カテゴリーアーカイブ:社会の見方

国勢調査速報

2011年6月30日   岡本全勝

総務省が29日に、2010年国勢調査速報を公表しました。30日の日経新聞朝刊が、1面で概要を伝えていました。なかなかショッキングな数値が並んでいます。
人口は少し減少したほぼ横ばいです。総人口が減少するのは、初めてです。65歳以上の高齢者は23%で、世界最高を更新しました。15歳未満の子どもは13%で、これも世界最低を更新しました。労働力人口はさらに減少しました。
女性の労働参加を示すM字カーブ(出産子育てで働く女性が減る傾向)は、かなり改善されています。

悲観論が、日本をさらに悪くする

2011年6月21日   岡本全勝

朝日新聞19日の別刷りGLOBEに、アメリカの投資会社会長ウィルバー・ロスさんの「震災でも揺るがぬ技術力、成長への楽観取り戻せ」が載っていました。
・・1980年代から90年代の初めまで、日本人はやる気とエネルギーに満ち、誰もが日本の成功を確信していた。欧米諸国は真剣に日本に脅威を感じたものだ。あれから日本人の心理にいったい何が起きたのか。
バブル崩壊後の長期停滞で、日本の若者には成功体験がないから、とも言われる。だが私自身、大恐慌が尾を引く時代に生まれ、20年代の米国の繁栄を体験していない。それでも、我々の世代は楽観的だった。大恐慌でも前へ進もうとする「精神」は死ななかった・・なぜ日本の若者はこれほどまでに失望しているのか。悲惨さでいえば、第2次大戦の焼け野原からすべてを始めた彼らの親より上の世代は、もっと大変だったが、もっと楽観的だった。前に進む意欲があった。その子どもたちは将来を悲観している・・
日本の若い世代の「憂鬱」は震災が起きる前から続く現象だ。リーダーたちは何とかして、彼らが再び誇りを感じられるように、高いことを成し遂げたいと感じられるように差し向けなければならない。悲観主義の下では大きな経済成長は望めない・・
経営者が意気消沈していたら、その下で働く人たちにやる気を出せといっても難しい。日本人が必要以上に将来を悲観し、落胆していることに、日本が抱える問題の多くの原因があると思う。日本人には高い職業倫理と技術力がある。ほんの少し米国流の楽観主義を導入すれば、可能性を引き出せるのではないか・・

同感です。指導者や経営者は、悲観論やあきらめを示すのではなく、若者に元気な姿を見せるべきです。そして、マスコミも自虐的な悲観論を増幅したり、第三者的な批判を繰り返すことを止めて欲しいです。もちろん嘘はいけませんが、第三者的批判と悲観論からは、何も生まれません。批判をするなら、代案を出さなければ。

自信をつけたアジア各国

2011年6月14日   岡本全勝

速い速度で変化する社会や経済を追いかけるために、なるべくそれらの本を読むようにしているのですが、時間が取れなくて、買ったまま積ん読も多いです。そしてそれらの本は、1~2年も経てば、時代遅れになるものも多いです(反省)。最近は新幹線での出張が増えたので、少し時間が取れます。もっとも、疲れて寝ていることも多いですがね(これまた反省)。
NHKスペシャル取材班『NHKスペシャル 灼熱アジア』(2011年、講談社)は、私の問題関心に合う本でした。2010年の8月と11月に放送された番組を、本にしたものです。タイの経済発展と買収される日本企業、中東でのエネルギーをめぐる闘い、インドネシア市場の争奪戦、中国の環境市場を巡る日韓の闘いを取り上げています。
1997年の通貨危機、2008年のリーマンショックで大きな打撃を受けながら、復活できない先進国をよそ目に、大きな成長を続けるアジア。そのアジアの勃興に対し、減速する日本企業がテーマです。
そこにあるのは、後発国の追い上げを見ながら、なお自信を持っていた先進国日本は、過去のものになったということです。日本に追いついただけでなく、ある部分では追い抜いた韓国と中国、彼らの自信。まだ一人当たりGDPは少ないながらも、先進国へのコンプレックスを払拭し自信をつけたアジア各国の姿です。

日本だけがなぜ、欧米にキャッチアップできたか。かつて日本人は、日本の優秀さや後発国のメリットを指摘しました。しかしそれは、一面しか見ていませんでした。私は、一人当たりGDPの各国の軌跡を示すグラフで説明する際に、「日本がキャッチアップに成功したのは、日本の優秀性によるが、日本だけがこのメリットを享受したのは、アジア各国が経済発展に目覚めなかったからだ」と解説しています。韓国は北朝鮮との対峙、中国は共産党の政治優先、インドシナ半島はベトナム戦争など、政治を優先し経済開発を後回しにしたのです。彼らが政治的安定を得て、経済開発に舵を切った時、日本の一人勝ちは終わりました。
手前味噌に言うと、日本が「政治より経済が重要だ。独自路線は必要ない、欧米にまずは追いつけばよい」というお手本を見せたのです。
幸いなことに、その時点では日本は世界のトップグループに仲間入りしていました。
私は、ヨーロッパは歴史的背景とともに、同程度の豊かさなので共同体ができるが、アジアはいつのことになるやらと、考えていました。しかし、いずれ近い将来に、アジア各国が同じような豊かさになるでしょう。その時に、日本は何で優位性を保つか。また、対等協力の関係ができたことを、どう活かすかが、次の課題です。

社会とは何か、社会学とは何か

2011年6月5日   岡本全勝

突然気が向いて、盛山和夫『社会学とは何か―意味世界への探求』(2011年、ミネルヴァ書房)を読みました。制度や秩序とは何か、社会科学での客観性とは何か。長年悩んでいました。その回答が書かれているのではないかと思ったのです。この本はわかりやすく、かなり答をもらいました。
先生はあとがきに、次のような趣旨のことを書いておられます。
大学の卒業論文で「階級とは何か」に取り組んだが、挫折に終わった。「階級概念をどう定義すべきか」という問いが解けなかっただけでなく、解ける見通しさえ立たなかった。
・・今では、この挫折の理由は明らかである。なんといっても最大の理由は、「階級概念をどう定義すべきか」という問いは、「階級」が客観的に実在しているという前提のもとではじめて意味をもつ問いであるのに対して、実際のところ、「階級」はけっして通常の意味で客観的な実在ではないということである。今ふうにいえば、「階級」とは構築されたものなのだ・・
そして、「社会制度とは、経験的な実在ではなくて理念的な実在である」という考えにいたった。

社会学の対象となるもの(社会)は、各人の主観的な意味世界の了解から成り立っていること。そして、社会学における客観性についての考え方が、著名な学者の歴史をたどることで、わかりやすく説明されていました。社会学が問題を立てる段階で、単に「経験的」でなく「規範的」であることも。

もっとも欲を言えば、では次に社会と社会学はどの方向に、あるいはどのような方法で進めばよいかは、書かれていません。はしがきには、次のようなことも書かれています。
・・19世紀の半ばに創設され、20世紀の初めに確立した社会学は、その時代の先進産業社会の課題を引き受ける形で発展してきた。近代化や産業化、あるいは階級や社会変動が社会学の大きなテーマであったのはそのためである。
しかし、1970年代くらいを境に、現代社会の課題に重要な変化が起こった。貧困や階級の問題が大きく後退し、そのかわりに、環境、ジェンダー、マイノリティ文化などの問題が新しく重大な関心事となっていった。それに加えて、多くの先進社会では、少子高齢化、社会保障制度の持続可能性、若年労働者の失業など、それまでの産業化のプロセスのなかでは存在しなかったかあるいは一次的にしか存在しなかったような問題に、恒常的に直面することになったのである。
こうした時代の変化をうけて、社会学の研究テーマは多様化し、分散し、拡散していった。それは一方では新しく、革新的で、創造的な探求の広範な展開を意味していた。しかし他方では、社会学のアイデンティティの拡散であり、伝統的な社会学とのつながりの希薄化であり、学問的共同性の弱まりを意味することになってしまったのである・・
・・1970年代以降の社会学の混迷には、それまで無意識のうちに前提とされていた「社会」の観念が壊れてきたことが無視できない背景としてある。端的に言って、「客観的に実在する社会」というものが前提されていたのであるが、その前提が崩れてしまった。それによって、「客観的に実在する社会」を対象とする経験科学としての「社会学」という構図が解体してしまったのである・・

その関連で言えば、東大出版会PR誌『UP』5月号に、盛山先生が「近代、理論、そして多元性―戦後日本社会学の世代論的素描」を書いておられました。これは東大出版会60年を記念して、各学問分野で「60年を読む」というシリーズの一つです。4月号は地球科学について、木村学先生の「回顧 地球科学革命の世紀」でした。プレートテクトニクス理論が、簡単には受け入れられなかった歴史が紹介されていました。

日本社会型雇用とリスク意識

2011年6月2日   岡本全勝

リスク論を勉強する過程で、山岸俊男、メアリー・ブリントン著『リスクに背を向ける日本人』(2010年、講談社現代新書)が、参考になりました。いくつか紹介します(この仕事に就く前に読んで、放ってありました。忘れないように書いておきます)。

雇用の安心には二つの形がある。一つは終身雇用型、もう一つは再雇用のチャンスがあること。すなわち、日本での雇用の安心は、企業に就職し定年まで雇用が保障されることで、雇用の安定とは、首を切らないこと。雇用不安は非正規雇用が増えるからで、正規雇用にして簡単に首を切れないようにすることが安心。他方、北欧は、会社にしがみつくのではなく、失業者に訓練の機会を与えて、より生産性の高い産業で再雇用されるように支援するやり方。

アメリカの社会学者マーク・グラノヴェッター教授が唱えた「ウイークタイズ(弱い結びつき)」。家族や親しい友人などに代表されるストロングタイズ(強い結びつき)から得られる情報は、つながっている人たちの輪が限られているので、すでに自分も知っている情報と変わり映えがしない。しかし、それほど親しくない知人からは、自分が知らない情報を得られる可能性が高い。

「空気が読めない」=KYという言葉が流行った。これは、自分の意見を発信することで、まわりの人たちを変えていこうという発想がないことを意味いしている。まわりの人たちを変えていこうというんじゃなく、まわりの人たちから受け入れられているかどうかにだけに目が向いてしまっている。場の空気を乱さないよう、まわりの人たちが何を考えているのかを予想して、そうした考えに自分を合わせるためのコミュニケーションに気をとられてしまう。
終身雇用制が確立している日本では、今の会社を首になった人は、別の会社では簡単に雇ってもらえない。だから、今の会社の仲間や上役から嫌われないようにするのが、無難な行動原理。とりあえずそういう行動をとると、本当に欲しいものを手に入れることができなくなるコストがあるが、まわりの人からつまはじきにされるというもっと大きなコストは避けることができる。アメリカ人にとっては、今まわりにいる人に嫌われても、別のチャンスがあるから、自分の意見を主張する。
アメリカにも「空気の支配」はある。ケネディ大統領の最初で最大の失敗であるキューバのピッグス湾上陸作戦。CIAの甘い見通しをもとにした強硬意見がその場の「空気」を作りだし、冷静な判断が抑えられてしまった。