カテゴリーアーカイブ:行政

霞が関の働き方改革

2018年5月27日   岡本全勝

5月25日の日経新聞夕刊「政界Zoom」は、「霞が関も働き方改革」でした。しばらく前に、記者さんと雑談していた際に、「日本の3大ブラック職場は、過労死が出た電通のほか、霞が関、新聞記者だ」という、笑えない冗談が出ました。それほど、霞が関と記者の長時間労働、夜間労働は有名です。記事は、最近の変化について書いています。お読みください。

私も、近年の変化を感じています。
私の駆け出しの頃は、時期によっては職場に泊まり込むことも仕方ない(当然だ)という意識の職員もいました。はい、私もそうでした(参照、日経新聞夕刊コラム3月1日「仕事人間の反省」)。自分の経験に懲りて、課長になってからは、極力職員早く帰宅させるように心がけましたが。時期によっては、そうもいきませんでした。
また、かつては年休を取ることは、後ろめたかったですが。今は産休・育休を含めて、休みを取ることを、上司が推奨しています。職員の意識も、職場の慣行も、大きく変わってきました。普通の職場になりつつある、ということです。
上司の考え方、仕事の仕方(指示の出し方)によって、まだまだ残業は減らせると思います。拙著『明るい公務員講座 仕事の達人編』を参考にしてください。もっとも、国会待機などは、職場での工夫には限界がありますが。

ところで、記事にも書かれていますが、国家公務員には労働基準法が適用されず、今回の働き方改革法案からも除外されているようです。かつては、国家公務員は民間労働者とは違う「身分」という意識があったのでしょう。今やそれは、過去のものとなりつつあります。
機能ごとに、民間労働者と違う規制をすべきかどうか。それを見直して、法令による規制を行うべきでしょう。政治的行為の禁止、倫理法は公務員だけに適用されても、労働時間を民間労働者と別扱いする理由はないと思います。

中国と世界、関与政策の限界

2018年5月27日   岡本全勝

5月24日の日経新聞経済教室、阿南友亮・東北大学教授の「中国共産党政権と日本 西側の関与政策 限界露呈」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・いまようやく中国との経済関係に付随するリスクについて日米欧の政府当局者の間で一定の共通認識が生まれつつある。日米欧が20年以上維持してきた中国に対する「関与(engagement)」政策の妥当性を巡る議論も浮上している。

関与政策とは端的にいえば、米国を中心とする既存の世界経済システムに中国を組み入れ、中国に利益と安心を供与することで、中国との調和を図ることを狙う政策だ。1990年代前半にクリントン政権が打ち出して以降、米国ならびに日欧の対中政策の基本指針となってきた。
関与政策は、中国の経済発展に伴う中間層の拡大で政治の民主化を要求する機運が高まり、経済のグローバル化とともに、中国の政治体制改革を促すという未来予測を根拠としてきた。また同政策の支持者は、中国の政治体制の変化に伴い中国と日米欧の間に残る相互不信や緊張が緩和され、アジア・太平洋地域の安全保障環境が安定化に向かうという期待を持っていた。
そうした予測や見通しに基づき、日米欧は中国に対する経済支援と投資を積極的に進めてきた・・・

・・・だが現在、日米欧の眼前には当初の期待とは著しく異なる光景が広がっている。中国では様々な構造改革の試みもむなしく「権力と資本の癒着」に歯止めがかかっていない。すなわち中国共産党の高級幹部および党とコネでつながる集団が経済・産業の主要部分を独占的に支配し、富を特権的に囲い込んでいる・・・
・・・共産党は本来であれば、構造改革による格差是正に力を入れるべきだったが、そうした改革は特権集団の既得権益に抵触した。このため90年代以降、党内で優位に立った既得権益派は、一連の改革を骨抜きにしつつ排外的なナショナリズムを率先してあおり、それを通じて国内の不満を国外、特に日米に転嫁する政策に力を入れるようになった。
またそれと並行して、共産党直属の軍隊である人民解放軍に大々的に資金を投入するようになった・・・

・・・中国の大規模な軍拡は、中国国内の不満分子が日米欧と連携して共産党を窮地に陥らせるのではないかという根深い危機感と疑念に裏付けられている。それは危機感の起源となった89年の天安門事件以降約30年間維持されてきた。
共産党のプロパガンダにより90年代以降、国内に広く浸透した排外的色合いの濃い世界観は、中国でのネット世論の基調を成し、次第に中国外交を束縛するようになった。それにより中国政府が領土・海洋権益・安全保障などを巡り周辺諸国に譲歩することが困難になると、共産党は増強された解放軍を用いた威嚇や経済制裁を多用するようになった。これがアジア・太平洋地域の緊張増大を招いた。
結果的にいえば、米国主導の対中関与政策に基づく日米欧の巨額の対中支援・投資は中国の経済発展を後押ししたが、それにより中国との関係が安定化する展開にはならなかった。日米に関しては中国との経済的相互依存関係の発展と同時に、中国との軍事的緊張も増大の一途をたどるというジレンマが顕在化した・・・
・・・3月1日付英誌エコノミストは「中国が早晩民主化・市場経済化するという西側の25年来の賭けは外れた」と評価。現在の関与政策の立ち位置を的確に反映した指摘だろう・・・

官僚の行動原理?

2018年5月27日   岡本全勝

5月19日の朝日新聞オピニオン欄、豊永郁子さんが、「忖度を生むリーダー」に、ハンナ・アーレントの有名な著作「エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」から、ナチスのユダヤ人大量殺戮がどのように実行されたか、官僚はどのように行動するかについて書いておられます。官僚のみならず、組織人に共通することででしょう。しかし、公権力の行使をする官僚には、会社員とは違った倫理が求められます。

・・・アイヒマン裁判でも、アイヒマンにヒトラーからの命令があったかどうかが大きな争点となった。アイヒマンがヒトラーの意志を法とみなし、これを粛々と、ときに喜々として遂行していたことは確かだ。しかし大量虐殺について、ヒトラーの直接または間接の命令を受けていたのか、それが抗(あらが)えない命令だったのかなどは、どうもはっきりしない。
ナチスの高官や指揮官たちは、ニュルンベルク裁判でそうであったが、大量虐殺に関するヒトラーの命令の有無についてはそろって言葉を濁す。絶滅収容所での空前絶後の蛮行も、各地に展開した殺戮部隊による虐殺も、彼らのヒトラーの意志に対する忖度が起こしたということなのだろうか。命令ではなく忖度が残虐行為の起源だったのだろうか。
さて、他人の考えを推察してこれを実行する「忖度」による行為は、一見、忠誠心などを背景にした無私の行為と見える。しかしそうでないことは、ヒトラーへの絶対的忠誠の行動に、様々な個人的な思惑や欲望を潜ませたナチスの人々の例を見ればよくわかる。

冒頭で紹介したアーレントの著書は、副題が示唆するように、ユダヤ人虐殺が、関与した諸個人のいかにくだらない、ありふれた動機を推進力に展開したかを描き出す。出世欲、金銭欲、競争心、嫉妬、見栄(みえ)、ちょっとした意地の悪さ、復讐心、各種の(ときに変質的な)欲望。「ヒトラーの意志」は、そうした人間的な諸動機の隠れ蓑となった。私欲のない謹厳な官吏を自任したアイヒマンも、昇進への強い執着を持ち、役得を大いに楽しんだという。
つまり、他人の意志を推察してこれを遂行する、そこに働くのは他人の意志だけではないということだ。忖度による行動には、忖度する側の利己的な思惑――小さな悪――がこっそり忍び込む。ナチスの関係者たちは残虐行為への関与について「ヒトラーの意志」を理由にするが、それは彼らの動機の全てではなかった。様々な小さなありふれた悪が「ヒトラーの意志」を隠れ蓑に働き、そうした小さな悪が積み上がり、巨大な悪のシステムが現実化した。それは忖度する側にも忖度される側にも全容の見えないシステムだったろう・・・

予算執行を急ぐと・・・?

2018年5月26日   岡本全勝

5月18日の日経新聞「司令塔不在の科技政策」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・内閣府の大型研究開発プロジェクトである戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で、一部の候補者に事業の詳細を説明して応募を促していたことが判明した。プロジェクトを指揮する「プログラムディレクター」は公募が大前提で、選考の透明性や妥当性から疑問が投げかけられた。5年間に約1500億円規模の予算を投じる大型プロジェクトは、どんな問題を抱えているのか。
SIPは政府の総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍晋三首相)が主導して、2014年度に始まった。従来の省庁の縦割りによるテーマ選定をやめ、横断的な研究を推進することを目標に掲げた。産学官連携で基礎から実用化までつなげて産業競争力を高め、新たな市場や雇用を生むのが狙いだ。リスクは大きいが、成果が出れば社会や経済に大きな影響をもたらすテーマが対象になる。
今回問題になったのは、18年度から始まるSIPの2期事業だ。内閣府は12の研究課題についてディレクターを公募し、4月13日に11課題の内定者11人を発表した。このうち、10人は内閣府の依頼で関係する省庁が候補に挙げた研究者だった・・・

・・・2期は当初、19年度の開始を予定していたが、17年末に補正予算がつき、1年の前倒しが決まった。内閣府は3月にホームページで公募を開始し、短期間で選ばざるを得なかった。ディレクターは非常勤の国家公務員になるため、公募が通常の手続き。結果的に公募なのに、推薦で候補者を募っていることを周知せずに選考を進めてしまった・・・

・・・こうした施策で、科技イノベーション会議の司令塔機能が高まることが期待された。だが事務局の多くは各省庁や企業からの出向者で、必ずしも科学技術政策に詳しいわけではない。有識者議員の多くは非常勤だ。世界の研究動向も十分に把握できていない。
内閣府の大型プロジェクトは他にもあるが、ほとんどが当初の狙い通りの成果を出せていない。問題を抱えた体制を見直さずに推し進めても、成果は期待できない・・・

吉田裕著『日本軍兵士』

2018年5月20日   岡本全勝

吉田裕著『日本軍兵士』(2018年、中公新書)が勉強になります。太平洋戦争において、日本軍の兵士がいかに劣悪・過酷な状況にあったかが、数字と証言とで明らかにされています。

戦争を書いたものには、いくつかの分野があります。戦争の推移。戦闘の記録。軍の指導者による戦記もの。戦艦や戦闘機の闘いの記録。戦略や戦闘の成功と失敗。これらの「戦記」でなく、兵士や国民の状況を明らかにした、社会史的なものが増えています。
前者は指導者層から見たものが多く、軍事作戦が主な対象となります。そしてしばしば、負け戦については詳しくは書かれません。その点、戸部良一ほか著『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(1984年。1991年、中公文庫に再録)は、日本軍の失敗を分析した名著です。
後者にあっては、沖縄戦、本土での大空襲、原爆被害などが、非戦闘員である国民の悲劇を明らかにしています。戦争では、政治指導者や軍人は功績を求め、兵士や国民は過酷な状況に追い込まれます。政治や軍事的観点から見ていると、戦争の本質を見失います。

それらに対し、この本は、勇ましいかけ声の下で、十分な食料も与えられず、医療や衣服なども不十分なままで死んでいく兵士の実態を、明らかにしています。栄養失調や伝染病だけでなく、精神を病む兵士が続出します。また、足手まといになる傷病兵を、自殺に追い込んだり殺害します。

客観的事実に基づかない精神主義、無謀な突撃、長期戦を想定していない戦略、食糧を補給せず「現地徴発」という名の略奪・・・。これらの戦争指導の下で、多くの兵士がそして一般民が、犠牲になるのです。
読んでいて、気分が暗くなります。戦争映画や漫画が、いかに一面的に描いているか。勝者の立場から見ていると、敗者や被害者の立場を忘れてしまうことがよくわかります。もちろん、映画や漫画は娯楽であり、楽しくなるように描くのでしょうが。そのようなものだけを見ていると、戦争の実態を見失います。

新書版という軽い形の書物ですが、内容はとても重いです。戦争を学ぶ際の、入門書の一つだと思います。