使用可能な政策手段を組み合わせていくことである。そのためにこそ、国家安全保障戦略、2013 年防衛大綱および2013 年中期防のいずれにおいても強調されている知的基盤の充実が重要となる。しかしながら、日本の知的基盤を支えるシンクタンクや人材の層は、英米豪に比べて脆弱である。まさにこの分野における努力こそが、今後の日本の安全保障政策において、これまでよりもはるかに重要な意味を持つことになろう・・
私は、ここで述べられている知的基盤を、「政策共同体」と呼んでいます(例えば、2005年9月11日)。その政策分野の専門家、すなわち官僚、学者、研究者、マスコミが意見を交換し、ある程度の共通認識を持つ「場」です。簡単な指標は、専門誌と学界があり、マスコミに解説が書ける記者と研究者がいることでしょうか(政策専門誌について例えば、2010年4月12日)。大学に講座があり、シンクタンクがあれば、より安定的、本格的です。
地方行財政にはあるのですが、霞ヶ関の各分野には、必ずしもそろっていないようです。現場と研究者、そしてそれを広報・解説する者がいなければ、政策は現実性を失い、他方で先見性を失います。現場と研究者の交流と、国民への周知が必要なのです。
少し話題は広がりますが、イギリスBBCがいくつもの言語でニュースを流しています。では、日本でそれができるか。そのためには、それを支える、現地の事情や言語に通じた関係者が必要です。そしてその人たちが「食べていける」だけの、条件が必要なのです(2006年欧州随行記3)。
新しい社会のリスク、認知症の行方不明者
認知症の高齢者が行方不明になったり、遠くで保護される例が報道されています。今日の読売新聞夕刊によると、警察が把握した認知症の行方不明者は、昨年1年間で1万3千人だそうです。1週間以内に見つかった人は、約1万人。1~2年後に発見されたのは11人、2年過ぎて見つかった人も32人いました。発見時に生きていた人は9千5百人で、約400人は死亡していました。前年分も含めると、所在のわからない人は258人だそうです。これは警察が把握している数ですから、実際にはもっと多いのでしょう。
私は、2003年に『新地方自治入門-行政の現在と未来』を書いたときに、地域の新しい問題群、住民の悩みとして、児童虐待や自殺者、ホームレスなどを上げました(第6章)。その後、自殺者は少し減りました。児童虐待は、さらに大きな問題になっています。そして、認知症の増加と行方不明やいじめが、次の大きな課題となっています。
公務員も安心しておられない、2
昨日の「公務員も安心しておられない」を読んだ方(複数)からの反応。
「ここには、40歳代が対象と書いてあります。私は50歳代ですが、もう遅いのでしょうか」
「公務員は職務専念義務があるので、現役の間は再就職先を探してはいけない、と聞いたことがあります。また、副業も禁止されています。第2の人生を、いつ設計したら良いのでしょうか」