カテゴリーアーカイブ:著作

連載「公共を創る」第248回

2026年2月5日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第248回「政府の役割の再定義ー「生活者中心の社会と暮らし」への変化を」が発行されました。地方の問題である人口減少と活力低下に対して、政府や地方自治体が取り組んできた政策が成果を挙げていないことを説明してきました。

次に、日本の問題である少子化と人口減少についてです。地方での活力低下と、日本の少子化・人口減少は、連動しています。
少子化・人口減少の背景にも、「経済的要因」と「国民意識」があります。少子化は「夫婦が子どもを持たなくなっていることが原因だ」といわれますが、それは間違っているようです。その前に、結婚する若者が減っているからです。子どもの数を増やすには、子育て支援の前に、未婚対策を行わなければならないようです。

経済的要因では、長期不況で非正規労働者が増え、その人たちは給与が低く、将来の生活にも不安があり、結婚に踏み出せないのです。婚姻数を増やすには、非正規労働者を減らして安定した職にするとともに、家族生活が可能な水準まで給与を上げる必要があります。考えられる一つの対策は、短時間正社員制度です。
「リストラ」「小さな政府」という主張の下、人件費を削ってきたツケが回ってきたとも言えます。若い人の給与を引き上げ、身分を安定させること、そのためにも日本経済の再生が少子化対策の肝でもあるのです。

意識調査では、若い人の結婚願望は昔と大きく変わっていません。「結婚したいけどできない」という人も多いのです。雇用を中心とした暮らしの安定と、将来の子育てについて、自信が持てないからでしょう。少子化の原因は、若者が結婚したくないという意識を持つかどうかにあるのではなく、若者に安心して子どもを持てるような環境を提供していない社会の側にあります。
働き方改革が進みつつありますが、残業が多かったり、育児休業が取りにくかったりすると、子育てができません。保育園を増やすといった直接的な支援だけでなく、社会の仕組みと国民全体の意識を変えていく必要があるのです。子育ては、働き方改革と男女共同参画型社会実現の結節点にあります。

通勤地獄と長距離・長時間通勤も変えなければなりません。これは、夫が働きに出て、妻が家庭を守る「昭和の働き方」だからできたのです。
企業内保育園への子どもを連れての出勤、あるいは自宅近くの保育園への送迎は、職住が離れていては難しいのです。大都市集中を改善しないと、子どもの数は増えないでしょう。
これらの問題は、企業が取り組まないと改善しません。

福島民友新聞に出ました

2026年1月31日   岡本全勝

1月31日の福島民友新聞「衆議院選ふくしま 識者の考え 復興・創生」に私の意見が載りました。「1.6兆円の第3期予算 実情に沿う活用重要」です。
・・・2月8日投開票の衆院選は公示後初の週末を迎え、政策の浸透を図る各候補の訴えは一層熱を帯びている。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から15年を迎えようとする中、復興や人口減少など本県が抱える課題はもちろん、刻一刻と変化する経済や国際情勢に政治はどう向き合うべきか、専門家に聞いた・・・

復興予算額について問われたので、地元の意見を聞いて作られたものであること、金額の多寡ではなく課題に沿った使い方が重要だと答えました。福島の原発事故被災地の復興は、予算額を増やせば達成できるものではありません。時間がかかりますが、政府が責任を持って成し遂げなければなりません。
政治家の役割を問われたので、国と地方の協議の場を法定してあり、毎年、大臣たちが福島に出向いて議論を続けること、首相が被災地を訪問し続けることが重要と話しました。
除去土壌の県外運び出しについては、全国で共有しなければなりませんが、福島第一原子力発電所の恩恵を受けてきた首都圏がまずは引き受けるべきではないかとも話しました。

連載「公共を創る」第247回

2026年1月22日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第247回「政府の役割の再定義ー地方創生が進まない要因」が発行されました。人口減少と活力低下という地方の一番の問題に対して、政府や地方自治体が取り組んできた政策について議論しています。

地方の活力低下と東京一極集中の問題に関して、新聞社の取材を受け、私の考えを述べたことがあります(2025年6月8日付読売新聞「あすへの考」「人口減 令和の処方箋 地方創生 本気で 大胆に」)。
ふるさと創生事業に始まる地域おこし政策は、全国各地で活発になり、各地で自らの地域について考える引き金になったと思います。その点だけでも、大きな成果がありました。ただし、地域の魅力の発見だけでなく、経済面を含めた活力向上や人口増加については、幾つかの特徴ある小規模自治体を除いて、目に見えるような成果は挙がっていないようです。一部の地域で人口が増えても、日本全体の人口が減少する中では、地域間の奪い合いでしかありません。

2024年6月10日に内閣府地方創生推進事務局などが公表した「地方創生10年の取組と今後の推進方向」では、この10年間の取り組みについて一定の成果があったと評価しつつ、「国全体で見たときに人口減少や東京圏への一極集中などの大きな流れを変えるには至っておらず、地方が厳しい状況にあることを重く受け止める必要がある」と、政府の機関としては珍しく十分でないことを認めています。

私は、次の三つが大きな原因だと考えています。
一つ目は、地方自治体の力不足と、自治体の政策でできることの限界です。二つ目は、産業・経済の事情です。三つ目は、国民の意識です。

三つ目の点に関して、幸福度調査で常に上位に来る富山県でも、若い女性が戻って来ません。その理由を聞くと、意外なことに、「暮らしにくさ」を挙げるのです。それは、家庭や地域に残る「古風な意識」が原因です。夫の親との同居や、家事と育児を当然のように妻の仕事とするといった意識と生活です。昭和時代の標準とされた「夫は働きに出て妻が家庭を守る」という偏った性別役割分担が、共働きが多くなった現在にも残っていると感じているようです。地域のしきたりも変わらず、女性にとって不自由な社会だという認識があるのです。

連載「公共を創る」第246回

2026年1月15日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第246回「政府の役割の再定義ー「自ら考え自ら行う」自治体への転換」が発行されました。地域での大きな課題である、人口減少と活力低下について議論しています。これまで、国による国土政策とともに、地方自治体での独自の取り組みとそれを支援する政策の流れがありました。後者の始まりとなった、ふるさと創生事業について説明しています。

私は1990年から、当時の自治省財政局交付税課長補佐として、その算定に携わりました。
それまでの交付税の算定の哲学は、全国「一律」の行政サービスを保障するというものだったのに対し、一連のふるさと創生事業は各自治体が知恵を出した「個性」を支援するものです。地方交付税制度と算定の担当者として、それまでは「どの自治体でも同一の行政サービスを提供できるようにするのが地方交付税の役割」と教えられ、そのように説明していました。ところが、ふるさと創生事業によって、「自治体の創意工夫を応援する」「自治体間に差をつける」ことになり、どのように説明したら良いのか悩みました。学者の方々の知恵も借りて、地方交付税の「哲学の変更」をすることにしました。

今では隔世の感がありますが、国の指示を実行することに慣れていた地方自治体が、自ら地域の振興を考えることは、当時としては画期的なことでした。
それまでの地方行政は、全国どの自治体でも同じような行政サービスを実施できるように、国が基準を決め、国庫補助金と地方交付税とでその実施を担保していたのです。そして、経済発展の果実である税収を財源にして、それに成功しました。経済格差によって財政力に大きな違いがある地方自治体間で同じ行政ができるようにしたことは、世界でも先駆的で素晴らしいことでした。
しかしそれはまた、地方自治体が国の指示に沿って動くことを「制度化」してしまいました。それは固定観念となって、国民の多くがそれを疑わなかったのです。その結果、「自治体」と呼ばれつつ、その自由度は限られていました。

ふるさと創生事業を実施して、見えてきた問題もありました。ふるさと創生1億円事業は、各自治体が1億円を何に使うか、それぞれに知恵を出さなければならなかったのですが、そのような経験がない自治体にとっては難しいことでした。「お金がないから、自由な事業ができない」と言っていたのですが、突然、財源をもらっても、どのように使えばいいか分からなかったのです。
経験とともに不足していたのが、人材でした。それは、地域で地域おこしの中心となる人材と、その活動を誘導し吸い上げる行政側の自治体職員です。

コメントライナー寄稿第26回

2026年1月13日   岡本全勝

時事通信社「コメントライナー」への寄稿、第26回「省庁再編から25年 これまでとこれから」が1月5日に配信され、1月13日のiJAMPにも転載されました。
2001年1月6日に新府省が発足してから、ちょうど25年が経ちます。私は、省庁再編を実施するために内閣に置かれた中央省庁等改革推進本部で参事官を務め、組織の減量を担当しました。あれから四半世紀が経ちました

省庁の再編は、23あった府省庁を13にほぼ半減するものでした。大胆な改革でしたが、再編後は大きな変化なく現在に至っています。府省については、防衛庁が防衛省に昇格し、大臣が置かれるものとして復興庁とデジタル庁が設置されました。府省に置かれる庁や局・統括官などについては、多くの再編が行われています。課題の変化と新しい事務を飲み込みつつ、総数は大きく増やさず柔軟に対応しているようです。

内閣機能の強化の面では、予想を超えて内閣官房が膨張しました。国家安全保障局、内閣人事局などが新設され、首相や官房長官が主宰する本部や会議は88にもなっています。職員定数も大きく増えました。首相指示の政策の企画と、各省にまたがる案件の調整が増えているからでしょう。性格上、内閣官房をどのように組織し運用するかは、官邸主導の在り方と連動した課題でしょう。

もう一度、省庁再編を行おうという議論は少ないようです。省庁の再編は、各府省の機能をどのように括るかの議論です。それだけならばあまり意義はありません。議論するなら、どのような哲学で行うかが論点です。
私は、「生活者省」を設置すべきだと考えています。明治以来、政府は産業振興と公共サービス提供を任務として、省庁の多くが生産者と提供者側に立っていました。しかしその使命を終え、政府の役割は国民生活の安全と安心に重点が移っています。消費者庁、こども家庭庁、内閣府男女共同参画局、内閣府政策統括官(共生・共助担当)、厚生労働省社会・援護局など、これらの部局を集めて一つの省にするのです。そして、政府の使命を明らかにするのです。