カテゴリーアーカイブ:政治の役割

首相を目指すには志と参謀が必要

2024年8月25日   岡本全勝

8月20日の朝日新聞オピニオン欄「去る首相、逆風の自民は」、久米晃・元自民党事務局長の「志も参謀も欠き、不信拭えるか」から。

――岸田内閣の支持率が持ち直すことができなかったのはなぜですか。
「岸田さんは悪い人ではないです。しかし『諸課題に取り組んで結果を出す』と繰り返し言うばかりで、結果をまったく出していないと多くの国民は受け止めています。派閥の裏金問題でも中途半端なことしかやっていないので、政治不信が相当に高まりました」
「政治不信というのは、実は政治家不信なんです。政治というシステムへの不信ではなく、政治家に対する不信です。そもそも日本では、多くの人が政党に対して投票するのではなく、政治家という人間、個人に投票をするのです。岸田首相がしっかりと発信し、国民の不満や不安をしっかりと減らすような結果を出していれば、こうはならなかったわけです」

――政治不信の責任は岸田首相にあると。
「それが政治家たる首相の責任ですよ。この国でずっと投票率が下がっているのも、政治家に対する不信が続いている表れじゃないですか」

(総裁候補への心配について)
「岸田首相の次の総裁を目指す人とも実際に意見交換をしていますが、皆共通して自分を支える参謀たちが不在です。それが実は岸田政権にとっても最大の問題点でした」
「かつての自民党のリーダーには竹下登元首相を支えた『竹下派七奉行』だとか、安倍晋三元首相のお父さんの晋太郎さんを首相にしようとしていた『安倍派四天王』のような参謀のグループがありました。政策を練りあげるだけではなく、落としどころをさぐって政治の流れをつくる人もいました。いま岸田首相を含め、しっかりとした参謀グループを持っている政治家は残念ながらいません」

――政治家の質が変わっているのでしょうか。
問題となった裏金をもらうために集まっているような派閥ではなく、そのリーダーを首相にするために政治家が集まってくるような集団が派閥でした。また明治期や戦後、つい最近まで、どのような経歴を経て、何を実現させたくて政治を志したのかといった『個人の物語』を持った政治家がいました。世襲政治家が多いこともあり、国民に広く共感されるような物語をもった政治家はなかなか見つかりません」

――総裁選には期待できないでしょうか。
「まだ時間はあります。ただ、『選挙の顔』として一時的に衆院選で勝てるかどうかだけではなく、国民の不満や不安を取り除き、危機に対応できる政治家だということを訴えてほしいと思います。いま総裁選は事実上、内閣総理大臣を選ぶ選挙でもあるからです。南海トラフ地震などの自然災害、ウクライナでの戦争で浮き彫りになったこの国のさまざまな弱点や問題点、異次元の少子化など、国民の間にはもう長きにわたって不信や不安が積み重なっています。政治家にとって一番重要なことは、危機に対する対処をすることと、将来に対する展望を示すことです」
「総裁選で国民に『私ならこの問題に対してこうやります』ということを具体的に示してほしいのです。国民がそれに納得すれば、その人が自民党の総裁になり、首相になる。逆にそうした人が出てこないのであれば、自民党の再生はできないでしょう。そして野党を含め、政界の人材不足はとても深刻です」

財政を平時に戻せ

2024年8月21日   岡本全勝

8月9日の日経新聞経済教室は、井堀利宏教授の「財政健全化、将来世代へのツケは最低限に」でした。原文をお読みください。

・・・経済社会がコロナ危機の非常時から脱して、平時の経済状態に戻っているにもかかわらず、また欧米ではインフレ抑制のために財政・金融の両面から引き締め政策が実施されているにもかかわらず、日本では相変わらず非常時という名目で積極財政派の圧力が強い。
岸田文雄政権は、1年限りの減税(1人4万円の定額減税)を6月から実施した。さらに岸田首相は通常国会会期末の記者会見で突如、8~10月に電気・ガス料金の補助金を復活させるとともに、年金世帯や低所得世帯への給付金支給を検討すると表明した。コロナ危機を契機として財政規律が緩んだままの政治環境の中で、苦し紛れのばらまき政策を模索している・・・

人権の再発見

2024年8月15日   岡本全勝

最近、基本的人権を考える事例が相次いでいます。
一つは、旧優生保護法で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、被害者らが国に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁判所が同法を違憲と判断し、国に賠償を命じたことです。この基本的人権侵害は、半世紀も続いていました。同様の事例では、ハンセン病患者が、旧らい予防法による強制隔離について国を訴え、国が受け入れた件があります。(日経新聞8月5日、大林尚編集委員「苛烈な人権侵害に向き合う 強制不妊、責任あなたにも」)

もう一つは、性的少数者の権利を認めるいくつかの判決と、自治体などでの対応の変化です。(朝日新聞8月5日、遠藤隆史記者「記者解説 性的少数者の権利と司法 不利益正す判断続く、社会の変化影響」)
・・・性的少数者の権利を後押しする司法判断が相次いでいる。
日本に限らず、世界中で「男・女」の二分論と異性愛を前提とする社会制度がつくられてきた。その枠組みからはじかれた人たちが、当たり前のように扱われてきた制度を裁判で問い直している。
そして、裁判所の判断はケース・バイ・ケースながら、おおむね前向きに応じるようになっている。最近の司法の動きからは、そんな大きな流れが見てとれる・・・
・・・流れを読み解くもう一つの鍵は社会の認識の変化だ。それが端的に表れたのが、性同一性障害特例法をめぐる大法廷決定だった。
この決定の4年前、やはり生殖不能要件の違憲性が争点になった別の裁判で、最高裁第二小法廷は「現時点では違憲とは言えない」と判断していた。
23年の大法廷決定は、最高裁が4年で判断を変えるに至った理由は明示していない。
ただ、この4年間で性的少数者の権利侵害への認識は確実に広まった。呼応するように、同性カップルの関係を公的に認める「同性パートナーシップ制度」を導入する自治体も大きく増えている・・・

時代とともに、基本的人権が変わるのですね。気になるのは、憲法学者がこれらの点について、判決の前に問題を捉えてどのような発言をしているかです。解釈学でなく立法学としてです。不勉強で発言してはいけないのですが、新聞を読む限り発言はあまり取り上げられていないように思えます。
憲法学者である棟居快行教授の反省を、紹介したことがあります。
・・・遺憾にも私を含む憲法学者の大半は、研究の相当部分を占めるその人権論にもっとも救済を必要とする人々への致命的な死角があることについて、ハンセン訴訟の新聞記事等に接するまで自覚していなかった・・・「優生保護法と憲法学者の自問

向大野新治著『議会学 増補普及版』

2024年8月13日   岡本全勝

向大野新治著『議会学 増補普及版』(2024年、吉田書店)を紹介します。2018年に出版された本の、増補版です。著者は、元衆議院事務総長です。

はしがきにも書かれているように、これまでの国会関係の本は、外国の制度との比較が主でした。他方で報道の記事は、党派と派閥の争いが中心です。その中間で、制度と実態とを橋渡しする解説や研究が少ないのです。この本は、そこを埋めてくれます。また、小話も豊富です。

西欧諸国を手本に、日本も議会制民主主義を導入しました。ところが、各国それぞれに「この国のかたち」があるように、制度は似ていても、運用と成果は大きく異なります。制度論ではなく、運用の実態とその問題、改善方策が重要なのです。
初めて当選した国会議員にも、よい教科書になるでしょう。

その点では、与野党の実態と機能、その事務局の仕組みと機能なども、近年の実態を書いた本も見当たりませんね。

一時的な現金給付は行動変容を遅らせる

2024年8月10日   岡本全勝

7月26日の日経新聞経済教室、阿部彩・東京都立大学教授の「あるべき家計支援、普遍的な現金給付避けよ」から。

・・・近年、様々な形での「家計支援」が行われている。2024年度税制改正では1人あたり所得税3万円、住民税1万円の定額減税が決定した。一部の高所得者層を除くすべての所得層に対する減税といえる。また、燃料油価格の激変緩和措置が継続されているほか、夏を乗り切るための緊急支援として電気・ガス料金への補助をするという。
コロナ禍における特別定額給付金以来、一時的な家計支援が頻繁に実施されるようになった。これらの支援策の特徴は、対象者を国民全体としてとらえていることだ。こうした普遍的な手法は家計支援だけではない。子育て支援策でも、児童手当の所得制限が撤廃されるほか、3〜5歳児の保育無償化も記憶に新しい。
自治体でも、給食費の無償化が拡大しつつあり、東京都や大阪府では都立・府立大学の授業料無償化に踏み切っている。ちなみに、保育所も大学も給食費も低所得者に対する支援制度は以前からあるため、これらの施策で新たに便益を受けるのは中高所得層である。

背景にあるのは、物価上昇や円安などで膨らんでいる国民の負担感だ。「国民生活基礎調査」によると、22年から23年にかけて生活が「苦しい」と感じる世帯は51.3%から59.6%に増えている。今や全世帯の約6割が、生活が苦しいと訴えている。こうした国民感情にあおられる形で、政府が小出しの現金給付策を講じているのである。
しかし物価上昇が一時的なものでない限り、こうした単発の家計支援は一時的な気休めにすぎない。これは一種の「感情政治(Emotional politics)」だと筆者は考える・・・

・・・これらが必ずしも得策でない理由は2つある。一つは、普遍的な給付・補助金の受益者の大半は生活に困窮しているわけではなく、給付が何に使われるかわからないことだ。
モノの値段が変化するなか、これまでの生活をそのまま「維持」するのがよいことなのか。それよりも、多少苦しくても新しい物価体系に対応して、省エネを進めたり消費行動を変化させたり、働いていなければ働き始めたりすることなどにより、日本経済を刺激すべきではないだろうか。一時的な現金給付はそうした変容を遅らせるだけだ。
一方、物価上昇が生活困窮に直結してしまう層には支援が必要だ。減税による家計支援策には、そもそも課税額が少なく減免できる「幅」が小さい低所得層に恩恵がフルに届かないという課題があった・・・

・・・普遍的給付が必ずしも得策でない2つ目の理由は、その他の必要なサービスの給付の拡大を妨げる可能性があることだ。負担感の背景には、資源(所得など)と支出の両面がある。資源の増加のみで対処するのではなく、必要な支出がかからないような国づくり・街づくりをするという両サイドの施策が必要だろう。
例えば近年、都会でも路線バスが廃止・縮小しており、交通難民の問題が発生している。その対策として、資源にアプローチする方法はタクシー代の給付であり、支出にアプローチする方法は公共交通サービスの維持・拡充である。
タクシー代の給付は普遍的に実施すれば、マイカーを持つ世帯にはただのお小遣いとなる。また、たとえ交通難民を正確に特定して「正しい人」にタクシー代を給付したとしても、その地域に十分なタクシー供給があるかなどの運営面の課題もある。公共交通サービスの提供であれば、「誰に給付をするのか」という面倒かつ不完全な選別をしなくてもよく、確実に交通難民を救える方法といえる・・・