カテゴリーアーカイブ:社会の見方

解雇、金銭解決制度で透明性向上

2024年12月3日   岡本全勝

11月1日の日経新聞経済教室、川口大司・東京大学教授の「解雇、金銭解決制度で透明性向上」から。

・・・9月の自民党総裁選では有力候補であった小泉進次郎氏が解雇規制改革を公約に掲げ、賛否両論を巻き起こした。河野太郎氏も解雇の金銭解決を訴えるなど、解雇法制の改革が国民的な関心を呼ぶに至っている。
9月半ばの日本経済新聞の世論調査では、正社員の解雇規制の緩和について「現状の規制は厳しいので緩和すべきだ」との回答は45%で「現状のままでよい」が43%と賛否が相半ばしている。本稿では解雇規制改革が必要な理由を整理し、どのような改革が望ましいのかを提案したい。

解雇法制の改革が提案される背景には、日本の解雇規制が厳しすぎるという認識がある。経済協力開発機構(OECD)が数値化した解雇規制の厳しさの指数でみると日本は平均よりも緩く、厳しくはないという指摘があるが、その指摘は必ずしも正しくない。
日本では不当解雇の救済手段として金銭解決が認められていないため、解雇の際の解決金がないとOECD指標では取り扱われている。そのため金銭解決が「月給の数カ月分」という形で定義されている大多数のOECD諸国と比べると、解雇費用が低く見える。

現実はどうかというと、金銭解決が認められていないため不当解雇に対する救済手段は原職復帰に限られる。しかし裁判を争った企業のもとに労働者が戻るケースはまれで、最終的には金銭的な解決が図られることが多い。その際の解決金の水準が不透明であり、紛争になるケースが多い。
紛争が起こる可能性自体をレピュテーションリスクと考える企業にとっては、解雇はリスクの高い選択だといえる。つまり日本の解雇規制が厳しいという認識は、解雇をしてトラブルになった際に何が起こるかわからないという不透明性に起因しているといえる。

日本における解雇規制の不透明性が、企業内での職種転換による環境適応を多くの企業に強制しているならば、制度の透明性を向上させ、各企業の事情に合わせた選択ができるような環境を整える必要がある。
日本の解雇規制の透明性を高めるためには、不当解雇が起こった時の救済手段として金銭解決を認め、その解決金の水準をあらかじめ設定する必要がある。

筆者と東京大学の川田恵介准教授はその水準を、労働者が今の企業で働き続けたら得られたであろう生涯所得と、転職した際に得られる生涯所得の差とする「完全補償ルール」を提案する。その水準が退職時の月給の何カ月分にあたるかを計算した(表参照)。
この大きさは勤続年数に応じた賃金増加に依存するため、勤続年数が長いほど大きくなる。また勤続に伴う賃金増加は大企業のほうが大きいため、大企業ほど解決金も大きくなる。
日本の多くの正社員は、雇用保障と将来の賃金上昇を見越して長時間労働に耐え、全国転勤にも応じ、スキル向上に励んできた。
これをご破算にしようというような解雇規制の緩和は公正性を欠くし、政治的にも困難だ。日本の雇用慣行を踏まえた現状の解雇法制の大枠には手を付けず、金銭解決制度を導入して制度の透明性を向上させるのが現実的だ。
この制度を採用したうえで、勤続年数と賃金の関係の変化など客観的な指標に基づきつつ、解決金の水準を調整していく仕組みを導入することが望ましい・・・

政治家の「経済オンチ」?

2024年11月30日   岡本全勝

11月15日の日経新聞夕刊に、「「経済オンチ」は一体誰か?」が載っていました。
・・・第2次石破茂内閣が11日、30年ぶりの少数与党として発足した。自民党が10月の衆院選で大敗した理由として政治資金問題ばかりに目を向けては本質を見誤る。もう一つの要因は「経済無策」という野党の批判に抗しきれなかったことにある・・・
・・・野党2党首が選挙戦で批判したように石破政権の経済政策方針は矛盾に満ちている。石破首相(自民党総裁)は衆院選で「最優先すべきはデフレからの完全脱却だ」と主張した。一方でそのために掲げたのは「物価高を克服するための経済対策」だった。
デフレなのか物価高なのか。消費者物価指数の上昇率は、インフレ目標である2%を2年半にわたって上回り続けている。生活者の物価感をデフレかインフレかの二択で示せば、今はインフレだろう。

首相は「経済オンチ」というより確信犯的な政治レトリックを使っているとみるべきだ。インフレ対策なら、金融・財政とも不人気な引き締め策に向かわざるをえない。
ところがデフレという単語は曖昧に解釈できる。「デフレ=経済停滞」と広義にとらえれば、ガソリン補助金のような物価高対策に大義名分が生まれ、有権者にアピールする財政出動に道が開ける。

野党の勇ましい主張も曖昧な経済用語を逆手にとった確信犯的なレトリックに満ちている。国民民主の玉木代表は「賃金デフレ」という言葉を使う。それが指すのは「1996年をピークに下がり続けている実質賃金」だという。
実質賃金は、実際に生活者が受け取る賃金(名目賃金)から物価上昇分を差し引いて計算する。2023年の実質賃金は前年から2.5%も下落した。生活者の不満が与党の大敗の根底にあり「手取りを増やす」という国民民主の躍進につながった。
ただ、実質賃金が下がった最大の理由は手取りが減ったからではなく、消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)が3.8%も上がったからだ・・・

・・・本来なら引き締め的な円安対策を講じるのが王道だ。玉木氏はそれを「賃金デフレ」と言い換えることで、所得税の非課税枠拡大といった大幅減税案で有権者の歓心を買うことに成功した。
衆院選で議席を増やしたれいわの山本代表は「30年不況」という厳しい言葉を繰り返す。経済論議の中で「不況」とは通常、景気循環上の悪化局面を指す。
実際の日本経済は、1993年から2020年までの5回の景気循環の中で拡張期は245カ月、後退期は74カ月と成長期の方が大幅に長い。長期トレンドとして「低成長」の状態にあるが、マイナス成長を続けているわけではない。
不況期であれば、失業者の増加を防ぐ即効性のある財政出動と金融緩和が必要になる。山本氏がいう「消費税減税」も検討対象の一つになるかもしれない。
経済状態が不況でなく低成長であれば処方箋は変わる。成長企業に働き手を移す労働市場改革や国際競争力の高いハイテク産業の育成など、複雑な構造改革こそ求められる。野党のように「減税」の一言で政策を語ることはできなくなる・・・

SNS年齢制限

2024年11月28日   岡本全勝

11月12日の日経新聞に「SNS利用 16歳未満禁止 豪、法案提出へ」が載っていました。

・・・各国でSNSの使用に年齢制限を設ける動きが広がっている。オーストラリアは近く国家として初めて16歳未満のSNS利用を禁止する法案を提出する。英国や米国の一部州でも議論されている。暴力的な動画などの有害なコンテンツやいじめから未成年者を保護する狙いがある。

「SNSが豪州の若者に悪影響を及ぼしている状況を終わりにする」。豪州のアルバニージー首相は8日開いた記者会見でそう意気込んだ。同日、各州の州首相と連絡会議を開き、全土での16歳未満のSNS禁止に合意した。
月内の議会に法案を提出し、上下両院での早期可決を目指す。可決から1年間の猶予期間を経て施行される。実現すれば、国レベルでSNSに年齢制限を設ける初の事例となる。
対象となるサービスは動画投稿アプリのTikTokやX(旧ツイッター)、フェイスブックなど広範囲に及ぶ。担当閣僚はYouTubeも対象になる可能性があると指摘した。豪規制当局の「eセーフティー委員会」により「低リスク」と見なされたサービスは禁止対象から外れる。

16歳未満の使用を防ぐ措置を講じる義務はIT(情報技術)企業に課せられる。保護者や子供はルールを破っても罰せられることはない。
世論は改革を支持している。英調査会社ユーガブが8月に約1500人の豪州人を対象に行った調査によると、61%が「17歳未満に対するSNSを禁止すべきだ」と答えた。79%は規制当局がSNSのコンテンツ削除を命じる権限を持つべきだと回答した。
規制強化に動くのは豪州だけではない。米国では南部フロリダ州知事が3月、同州で14歳未満のSNS利用を禁止する法案に署名した。14〜15歳の利用も保護者の許可が必要になる。2025年1月に発効する見通しだ・・・

渡部佳延著『知の歴史』

2024年11月24日   岡本全勝

渡部佳延著『知の歴史:哲学と科学で読む138億年』(2023年、現代書館)を本屋で見つけて、読みました。西洋哲学史の概説書です。文字以前の時代も扱われていますが、主に古代ギリシャから現代までの哲学者を取り上げています。

これだけのものを一人の方が書かれたとは、驚きです。ある哲学者を詳しく紹介することはたぶん時間があればできるのでしょうが、これまでの西洋哲学を作ってきた著名な学者を網羅し、簡潔に紹介することはかなりの読書量と分析力、労力が必要だったでしょう。著者は学者ではなく、「講談社選書メチエ」や「講談社学術文庫」の編集長をなさった方です。

西洋哲学史の入門書として、良い本だと思います。私が次に読みたいのは、「史」ではなく、「哲学概観」です。
古代西洋哲学から自然科学が分離独立して、壮大な自然科学大系を作りました。数学、物理、化学、天文学、地学、生物学、医学・・・と。もちろんこれらも「史」はあるのですが、現代人は「史」を学ばなくても、それぞれの分野の概要、現在たどり着いた知識の全貌を知ることができます。

社会科学にあっても、経済学、法学、社会学などは「史」を知らなくても、現時点での知識の概要を知ることができます。ところが、哲学の概要書はほとんどが「史」であって、現時点での到達点をわかりやすく示してくれないのです。
門外漢には、哲学の「知図」が欲しいのです。それがないと、一般人は哲学について会話が成り立ちません。

103万円は幻の壁?

2024年11月24日   岡本全勝

11月12日の朝日新聞「103万円は幻の壁? 年収の壁、専門家の見方は」から。
・・・国民民主党が訴える「103万円の壁」対策に注目が集まっている。税金がかかる「最低限の年収」のラインを引き上げることで減税し、働く人たちの手取りを増やすというものだ。政府・与党も検討に入ったが、実は「103万円は壁ではない」との指摘もある。既婚女性の「年収の壁」について分析した東京大学の近藤絢子教授(労働経済学)に聞いた。
―103万円にはどんな意味がありますか。
「パートやアルバイトで働く人たちにとって、年収103万円を超えると、所得税の課税が始まります。ただ、税負担が増えるといっても大きくはありません。年収が104万円になったとしたら、増えた分の1万円に税率5%をかけた年500円が納税額です」

―手取りは減る?
「主婦のパートタイマーの手取りは世帯でみても減りません。にもかかわらず、2021年までの住民税のデータを分析したところ、年収が103万円に収まるよう働く時間を調整している既婚女性が多いのです」

―なぜですか。
「データを見ると(社会保険の加入が必要になる)130万円で調整している人もいます。ただ、その手前の103万円の方が圧倒的に多い。それは、ある種の誤解かもしれません。パートで働く妻の年収が103万円以内だと、夫が税の優遇措置である配偶者控除(38万円)を受けられます。103万円を超すと税制上の扶養を外れますが、年収150万円までは配偶者特別控除という名前で同じ額(38万円)の控除が受けられる。150万円を超えると夫の優遇額が少しずつ減り、201万円を超えると優遇がなくなります。それがあまり理解されていないのかもしれません」

―配偶者として受けられる税の優遇でみれば、「150万円の壁」になったと。
「そうです。103万円はいわば『意識の壁』で、『幻の壁』ともいえるかもしれません」