カテゴリーアーカイブ:行政

ドイツ、コール元首相逝去

2017年6月18日   岡本全勝

コール元首相が亡くなりました。報道にあるように、ドイツ統一を成し遂げた名声は、永遠に残るでしょう。
かつて、このページ(2010年9月29日)でも書きましたが、東西冷戦は半永久的に続くと考えていた私にとっては、本当に驚きでした。
専門家であった高橋進先生が、『歴史としてのドイツ統一』(1999年、岩波書店)の中で、同じようなことを書いておられます。
・・戦後のドイツ外交を研究してきた者として、ドイツの統一は、私が生きている間はありえないというのが、染みついた公理であり、1989年11月9日のベルリンの壁の開放をみても、統一はまだ遠いという思いを拭い去ることはできなかった・・

大国ドイツが再び生まれることを恐れた、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長、ミッテラン・フランス大統領を説得し、東西ドイツ統一を成し遂げました。その際の一つの説得材料が、EUと統一通貨ユーロです。これらには、ドイツが単独行動しない「保障措置」としての役割もあるのです。
政治家が歴史を変える例だと思います。もちろん、きっかけは民衆によるベルリンの壁破壊です。しかし、そのチャンスにどのように統一を進めるか。無策では進まなかったでしょう。そこに、政治家の構想と実行力が試されます。世論と世界をどのように説得するか。バラ色のことばかりではありません。内政にあっても、遅れていた旧東ドイツ地域にてこ入れすることに多額の経費をかけました。また、旧国民間の「差別意識」の克服も大きな課題でした。

東西の壁崩壊から28年、ドイツ統一から27年。若い人は、あの頃の熱気と驚きを知らないのですね。
私が「見たもの」の中で、あり得ないこと(と思っていた)の第一はこの冷戦の終結とドイツ統一で、国内では東日本大震災でしょう。前者は人の世界、後者は自然ですが。

認知症が国の対策になった

2017年6月13日   岡本全勝

朝日新聞6月8日オピニオン欄「認知症、家族と社会と」から。
「もしこの人がいなかったら、認知症に対する社会の関心はもっと低かったのではないか。公益社団法人「認知症の人と家族の会」代表理事・高見国生さん(73)。認知症対策が皆無だった1980年に、会は京都で生まれた」

高見さんのインタビューから。
・・・会を結成したころ私は母を介護していて、介護で苦しんでいる家族で励まし合おうとしたんですが、もっと政治の光が当てられないかと最初から言うてました。2年後に最初の要望書をまとめて厚生省に持っていった時は、担当課も決まってなかった。けども認知症問題が出てきそうやという気配はあった。時代に合うたんですよ。厚生省が大蔵省へ予算要望する時の資料に、その要望書を入れたと言うてましたからね。
そのころは役場に相談に行っても、認知症は対象外やと言われた。要望書では患者への定期的な訪問、援助のほか、通所サービスや短期入所をさせてくれと言うたんです。今のホームヘルパー、デイサービス、ショートステイですわ。「在宅福祉の3本柱」として厚生省が政策にしたんは89年のゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10カ年戦略)でしたな・・・

「介護保険で家族の状況は変わりました」という問いに。
・・・そりゃ雲泥の差です。会員にアンケートを取ると、デイサービスやショートステイに行ってくれることで「自分の時間ができた」とか「外出できるようになった」という回答が増えた。ただ変わらないのは、気持ちのしんどさ。認知症の人の介護は毎日が新しい出来事の連続で、気が休まらない・・・

元厚生労働省老健局長・中村秀一さんの発言。
・・・旧厚生省が本格的に認知症に取り組んだのは、1986年の「痴呆性老人対策推進本部」からです。それまで老人福祉では、寝たきり対策と施設整備が主な課題で、認知症は遅れていました。私は本部の事務局にいましたが、患者さんの数も不明という状況・・・概して患者さんの声は予算を獲得するバックアップになります。財務省も当事者の要望は預かる。もっとも、本格的な高齢社会を迎えるにあたり、老人福祉は予算が付きやすかった。89年からゴールドプランの作成にかかわり、90年に老人福祉課長になったのですが、他分野を担当する役人仲間からひがまれたこともあります・・・

・・・介護保険の給付は初年度の3・6兆円から、現在は約10兆円となりました。医療は約40兆円。介護も医療も、限りのある公的財源をどう配分するかというシステムです。人為的に公定価格を付けるからこそ、公開の場で関係者が納得するまで議論する必要がある・・・
原文をお読みください。

引きこもりの長期化、高齢化

2017年6月10日   岡本全勝

6月3日の朝日新聞オピニオン欄「長引く引きこもり」、山本耕平・立命館大学教授の発言から。
・・・山梨県では、民生委員や児童委員に聞き取りしたところ、ひきこもりの人の6割が40代以上でした。KHJ全国ひきこもり家族会連合会の調査では、平均年齢は2004年の27・6歳から、今年は33・5歳に上がりました。ひきこもっている期間は平均で7・5年から10・8年に延び、いずれも過去最高、最長になっています。
現在40歳前後の人は、およそ20年前に就職するときが就職氷河期と重なりました。非正規雇用を続け、キャリアを積めないことでひきこもる人もいます。
不登校が長引き、自室に閉じこもってゲームばかりする若者のイメージが強いかもしれませんが、こうした調査からは、長期化、高齢化の実態が見えてきます・・・

・・・一度社会に出て働いてからひきこもる中高年齢層への支援は、若年層に比べて手薄です。長期化、高齢化を招いている大きな要因の一つだと考えています。
要因は実に様々で、ひきこもるのを防ぐ、あるいは抜け出す単一の妙手はありません。発達障害や精神障害、中年以降に多いとされる内臓疾患など、直接的な原因が明らかな人は、医療面から解決につながる可能性が高まります。一方、自己責任論が蔓延(まんえん)する世の中で、自身の存在感を否定され、生きる価値を見失ってひきこもる人がはるかに多い。解決に時間がかかりますが、居場所づくり、一般企業とは違う代替的な働く場の提供など、いろいろな対策を総合的に組み合わせる必要があります。
行政はおしなべて「窓口に相談してくれたら、支援します」という姿勢です。外出できずひきこもらざるを得ないのに、ハードルが高くないですか。支援策が「現実社会への適応」に偏っているのも問題です。例えば相手の目を見て話す訓練があります。「同僚と会話が続かない人」向けの就労支援の一つですが、「自分には生きる価値がない」と感じている人に、根本原因を取り除かずに技能訓練だけを行っても、効果は薄い・・・
原文をお読みください。

行政の裁量と行政への監視

2017年6月10日   岡本全勝

日経新聞6月9日の夕刊「森友・加計 裁量の霧の中 行政監視や記録保存あいまい」から。
・・・2つの問題でまず指摘されるのは「日本の行政は裁量が大きい」という点だ。比較行政法が専門の南山大の榊原秀訓教授は「日本は英国に比べ、国会や司法のチェックが弱いので結果として行政裁量が広い」と話す。日本と同じ議院内閣制の英国と比べよう。
英国で行政の不祥事や疑惑が発生するとどうするか。通常はまず政府自身が第三者機関をつくって調査する。法律で調査委員会の組織、手続きや報告書提出などが定められている。退職した裁判官や弁護士らを委員長に据え、数カ月かけて調査する慣例だ・・・

・・・議会の行政監視も力の入れ方が違う。英国では法案審議を主に手掛ける「一般委員会」と別に「省別特別委員会」がある。こちらは各省の特定の問題で関係者を招致して聞き取り調査し、報告書も刊行する。予算や法案の審議をする委員会の中で並行して行政の疑惑も追及する日本より、集中的に取り組める。
司法も行政チェックを後押しする。日本では国を相手取って提訴するのはほぼ利害関係者だ。原告は、許認可を取り消された業者や、行政の過失で健康被害を受けた住民ら。ところが英国では直接利害関係になくても、公益性が高い案件は国民が提訴できる。
英最高裁は1月に「欧州連合(EU)への離脱通知には議会承認が必要」と判決を出した。この時の原告の提訴理由は不利益の被害を受けたからではなく、あくまでも「公益性」だった・・・

小西砂千夫著『日本地方財政史』

2017年5月27日   岡本全勝

小西砂千夫先生が、『日本地方財政史』(2017年、有斐閣)を出版されました。副題に「制度の背景と文脈をとらえる」とあります。
目次を見ていただくと、財政調整制度、国庫支出金、地方債などの主要項目の他、災害財政、財務会計なども含まれています。
そして、それらの各論をはさんで、「序章 統治の論理として」「第1章 制度の歴史的展開」「第12章 内務省解体」「終章 制度運営のパワー・ゲーム」という興味深い章があります。

「あとがき」p407に、次のような記述があります。
・・・編集者のお勧めに従って、書名を『日本地方財政史』としたが、本書は、いわゆる歴史の研究書ではない。歴史研究のアプローチならば、多面的にその時々の出来事を捉え、事実を再構成しなければならない。本書の内容は、そういった歴史的検証を加えたものではなく、「自治官僚による地方財政制度における内在的論理」、言い換えれば、地方財政における統治の論理を書き起こしたものである・・・

これは、なかなか書けるものではありません。これまで深く地方財政制度を研究してこられた先生でなければ、書けない本です。
各論の変遷をおさえつつ、なぜその時期にそのような制度ができたか。そして、先生も述べておられるように、理想だけでは実現せず、現実(実務、政治的力関係など)との妥協によってできたことなどを、考察する必要があります。その大きな流れを、「統治の理論」という言葉で象徴しておられます。
各論だけでなく、それらを通した視点・総論が重要なのです。今後、地方財政制度を議論する際には、必須の文献でしょう。

本来なら、地方財政制度を設計してきた関係者(自治官僚)が、書くべき本かもしれません。私も『地方交付税―仕組みと機能』や『地方財政改革論議』「近年の地方交付税の変化」(月刊『地方財政』2004年1月号)を書いていた頃は、それを意識していたのですが。小西先生と対談もしていました。その後、地方財政を離れ、官房や内閣の仕事に移ったので、できなくなりました。
小西先生、ありがとうございます。