行政刷新会議ワーキンググループは、13日に、地方交付税を取り上げました。
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日本経済の生きる道
日本が今後、活力を持ちつつ、国民が幸せになり、また世界で一定の地位を保つために、適度の経済成長は必要です。そして、これまでのような、先進国への追いつき型経済は無理であり、安価で大量の製造業もアジア各国に太刀打ちできません。
新しい成長を切り開いていった欧米諸国を参考に、日本は独自の道を探さなければなりません。政府は、この春に、日本の優位な点を3つに絞って、成長戦略を打ち出しました。「未来開拓戦略」(平成21年4月17日、内閣府・経済産業省)。
一つは、長寿社会です。日本は、世界に例を見ない早さで、高齢社会になりました。とかく暗いイメージ語られる高齢社会を、活力ある明るい社会にすれば、世界各国のお手本になります。二つ目は、低炭素社会です。日本は、世界一の省エネ・環境技術を持っています。これを伸ばすことは、地球環境を救うことにもなります。三つ目が、日本の魅力を伸ばすです。これはこのHPでもよく書いていますし、昨日も書きました。
もちろん、この分類に収まらない成長分野もあるでしょう。でも、このようなスローガンは、3つが良いのですよね。
世界に売り出せ日本の魅力
嶌信彦著『日本の世界商品力』(2009年、集英社新書)は、これからの日本が伸ばすべき産業を、「クール・ジャパン」という分野で解説しています。
「格好良い日本」「世界があこがれる日本文化」といったらよいでしょうか。
アニメ、漫画、ゲームといったコンテンツ産業だけでなく、ファッション産業、和食産業、観光産業、スポーツ・イベント、小説など。世界で、日本らしさが、高く評価されています。それを伸ばそうという主張です。
寿司や和食は、一部の好き者が食べる、珍しい食べ物ではなくなりました。ポケモンは3兆円を稼いだそうですし、イチロー、松井の活躍、村上春樹の小説なども。
課題は、これらを日本の「主力産業」として育てる戦略です。
価値を生む経済、バブルの経済
今回の国際金融危機が示したことは、実体経済を伴わない金融は、いずれは立ちゆかなくなるということでした。バブル経済の一種だったのです。1980年代後半の日本のバブル経済と比べると、土地を担保にした点は同じです。違ったのは、債券化されより複雑化し、そして世界中に売られたことです。国際金融の規模が、実物経済より大きくなったことは、早くから指摘されていました。
目を歴史に転ずると、もの作りや貿易でリードした国が、金融で儲ける国に「進化」し、そして衰退する例があります。イタリアの都市国家、オランダ、イギリスです、今のアメリカが、その道を歩むのかどうか。
もちろん、金融が悪ではありません。実物を伴わないものは、ゲームであり、いずれ破綻するということです。かつて、金融には「裁定型業務」と「価値創造支援型業務」の二つがあるという、池尾和人教授の主張(2008年9月21日)を紹介しました。
経済が成長するためには、モノなりサービスなり、価値を生まなければなりません。そして、これからの日本は、そのうちの何を伸ばすのか。
近代日本の成功・本人の努力と環境の幸運と
近代日本が驚異的に成功した理由には、日本自身の努力(国民の努力と政府の舵取りが良かったこと)があります。しかし、日本の努力だけでは、こうも成功しなかったのではないかというのが、わたしの考えです。その際の、日本を取り巻く条件(国際的な条件)も、大きかったということです。
戦後の高度成長は、日本の努力だけでなく、競争相手がいなかった、追いかけてくる相手がいなかったことが、大きかったのです。アジア各国はそれぞれの事情で、日本を追いかけることができませんでした。それ故に、日本だけが先進国を追いかける利益を独占しました。1990年代になってアジア各国が追いかけてくるようになると、日本経済の優位性は、弱くなりました。このことは、何度かこのHPで書きました。
もっとすごかったのは、明治維新から日露戦争までです。東洋の島国が30年間で列強と伍するまでになるという、世界の歴史でもまれに見る大成功でした。維新の英雄たちの活躍がなければ、この成功はなかったでしょう。しかし、このときも、国際条件が幸いしました。
アメリカは南北戦争で忙しく、イギリスとフランス、ロシアは、クリミヤ戦争で忙しく、日本にかまっていられなかったのです。あの列強諸国が、侵略の手を控えた時期、19世紀後半に日本は、世界にデビューしたのです。アジア各国は、列強の支配や影響に悩みましたが、日本だけが、違う道を歩むことができました。日本が中国などと比べ、富国強兵・殖産興業につとめたことは、評価されるべきでしょう。しかし、ペリー来航が1800年だったら、どうだったでしょうか。もちろん、アメリカの事情で、そんなことはありえませんでしたが。
近代日本の歴史で、この二つの時期、19世紀後半と20世紀後半の日本の驚異的成功は、日本だけでなく、世界の歴史として記録されるでしょう。しかし、もしその時期が半世紀だけ、前か後にずれていたら、これほどの成功はなかったでしょう。
勝者は成功を自分の功績としたがり、敗者は責任を他者に負いかぶせたがります。真実は、しばしばその中庸にあります。あるいは、視野の外にあります。