カテゴリーアーカイブ:社会の見方

近年の日本の経済発展

2009年10月28日   岡本全勝
中井浩之著「グローバル化経済の転換点」(2009年、中公新書)を読みました。今回の国際金融危機と、その背景の国際経済を、わかりやすく簡潔に説明しておられます。一生懸命輸出してお金を貯める「アリの国」と、借金をして輸入をする「キリギリスの国」というわかりやすい表現で、世界貿易と金融の不均衡を解説しておられます。問題は、キリギリスの紙幣で、アリは貯金をしている・金を貸しているということです。詳しくは、本をお読みください。
もっと本格的な類書もあるのでしょうが、新書という大きさが、私たちには読みやすく、ありがたいです。
特に、この20年間の日本、アジア各国、世界の経済成長が、わかりやすく図示されています。その間に、世界の経済は大きく拡大し、特にアジアの発展が著しいです。欧米も、そこそこ伸びています。そして、日本が、伸び悩んでいます。
拙著「新地方自治入門」(2003年)では、驚異的な経済成長で欧米に追いついた日本を背景に、日本の行政を解説しました。その後、アジアの国々が急速に追いついてきて、一方、日本は新たな発展に進むことができませんでした。2010年には、GDP総額で中国に抜かれることは、確実だそうです。もちろん、人口に10倍の差があるので、国民一人当たりの額では、10倍の差があるということですが。「世界第二位」とか「非白人国で唯一成功した国」といった表現は、過去のものになります。
では、日本はどうすればよいか。それは日を改めて、書きましょう。

国際金融危機と政府の役割

2009年10月24日   岡本全勝
昨年9月にいわゆるリーマンショックが起き、世界規模の金融危機が発生しました。そしてそれは、世界同時不況を引き起こしました。100年に一度の危機、あるいは戦後最大の不況といわれるほどの激震でした。対応を誤れば、世界恐慌の恐れがありました。いろんな考察がされていますし、これからも出されるでしょう。
私も官邸で、いろんなことを考えました。
まず、政府の責任、日本政府は何をするべきかです。国際金融という世界は、二つの意味で、政府との関係が難しいです。一つは国際的ということで、それを監視する責任ある組織がありません。国内なら、各国政府の仕事です。もう一つは、市場に対し、どこまで政府が関与するかという問題です。日本政府が提案した内容は、官邸ホームページに載っています。また、世界恐慌を避けるため、政府は各国と協調して、内需拡大策を採りました。
国際金融市場の不安定性に対し、早くから警鐘を鳴らした学者に、スーザン・ストレンジがいます。「カジノ資本主義」や「マッド・マネー」などの著者です。彼女は、「カジノ資本主義」の中で、結末(現状)を導く重要な決定について、次のように書いています。
・・外交の場合は、例えば戦争をするかどうかは、国家(政治)が決める。しかし、通貨システムの場合は、国家(政治)と市場の両方がある。そして、国家が決定する場合、規制などで市場に介入するという「積極的に決定」する場合と、市場に介入しないでなりゆきに任せる「消極的な決定(非決定)」とがある。
市場がグローバルであることと、技術の変化によって、非決定の方が一般的である・・
私は連載「行政構造改革」で、官僚の不作為(第3章二1注41)や、政治の決断の先送り(第3章三2)を取り上げました。

リスク再論・政府が取り組む課題

2009年10月23日   岡本全勝
10月22日の日経新聞経済教室に、林良造先生の「政府、リスク管理手法磨け」が載っていました。政府が、リスクに取り組むべき方法について、参考になりました。しかし、私は、少し違った考えを持っています。
先日も書きましたが、リスクを分類し、狭いリスクと広いリスクを区別すべきだと思います。
先生も、「政府の役割とは、自然や人為的な大規模な破壊による被害を予防・軽減し・・」と書いておられます。私が言う狭いリスクは、これです。
一方、先生が議論を展開しておられる、財政赤字、規制改革の遅れ、不明朗な政策の優先付け、行政機関の様々な不祥事などは、狭い意味でのリスクではありません。これらは、確かに将来、政府に被害を与えます。しかし、自然や人為的な破壊では、ないのです。
リスクは発生が他律的であり、いつ起こるかわからない、発生時刻と規模が予想できないといった特徴で区分すべきです。
政府の政策の遅れや、内部の不祥事は、破壊による被害には該当しません。さらに、リスク管理として、立法プロセスや官僚機構の問題までを視野に入れると、「政府の課題」がすべて、リスク管理に含まれます。確かに、官邸が対処しなければならない問題は、すべてリスクになります。しかしそれでは、政治学がすべてリスク学になってしまいます。

組織のリスク、加害者と被害者

2009年10月21日   岡本全勝
昨日、「個人や社会のリスクと組織のリスクは別だ」と書きました。質問があったので、補足します。
リスクとは通常、危険や被害を受ける可能性を指します。すると、会社や自治体(市役所組織)にとってのリスクも、本来どのような被害を受けるかという可能性です。取引先の倒産や、仕入れた原料の欠陥は、このようなリスクでしょう。会社のビルが災害にあうかもしれない、職員の多くがインフルエンザにかかり仕事が続けられなくなるかもしれない、というような場合も、リスクです。
しかし、職員が事故や不祥事をしでかした、作った製品が事故を起こしたといった事案は、会社は被害者でなく、加害者なのです。
このような場合に、おわびの仕方、記者会見の方法も重要ですが、それは、住民や地域が被害を受ける場合のリスクとは別物です。
「リスク」「リスク管理」といった言葉を、あいまいに使いすぎていると思います。これらもリスクに含めるなら、「加害者になるリスク」と「被害者になるリスク」に区別して議論すべきでしょう。

リスク総論

2009年10月20日   岡本全勝
今日は、大学校で、火災調査科の入校式。2か月間の課程が多く、また同時並行でいくつもの科が進行するので、次々と入校式と卒業式があります。
今日の校長講話は、「現代社会のリスク-私たちの暮らしと政府」をお話ししました。リスク総論といったものです。近年は、リスク学が大流行です。私もこれまで、県の総務部長としての実務経験や、行政の課題として、勉強してきました。さらに、総理秘書官として、広く社会のリスク、災害・事故対策を考えました。
いくつかの切り口がありますが、「個人・家庭のリスク」「地域・国家・世界のリスク」と分けることできます。そして、「人為によるもの」と「自然・偶然によるもの」という分類ができます。また、損なわれる安全安心という観点から、身体・精神、財産、人の自立・人間関係、社会の仕組み・機能などという分類もできます。
次に、個別のリスクを、この分類に当てはめます。それは、災害や事故、テロや戦争といった、よく取り上げられるものだけではありません。病気のほか、貧困、失業、引きこもり、離婚、家庭内暴力といった人生でのリスクも、近年社会問題となっているリスクです。プライバシーの侵害は、新しい被害です。毒物入食品や製品の欠陥などは、消費者庁をつくるまでになりました。
テロも、薬物によるものやサイバーテロなど、一昔前には想定していなかったものにも、備えなければなりません。金融危機やパンデミックも、最近のものです。少し変わったもので、じわりと来るものに、環境問題があります。
目に見えないやっかいなものが、増えています。そして、かつては個人や家庭の責任だったものが、政府の責任になっています。国民保護や製品安全などは、これまでもあったリスクを、新たに政府が取り上げるようになったものです。
このほかに、企業や自治体で関心を持たれている「リスク」に、組織の不祥事、加害者になった場合のリスク管理があります。これは、上に述べた個人や政府のリスクとは、別のものです。