カテゴリーアーカイブ:著作と講演

新採職員に勧める本

2024年5月17日   岡本全勝

岡山県立図書館から、連絡をいただきました。拙著『明るい公務員講座』を、「新県職員へおすすめの本」という県職員向けの資料に載せてくださったとのこと。
「先輩職員からのおすすめ本」が並んでいて、その18冊の一つとして上がっています。推薦してくださった先輩からの推薦文も付いています。

・・・分かっているだろうと先輩もあえて説明しない基本的な心構えが学べます。新規採用職員であった私の仕事ぶりがひどかったのでしょう、当時の課長に勧められて読み始めました。それなりに使い物になるようになったのは、この本のおかげもあるようです。今でも読み返すと、襟が正され、明日からも頑張ろうと思えます・・・(一部改変してあります)

お役に立てて、うれしいです。

連載「公共を創る」第186回

2024年5月16日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第186回「政府の役割の再定義ー幹部官僚としての心構え」が、発行されました。第183回から、私が所管を越えて広く日本のあり方を考えるようになった経験を話しています。

今回は、前回に引き続き麻生総理大臣の秘書官の経験、そして2011年の東日本大震災対応の経験を書きました。
総理秘書官は国政の全般を見なければなりません。そして当時は、リーマン・ショックという、世界恐慌にもなりかねない事態に対応する必要がありました。日本が思い切った政策を打つだけでなく、各国に政策協調を呼びかけたのです。

東日本大震災では、これまでにない大災害なので、前例どおり・法令どおりが通用しませんでした。しかも、対応は急を要します。政府全体を動かす「仕切り役」「手配師」を務めました。私の言動は、「霞が関の治外法権」「永田町の治外法権」とも呼ばれました。名誉なことです。

JICAイエメン研修講師

2024年5月14日   岡本全勝

今日5月14日は、国際協力機構(JICA)のイエメン政府幹部向け研修講師に、横浜に行ってきました。2023年3月の研修にも、呼ばれました。

イエメンでは、政府と反政府勢力内戦が収まらず、まだ復興に取りかかる状況にはありません。しかし、日本としては、将来に備えて準備をしているのです。
大災害からの復興は、内戦で壊れた町を復興する際に、参考になるでしょう。そのような視点から、現場での注意点、復興庁の組織のつくり、職員の集め方、財源の確保なども説明しました。

人事院初任研修講師

2024年5月13日   岡本全勝

今日5月13日は、人事院の初任研修の基調講義に、入間市まで行ってきました。対象者約800人が7組に分かれて受講します。今日の私の担当の組は、115人です。ほかの班は、別の講師が別の主題で基調講演をします。

まず1時間20分、主題である東日本大震災での経験を、写真などを基に話しました。彼ら彼女らは、当時小学生です。知らないことが多いでしょう。もちろん私たち官僚が何をしたかも。
主催者と協議して、その話はそこで切り上げました。後半は休憩を挟んで、30分は若い官僚への助言をしました。『明るい公務員講座』や、最近の講演で話していることです。そして残り30分を、質疑応答にあてました。質問は多くて、かなり時間も超過しました。
皆さん熱心で、頼もしく思いました。彼らの熱意を冷めさせないように、職場側がやりがいがあって安心できる職場を提供しなければなりません。

主題については、課題を与えます。参加者は、いくつかの班に分かれて議論し、次回にそれを発表します。
去年は、北区西ヶ原の研修合同庁舎でした。「2023年度の研修

連載「公共を創る」第185回

2024年5月9日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第185回「政府の役割の再定義ー広く日本の在り方を考える必要性」が、発行されました。
第183回から、私が所管を越えて広く日本のあり方を考えるようになった経験を話しています。

今回は、1993年に、カンボジア国連平和維持活動で警察官が死亡した際に国家公安委員長に同行した件。1998年に、中央省庁等改革推進本部事務局で全省庁の課の数を削減した作業。2006年から、自民総裁候補のマニフェスト作成に参画したこと。2006年に、経済財政諮問会議に関与したこと。2008年の総理秘書官の経験を書きました。
このあと、東日本大震災の経験が続きます。

こうして振り返ると、自治省に入ったのにそれを越えて、国家官僚としてさまざまな広い経験をさせてもらいました。官僚生活の後半は、私の「本籍」であった自治省(総務省)財政局ではなく、内閣府や官邸などでの仕事がほとんどでした。「内閣官僚」と自称しています。

このことは、日経新聞夕刊一面コラムにも「内閣官僚」として書きました。
・・・1978年に自治省に採用され、2016年に復興庁事務次官を退任した。38年間の勤務のうち、自治省と再編後の総務省で16年、自治体勤務が11年、内閣、内閣府、復興庁が11年になる。後半は、省庁改革本部、総理秘書官、復興庁と、内閣の近くで仕事をすることが多かった・・・
その後の内閣官房参与・福島復興再生総局事務局長の4年余りを入れると、内閣近くでの仕事の期間は、42年のうち15年とさらに長くなります。