カテゴリーアーカイブ:社会の見方

尾身茂さん、専門家の意見を聞かない政府

2025年3月21日   岡本全勝

日経新聞「私の履歴書」、尾身茂さんの第3回(3月3日)「専門家」から。
・・・専門家会議による独自見解をまとめた2020年2月23日以降、私たちは政府が開く公式の会議とは別に、非公式である「勉強会」を、手弁当で集まって開催してきた。平日の夜や日曜の午後、多いときは週3回開いた。
パンデミック(世界的大流行)における感染症対策とは、複雑な方程式を解くようなものである。しかも正解を導けるかどうかわからない。

ウイルスや感染状況は時々刻々と変化する。検査も医療提供体制も無尽蔵というわけではない。なにより人々の協力を得られなければどうしようもない。
専門家といえども誰一人、新型コロナ対策に関する全てのテーマを熟知している完璧な人などいない。
専門家会議12人のメンバーに加え、必要に応じて様々な分野の専門家を誘い議論に加わってもらった。
ウイルス学や免疫学、感染症学に公衆衛生学、さらには医療社会学等々。みなその道のプロで一家言ある。対策の方向性をめぐって意見が真っ向から対立することがしばしばあった・・・

・・・2月27日、政府は全国の小中高校に対し一斉臨時休校を要請した。私たち専門家にとって寝耳に水で事前の相談もなく、報道によって知らされたほどだ。あまりにも唐突だった。
確かに09年の新型インフルエンザの流行では小中学生が感染の中心で、臨時休校には一定の効果があった。
しかし新型コロナの状況はまったく違う。むしろ一斉休校は社会に対するマイナスの影響が大きすぎると考えていた。
政府が示した基本的対処方針案には「文部科学省は専門家の判断を踏まえ(中略)学校の一斉休業をする」との文言があった。

突如決まった一斉休校に私たちは反論した。結局、「案」のとれた基本的対処方針からは「専門家の判断を踏まえ」の10文字は削除された。
その後も政府から「専門家」が都合よく利用されそうになることが度々あった・・・

雄飛と雌伏

2025年3月20日   岡本全勝

このホームページで時々紹介する。川北英隆教授のブログ。山歩きの記も楽しいですが、鋭い指摘も多いです。3月13日は「男女差別考のついでに」でした。「男女差別とは何か」の続編です。

・・・男女差別を考えたついでに、いくつかの用語が頭を過った。書いておこう。
先日使おうとして、「差別であかんかも」と思ったのが「雌伏」である。反義語として、適切かどうかはともかく「雄飛」がある。伏せても飛んでも、結果が駄目か成功かは何とも言えないのだが。たとえば獲物を狙うとき、ライオンは伏せ、ワシは飛ぶのだから
「雄弁」というのもあった。実際は、弁が立つのは女性の方だと思うので、これこそ「男の方が優秀」との思い込みの結果かもしれない。
「雄大」というのも差別的なのだが、「雌」を冠した対義語は見つからない。ということは徹底的な差別ではないのかもしれない。
とにかく「雄」は良い意味で使われている。だから目にする機会が多い。これに対して「雌」の使用頻度は少ないとしか思えない・・・

この後に出てくる「雄々しい」「女々しい」は、しばしば差別的だと言われますが、雄飛と雌伏もそうでしょうかね。でも、雌雄は、雄雌ではなく、女性が先に来るのです。

古典漢文に長じた肝冷斎に聞くと、次のようなことを教えてくれました。
・・・陰陽、雌雄、牝牡、少長は控えめな方が先になり、天地、男女、大小、父母はそちらが後になります。古代の中国のひとは、どちらも必要で価値判断としては優劣つけてないように見えます。
ところで、「夫婦」は「めおと」と和訳しますが、「めをと」は「妻夫」のはずでは、と気になりませんか。
なお、戦国期から使われている「雌雄」は中立的ですが、「雌雄を決す」で初めて差別語になるのではないかと思います。「雌雄を決す」は「史記・項羽伝」が初出のようです・・・

尾身茂さん、政府が嫌がる意見も表明

2025年3月20日   岡本全勝

日経新聞私の履歴書、3月は尾身茂先生です。いろいろと教訓になる話が載っていますが、ここでは「政治行政と専門家」の観点から、何回かに分けて紹介します。その2回目(3月2日)「ルビコン川」から。

・・・2020年2月3日、厚生労働省の担当官から電話がかかってきた。「新型コロナ感染症対策でアドバイザリーボード(専門家による助言組織)を立ち上げます。そのメンバーになってください」
たまたまなのであろうか。その日の夜、乗客の数人に感染が確認されたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜に入港した・・・

・・・初会合は4日後の7日に開かれた。東北大教授の押谷さんや川崎市健康安全研究所長の岡部さんといった世界保健機関(WHO)や09年の新型インフルエンザ対策で一緒に奮闘した人もいれば、初対面の人も何人かいた。
1週間後には内閣官房に「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」が発足、メンバーはそのままスライドした。
実は20年早々、私たちはこの原因不明のウイルス性肺炎について、海外の感染症専門家と連絡を取り合い、情報を集めていた。発生地とされた中国・武漢にとどまらず、シンガポールなどでは市中感染が始まっていたからだ・・・

・・・メンバー12人は新型コロナウイルス感染症のしたたかさに強い危機感を抱いていた。1週間ほどかけA4判用紙6枚からなる「アドバイザリーボードメンバーからの新型肺炎対策(案)」という非公開提言書を作成、13日に厚労省に送った。
コロナ禍においてまとめた100以上の提言の先駆けとなる文書だ。すでに国内での感染が始まっている可能性を指摘した上で、国民に対して政府から感染状況の全体像がわかるよう情報発信し、状況の変化に応じて可及的速やかに説明することを求めた。

しかし、1週間たっても、政府から新型コロナ対策の全体像は示されなかった。クルーズ船対応に奔走していたとはいえ、このままでは取り返しのつかないことになる。
皆にフラストレーションがたまっていくなか、武藤さんの提案により、専門家として独自の長期的な見通しや基本戦略をまとめ、一般市民にも知らせるべきだということになった。
23日午後、メンバーが急きょ東京大医科学研究所内の会議室に集まり、独自見解案をまとめた。厚労省に送ったところ、すぐに懸念を示した回答が返ってきた。要はやめてほしいということだ。

「ルビコン川を渡りますか」。私は皆に質(ただ)した。霞が関の世界には専門家は政府から聞かれた個別の課題にのみ答えるという暗黙のルールがある。この境界線を越える覚悟があるかを問うたのだ。全員が賛同してくれた。
翌日、加藤勝信厚労相に直談判し、一専門家ではなく専門家会議として見解を出すことを了承してもらった。
当初、記者会見で自ら説明する予定はなかったのだが、なぜか独自見解を政府に示したことがNHKに知られ、夜7時のニュースへ出演、説明することになった。
2時間後、厚労省で緊急記者会見となった。国のコロナ対策において私たち専門家が表舞台に登場する日々が始まった・・・

ニュース砂漠がもたらすもの

2025年3月19日   岡本全勝

3月14日の朝日新聞オピニオン欄「ニュース砂漠がもたらすもの」、小川明子・立命館大学教授の発言「民主主義への役割、理解を深めて」から。

―「ニュース砂漠」という言葉をよく聞きます。
「米国で、地域独自の新聞を持たないエリアをそう表現したのが始まりです。情報のデジタル化とネット広告の浸透によって購読者数や広告収入が減少し、世界中でニュース企業の経営難が進んでいます。買収、統合と記者の解雇などにより、地域発のニュースが大きく減少しているのです」
「米国では、ニュース砂漠になった地域で、ローカルな政策について住民が議論する機会が失われ、行政のコスト意識が緩んで財政状況が悪化したり、汚職が増えたりすることが明らかになっています」

―日本の状況をどう見ていますか?
「日本でも、新聞社などの支局閉鎖や記者の削減で各地の取材網が縮小しています。全国紙やブロック紙、県単位の新聞に加え、市町村単位のニュースを伝える地域紙やコミュニティー放送局も力を失い、休刊や閉鎖が続いています」
「民間の広報支援企業が昨年、都道府県と全市区町村にアンケートをしたところ、回答した自治体の約3割に記者クラブがある一方で『5年前と比べて滞在する記者が減った』という回答が4割超に上りました」

―メディアの収入減にどう対処すべきですか。
「海外では、財団の資金援助やクラウドファンディングなどに加え、個人の寄付を募集するメディアもあります。例えば英国のガーディアン紙では、購読料ではなく寄付というかたちで500円程度からの少額の資金提供を募っています」
「これからは、正確な情報を伝えるメディアをサポートし、健全な情報環境を保つためのコストを支払うという意識が大切になってきます。好きなメディアに今後も存続して欲しい、と考える人は日本でも少なくないはずです」
「公的支援をしている国もあります。韓国では、健全なジャーナリズムの振興を目的に政府によって財団が設立され、2020年には約8億円が地域新聞に支払われています」

「たとえ1人でも、自治体や公的団体は『記者がいるから』と緊張感を持つ。誰かが見ているという監視カメラのような存在がいるだけで大きな違いがあります。安定した収入のない点が共通に抱える課題です」

アイケンベリー教授、世界秩序の変遷

2025年3月17日   岡本全勝

アイケンベリー教授、トランプ現象」(米主導の国際秩序 揺らぐ)の続きです。

・・・トランプ現象は世界秩序の危機と連なっています。
世界秩序は、20世紀のナチスの台頭・第2次大戦・ホロコースト・広島長崎原爆という一連の危機を経て、米欧民主諸国が国際主義に基づいて構築したのが起点です。戦後の東西冷戦の産物でもあり、西側「自由世界」内部の秩序でした。その成果を幾つか挙げると、第一に米国を盟主とする北大西洋条約機構(NATO)を創設して集団防衛体制を敷いたこと。第二に貿易は自由放任ではなく適度に管理したこと。第三に敵国だった日本とドイツ(当時は西独)を陣営に組み込んだこと。日独は共に非核大国の道を進み、西側の支柱になります。第四は仏独が和解し欧州統合に踏み出したこと。第五は国際通貨基金(IMF)や世界保健機関(WHO)など多国間機構を作り、国際協調を実践したこと。西側は旧来の「帝国の秩序」を脱し、「無政府状態」に陥ることもなく、繁栄を享受します。1989年に冷戦が終わり、91年にソ連が解体すると西側秩序は世界秩序へと一気に拡大します。

しかし21世紀に入ると、この秩序は揺らぎ始める。発端は2003年の米国のイラク戦争。米国はイラクの大量破壊兵器保有を理由として、仏独などの反対を無視して侵攻し、イラク政権を打倒しますが、大量破壊兵器は存在せず、自らの威信を傷つけてしまう。次は08年の米国発の世界金融危機。米国の新自由主義路線が頓挫します。そして中国の台頭。米国は01年、「中国は経済成長すれば、民主化する」と信じて世界貿易機関(WTO)に迎え入れたのですが、見込み違いでした。経済大国化した中国は民主化に向かわず、米国に対抗してきた。実は西側秩序が世界秩序に変容した時、危機は内包されたといえる。自由民主主義・国際主義の価値観が世界で共有されることはなかったのです。

ロシアのウクライナ侵略は戦後秩序の破綻を示しています。ただ地政学上、より重大な脅威は中国の挑戦です。戦後80年の世界は歴史的転換期を迎えたといえます。
人類の運命を左右し得る転換期に米大統領がトランプ氏であることに私は危惧を覚える。喫緊の課題は国際主義の原則を確認し、西側の結束を固めることですが、同氏は関心を示さない。むしろ帝国的勢力圏の拡大を企てているように見える・・・