カテゴリー別アーカイブ: 政治の役割

行政-政治の役割

権力を預かる畏れ

あるところで、公私混同について聞かれました。発端は、岸田首相の長男で首相秘書官が、昨年末に首相公邸で親族らと忘年会を開いていたことが今年5月に発覚したことです。その後、首相秘書官を辞任しました。
首相公邸には、首相家族が暮らす私的な場所と、公務に使う公的な場所(会議室など)があります。私的な場所は公務員宿舎と同じですから、非常識な使い方以外は自由です。他方で公的場所は官邸の延長ですから、使用目的は限られ、使うには手続きも必要です。
今回の事件も、公的な場所を使って私的な忘年会をしていた、ふざけた写真を撮っていたことが問題になったのでしょう。首相が公的な忘年会をされたのなら、問題はなかったでしょう。

権力を預かる人たちには、庶民より厳しい倫理観が要求されます。国民から疑惑を持たれないことです。国民の信頼がなければ、何を説いても信用されません。
そのような目で見ると、より問題の大きな事案もあり得ます。持っている権力を、公正・公平に行使しないことです。
例えば、補助金のか所付けや許認可です。客観的基準に基づいて優先順位の高い場所から補助金をつける、申請を採択するべきですが、それを無視して特定の人の申請を優先する場合です。
もう一つは、人事です。候補者の能力や適性を無視して、気に入った人を優先し、気に入らない人を遠ざける場合です。

政策の策定は公の場で議論されるので、よほどのことがない限り、私的な好き嫌いは入る余地がありません。しかし、政策の執行や人事権の行使では、すべてが公開されているわけではないので、私的な意向が入る余地があるのです。
そのような誘惑に惑わされないことが、権力を持つ人やその周囲にいる人には要請されます。一言で言うと「権力を預かる畏れ」でしょう。
さらに、権力を持つ人は、その一言が周囲に大きな影響を与えます。本人はそのつもりはなくても、周囲が忖度するのです。綸言汗の如し。

最低賃金千円に思う

7月28日に中央最低賃金審議会が最低賃金の平均を時給千円に決めたことが報道されています。例えば、29日の朝日新聞「最低賃金、1002円に引き上げ
・・・中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)は28日、最低賃金(時給)を全国加重平均で41円(4・3%)引き上げて1002円とする目安をまとめた。過去最大の引き上げ額となり、政府目標でもある1千円を超えた。物価が高騰するなか、実質的な賃金水準を維持するため、物価上昇率を上回る引き上げが必要だと判断した・・・

この報道の問題点を、いくつか指摘しておきます。
1「過去最大の引き上げ額」と書かれ、いかにも高くなったように思えますが、先進国では最低水準です。欧米では多くの国が日本の倍近いです。それを指摘してほしいです。

2 また、この金額は審議会が決めたもので、政府が決めたものではありません。そして、この後、各県の審議会が、県ごとに数字を決めます。政治が責任を持っていないのです。仕事に就けない人の生活保障が「生活保護基準」とすれば、働く人の生活保障が「最低賃金」でしょう。審議会に丸投げせずに、内閣が金額と方向を決めるべきです。
このような重要なことを審議会で決めるのは、政治主導への転換の忘れ物です。審議会の決定では、国会での審議もできません。

3「中小企業が困る」との意見があります。それはもっともですが、賃金の引き上げは、価格に転嫁すべきです。「売り上げに響く」との意見もあります。これも一部には正しいでしょう。しかし、コンビニやファストフード店は、どの店舗も同じように人件費が上がります。競争条件は同じです。そして、そのような店で働いている従業員の賃金が上がり、消費が増えるのです。赤福餅も紅葉饅頭も、同じでしょう。国内の賃金が同じように上がるのですから。
経営者の「値上げするしかない」という声を、困ったことのように伝える記事もあります。(給料が同じなら)物価は上がらない方が良いのでしょうが、物の値段が上がらず、給料が上がらないことが、この30年間の経済停滞を招いた、あるいはその結果だったのです。そして世界に取り残されました。物の値段が上がらないことは、必ずしも生活者の味方ではありません。

4 問題は、海外との競争する製造業です。しかしすでに、日本の賃金はアジアでも高くありません。この欄で時々取り上げるビッグマック指数で、ソウルやバンコクに負けているのです。低賃金で海外との競争で負けるようでは、申し訳ありませんが将来性はありません。「賃金を上げると、安いアジアに負ける」という言説は、過去のものです。

5 急に最低賃金が上がると、企業も困るでしょう。そこで、中長期の見通しも示すべきです。
政府が行うべきは、「今後毎年2%ずつ最低賃金を上げる」という方針を示すことであり(これでも先進各国に追いつくには時間がかかります)、各年度の金額も審議会に投げずに内閣で決めることです。そして、それに耐えられない中小企業に対する支援策です。

事務局の発表資料で記事を書いていては、物事の本質や位置づけは見えませんよ。

安倍首相、明確な国家像と不明瞭な社会像

7月8日の読売新聞解説欄「安倍氏銃撃1年 背景と教訓」、待鳥聡史・京大教授の発言から。

・・・安倍元首相は、外交・安全保障面で歴史的な足跡を残したと言える。
第2次安倍政権が発足した2012年12月以降、先進7か国(G7)など世界の主要国で、政治的に不安定になるケースが多くみられた。米国でもトランプ大統領(当時)が自国第一主義を掲げ、国際協調を軽視する方向に動いた。近年の米中対立やロシアによるウクライナ侵略などを踏まえても、安倍氏が一貫して自由主義に基づく国際秩序の重要性を世界に発信し続けた意義は大きかった。
15年に安全保障関連法を成立させたことも評価できる。集団的自衛権の限定行使が可能となり、日米同盟の強化につながった。日本は安保政策で国内の論理に引きずられて「一国主義的」な立場をとってきたが、国際的な常識と隔たりのある状況を解消することができた。

一方で、踏み込み不足が目立つ政策もあった。国政選挙のたびに「1億総活躍」や「全世代型社会保障」といったスローガンを打ち出した。ただ、小泉政権の「痛みを伴う構造改革」のような強いメッセージ性もなく、任期中に抜本的な改革は実現しなかった。
選挙を勝ち抜くために目新しさを重視した側面もあるのだろう。安倍氏は明確な「国家像」はあったが、結果として、日本の社会の中で個人がどういうふうにしたら幸せに暮らせるかといった「社会像」が不明瞭だった・・・

政治の行政化、官僚組織の劣化

7月8日の朝日新聞オピニオン欄、御厨貴先生の「安倍元首相銃撃1年」(デジタル版)から。

安倍晋三元首相が銃撃された事件から8日で1年。自民党の最大派閥を率いる政治家が突然の暴力によって命を絶たれた後、日本の政治はどう動いてきたのか。安倍元首相の不在がもたらしたものとは何なのか。政治家らの口述記録を歴史研究に生かす「オーラルヒストリー」の第一人者で、政治学者の御厨貴さんに聞いた。

――安倍元首相が暴力によって命を絶たれて1年になります。
「あの瞬間、日本の政治が大きく変わる激動の1年を迎えるのではないかと予測しました。しかし、そうはなりませんでした。自民党最大派閥のトップでもあった政治家が突然亡くなったのですから、ある意味、首相を含めてどの政治家がいなくなるよりも衝撃が大きく、権力の中枢に穴が開いたようなものです。日本の政治が混沌とするんじゃないかと当初は思いました」
「しかし、自民党の安倍派の後継争いが激化して分裂したり、政治権力をめぐる激しい闘争が起こったりすることもありませんでした。確かに安倍氏という存在はいなくなったけれど、そのまま政治は凍結されているようです。岸田文雄首相のもとで政治が奇妙に『行政化』され、躍動感が失われた結果だといえるでしょう」

――政治の「行政化」ですか?
「良きにつけ、あしきにつけ、安倍氏の政治は、彼なりのイデオロギーや思い入れに深く彩られていました。その根っこにあったのは、戦後体制を否定することでした。首相退任後も政治に影響力を保っていました。それに対して岸田氏は状況追従型でやらなければならないことをただ進めているようです。そこには情熱も深い思い入れも見えません。これは理想を掲げる本来の意味での政治ではなく、行政のやり方です。岸田氏自身がどこまで意識しているのかは分かりませんが、政治的な動機をむき出しにせず、まるで大きな政治課題ではなく小さなことをやっているような形で、あまり力を込めずに説明を繰り返します。安倍氏も菅義偉前首相も、思いがあるだけに、つい力を込めて言い募ってしまうんですが、岸田首相にはそれがありません。淡々と説明して打ち切りますね。秀才タイプなのかもしれません」

――どのような問題にもっと光を当てるべきだったと。
「いま政治に求められているのは、安倍氏が進めてきた分断の政治の帰結があらわれていることを直視して、抜本的な対策を示すことです。安倍氏の政治手法は敵と味方をはっきりさせて、対決姿勢を鮮明に打ち出す政治でした。対立と分断をどうすれば緩和できるのかが、問われています」

――対立と分断の問題ですか。
「右肩上がりの時代は終わり、世界の中で日本の立場はとても難しくなっています。実は90年代からもう経済の成長は難しいということが分かっていました。それなのにずっと問題は先送りされています。ちょうどその時代に、私たちは政治改革に随分時間とエネルギーを費やしましたが、そのころから日本経済は縮小し、埋没を続けています。明治以来の日本は国家として大きくなること、発展をすることを主眼にさまざまな政策を進めてきましたが、このように小さくなることへの対応はしたことがありません」
「成長しているときは様々な問題を成長と分配が解決してくれますが、知恵を絞らなければならないのは縮小するときです。本来、こうした問題に官僚や民間、学者などの知恵を集めて大きな政策の絵を描くのが、岸田首相が誇りとする池田勇人氏が創設した自民党の宏池会の得意技だったはずです。ところが本領を発揮すべきだった時期に、この派閥は加藤紘一氏による『加藤の乱』をきっかけに分裂し、低迷していました。この責任は非常に大きいと思います。その意味では今回の事件以降、久しぶりに宏池会が復活したのです。安倍、菅政権で痛めつけられた官僚たちは、やっと自分たちのルールが通用する政権になって安心しているでしょう」

――官僚制度はどうでしょう。
「明治以来、この国を支え、55年からは自民党と政策を担ってきた霞が関の官僚組織も根っこから劣化していると思います。国土事務次官などを歴任した下河辺淳氏にもよく聞きましたが、例えば日本の国土計画については『全総』と呼ばれた全国総合開発計画を60年代からほぼ10年ごとに策定し、大きな絵を描いていました。旧通産省も世界で競争できる産業や中小企業政策などの大きなプランを、有識者や族議員と呼ばれた政治家の力などを総動員して練り上げていました。しかし今世紀に入ってからそうした霞が関の機能は見えなくなっています。いまは護送船団方式を組めず、業界への行政指導もできなくなっていますし、時代が変わっているのは事実でしょう。かつてと違って大学生が官僚になることを希望しなくなっているのも明白です。官僚組織もこのままでは危うい状況です」

性的多様性法、委員会審議2時間

6月21日の朝日新聞夕刊「取材考記」、松山紫乃記者の「法案審議 熟議せず成立、国会の役割とは」から。

・・・通常国会の最終盤を迎えるなか、マイノリティーの人権、尊厳の擁護を目的とする法整備の動きも進んでいた。性的少数者に対する理解を広めるための「LGBT理解増進法」だ。各党の主張が異なり、与党案のほか立憲民主・共産・社民党案、日本維新の会・国民民主党案の3案があった。

国会を取材するなかで、自民党中堅議員の言葉が印象的だった。「野党の意見にも向き合い、修正協議にも応じる。国会は政局ではなく、充実した審議をもっと行うべきだ」。実際、難民認定の申請中でも外国人の送還を可能にする入管難民法の改正をめぐり、与野党の実務者が修正合意を模索した。最終的にまとまらなかったが、そのプロセスからは真摯に法案審議に臨んでいるように見えた。

LGBT法は違った。各党とも自分たちの支持者を意識した言動ばかりが目立ち、法案審議は先延ばしし続けた。修正協議の指示が首相から出たのは、衆院内閣委員会の審議入り前日の8日。維新などの案を与党が丸のみする形で協議を終えた。内閣委の審議は、わずか約2時間。その日のうちに採決され、1週間後の16日には成立した・・・

正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律