カテゴリーアーカイブ:著作と講演

自民党・防災体制抜本的強化本部へ出席

2025年4月9日   岡本全勝

今日、4月9日は自民党・防災体制抜本的強化本部に呼ばれて、話をしてきました。
防災庁をつくるに当たって考慮すべき点です。東日本大震災での被災者生活支援本部事務局と復興庁を立ち上げ、拡充・改組した経験を話しました。出席者は熱心に聞いてくださって、質問もたくさん出ました。

私が、強調したのは、次のようなことです。
1 哲学の変更=「国土の復旧」から「暮らしの再建」へ
施設の復旧だけでなく、被災者の生活の目線で。インフラ・住宅の再建だけでは、まちの暮らしは再建できない。産業・なりわいの再生とコミュニティの再建が必要。
人口減少下での、まちの暮らしの再建を考える必要がある。

2 防災庁の設計案=東日本大震災での経験を踏まえると、次のような部局構成にしてはどうか。
(1)内閣府防災部局の充実
(2)復興支援部局の創設=災害復興を支援する組織がない(復興庁では主たる業務)
(3)内閣府原子力防災担当、原子力被災者支援チーム=これらを単独で置くのではなく、防災庁に含める。
(4)復興庁の福島復興部門(将来)=復興庁の見直しの際に、防災庁への移管を検討する。

3 防災庁は窓口の一本化と司令塔機能を
・実働部隊はそれぞれに任せる
・すべてについて生え抜き養成は非効率、各省庁や非営利組織の専門を生かす
・自治体との連携と支援の強化
・大臣や幹部は最低2年以上在席を

自民党のホームページの記事

連載「公共を創る」第218回

2025年4月3日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第218回「政府の役割の再定義ー政策の大転換に必要な党内の支持確保」が、発行されました。

首相や各省が考えた政策が、与党の抵抗によって進まない場合があることを説明しています。その原因は、内閣の政策決定過程が政府に一元化されず、与党にも政策決定の仕組みがあり、与党事前審査を通る必要があるからです。
それを打破しようと挑戦したのが、小泉純一郎首相でした。「自民党をぶっ壊す」と唱えて総裁選に勝ち、それまでの自民党の政策を変える改革を進め、その際には党内の反対も押し切りました。経済財政諮問会議での議論と決定は、与党との調整なしに進められることが多かったのです。その頂点が、郵政民営化です。

このような政府・与党二元制や与党事前審査制度は、日本独特のようです。国会での審議を空洞化するような仕組みですから、議会制民主主義の思想からは理解しにくいでしょう。
この問題を解消するため、旧民主党は、政府・与党の一元化を目指しました。選挙や国会対策を指揮する幹事長と、政策責任者の政調会長を入閣させ、「政府・与党一元化」を目指しました。もっとも、すべてが実行されたわけではなく、また実行しても直ちに所期の効果を発揮したわけではありません。

各府省が作った法案を国会に提出できないことが起きる原因は、与党事前審査とともに、与党各機関での決定に全員の賛成を要するという「全会一致」という慣例です。

連載「公共を創る」第217回

2025年3月27日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第217回「政府の役割の再定義ー政治主導を阻む与党事前審査制度」が、発行されました。

政策を大転換するには、課題、解決方法、手順などについて関係者や国民の理解を得ることが必要です。その手法の一つとして、審議会や経済諮問会議などの合議体を使ってその議論の進捗や内容を公開していくことを説明しています。

大きな改革は、審議会での議論から始まり、その答申を受けての法律案作成、国会での審議、可決された後の施行と、実現までには時間がかかります。
地方分権改革は、国会での決議が1993年、地方分権推進委員会の発足が1995年、地方分権一括法の成立が1999年、その多くが施行されたのは2000年です。
1年程度の予算年度では実現しません。長期の内閣を通じて、あるいは複数内閣が交代しながら、改革が進められていきます。

政策の大転換に必要な手続き、その2は抵抗勢力を説得することです。
これまで政策転換が進まなかった理由に、官僚主導と与党の抵抗が挙げられます。まず、与党(議員)が首相(党総裁)の意向に従わず、改革が進まないとはどういうことか、から説明します。
政府(各府省)が法律案を準備しても、与党の反対で提出できないことが起きます。このようなことが起きるのは、内閣の政策決定過程が政府に一元化されず、与党にも政策決定の仕組みがあって、それを経てようやく内閣の決定となるからです。政府と与党が並立している二元制です。さらに「与党事前審査」が慣例として制度化され、与党内で党議拘束がかけられるからです。

復興庁オーラルヒストリー

2025年3月16日   岡本全勝

復興庁が、東日本大震災の教訓継承の一つとして、当時の関係者に聞いて「東日本大震災に関するオーラルヒストリー」を記録しています。
私も、2024年11月11日に受けました。それが文字になって、復興庁のホームページに載りました。ほかにも聞き取りを受けた人もいて、順次このホームページに載るとのことです。

復興庁は、すでに「東日本大震災 復興政策10年間の振り返り」をまとめました。これは立派な記録です。このときも取材を受けて、当時のことを話しました。
それに対し今回の聞き取りは、それぞれの人がその立場で、どのように見ていたか、どのように行動したかがわかります。偏っている恐れはありますが、「血が通っている」といったら良いのでしょうか。実感がわきます。

他の人の分を読むと、私の知らないことや、間違って覚えていたこと、忘れていたことがいくつもあります。このような記録を残すことは、価値があるとわかります。
私は、他人を傷つける恐れのある内容は削除したのですが、良いことばかりでは後世の参考にならないと思い、辛口のことも残しておきました。
ところで、原発事故対応や新型コロナ感染対応などは、このような記録は残っているのでしょうか。

連載「公共を創る」第216回

2025年3月13日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第216回「政府の役割の再定義ー地方分権改革における審議会の機能」が、発行されました。

政策を大転換するには、関係者や国民の理解が必要なことを説明しています。その場として、審議会の機能を取り上げました。
審議会を使って大きな改革を実現した例としては、中央省庁改革と地方分権改革があります。中央集権体制が、明治以来日本の発展を支えてきたのは確かです。しかし、20世紀の終わりには、経済成長を達成し成熟社会になって、地方分権体制に転換すべき時期に来ていました。しかし、それを「力」として使っていた各省は抵抗したのです。それを押し切ることができたのは、国民の認識と共に、この審議会を核にして改革を進めるという手法でした。

そのような審議会を、新しい形として制度化したのが、経済財政諮問会議です。
小泉内閣時代の諮問会議を舞台にした改革で、私が関与したものもあります。2001年に、財政再建の観点から交付税総額縮減が争点となり、交付税改革が求められました。私は総務省交付税課長として、算定方法の改革(段階補正割り増し縮小、事業費補正縮小、留保財源率引き上げ)を行いました。
他方で片山虎之助総務相は、地方分権の趣旨に沿って、国庫補助負担金の廃止と縮減、国税から地方税への税源移譲を合わせて行うことを主張しました。「三位一体の改革」です。これは、地方自治の観点からは、長年の課題でした。しかし、各省も財務省も、国庫補助金を地方自治体に対する指導力の源であると考えていたので、その削減には反対でした。

国庫補助金改革の総額は4兆円と決まり、小泉首相が各省に対象とする国庫補助金名を出すように指示しました。それでも、各省は応じませんでした。そこで、麻生太郎総務相の発案を小泉首相が採り入れ、自治体に廃止対象補助金を提出してもらうこととしました。
全国知事会は大議論の末、廃止要望補助金を決めました。なおも各省の抵抗は大きく、自治体の要望通りには進みませんでしたが、最終的には3兆円の国庫補助金が削減され、同額の税源移譲(国税である所得税を地方税である個人住民税に移す)が実現しました。