カテゴリーアーカイブ:社会の見方

つながりによる経済への効果

2011年9月4日   岡本全勝

戸堂康之著『日本経済の底力』(2011年、中公新書)を、読みました。長期停滞を続ける日本経済、大震災後の日本の経済を立て直すには、どうすればよいのか。わかりやすかったです。
鍵は、グローバル化と産業集積であると、主張します。そして、もう一つ、これらの基礎にあるつながりの重要さを、指摘します(細かいことですが、目次の第4章「産業集績」は「産業集積」の間違いでしょうね)。

海外に輸出する、工場を造る、国際的共同研究をする、海外でサービス業を展開する、投資を呼び込む。これらが、日本企業を刺激し、成長をもたらすというのです。
地域の産業集積も、企業や研究者が近くにいることで、情報を得、刺激を受け、アイデアやヒントを得ることができます。それが、大きな効果を生みます。企業や研究者が「つながり」によって、新しい刺激を受けること。これが経済発展、研究開発をもたらします。

つながりといっても、仲間同士で内にこもっていては、よい効果は出ません。アイデアやヒントを求めている人にだけ、「違う世界」「違う考え」が、よい刺激になるのです。リンゴが落ちるのを見ていても、引力を見つけたのは、ニュートンだけでした。他方、あまり関係ない者がつながっても、これまた成果は少ないでしょう。

かつて経済学では、合理的行動をする経済人や企業を想定して、議論がなされましたが、近年では、制度や慣習の重要性が、指摘されています。経済主体だけでなく、その行動を制約する環境と条件です。そして制度や習慣が、簡単には変えることができないこと、そしていくつもの制度や慣習がお互いに依存しあっていることが、指摘されています。社会学では、当たり前のことだったのですがね。
その目に見えない制度と習慣をどう変えていくか。この「つながり」は、一つの視点だと思います。
もちろん、経済だけでなく、社会や政治の分野でも重要です。人はひとりでは生きていけない。安心できる社会は、できないのです。孤独死が明らかにしたことであり、マイケル・サンデル教授の政治哲学の視点です。

日本社会、信頼感の欠如?

2011年8月22日   岡本全勝

8月17日の日経新聞経済教室、ビル・エモットさんの「信頼と連帯感取り戻せ」から。
・・経済学とは、単に統計や方程式を扱う学問ではなく、根本的には人間の行動を研究する学問である。そして人間の行動では、心理的な要素が重要な役割を果たす・・
日本経済、いや東北の経済でさえ、東日本大震災で長期的に影響を被ると予想すべき理由は何もない。問題は、この「長期的」という概念である。この言葉は漠然としているが、重要な意味をはらんでいる。
英国が生んだ20世紀で最も著名な経済学者ケインズは、英国経済は30年代の大恐慌から「長期的には」立ち直るだろうと述べた批判論者に対し、「長期的にはわれわれは皆死んでいる」と答えた。言い換えれば、人の一生は短期間で終わると述べたのである。人間にとっては、数年かせいぜい10年の単位で短期的に起きることの方が、長期的に起きることよりも重要になる・・
(経済の回復について)ともかくそれは、人間心理と、そして国から市町村にいたる共同体の両方にまつわる問題となるだろう。
なぜ心理的かと言えば、震災後初の景気回復を経てから日本がたどる道のりでは、信頼感が決定的な要因となるからである。投資に対する企業の信頼感、将来に対する家計の信頼感である。そしてなぜ共同体かといえば、望ましい未来の実現に向けて何をすべきかの決定は、国か地方かを問わず、共同体全体で醸成されるコンセンサス(合意)の度合いに左右されるからである。そしてこの決定は、信頼感にも影響を及ぼす。
日本で政治が混迷しているのは、このコンセンサスと共同体の連帯感の欠如が原因である・・
大震災に関しては、国民は深い同情の念を共有している。だが、これから何をすべきかについて、何らかの強い感情が共有されているようには見えない・・

ごく一部を紹介しました。原文をお読みください。
私は、日本社会全体の信頼感が薄くなったとは、考えません。政治と経済について、うまく行っている時は国民は信頼する、うまく行っていない時は信頼しない、ということでしょう。学校や教師に対しても、同じです。古人曰く「金の切れ目が縁の切れ目」「苦しい時に分かる真の友」・・。
しかし、その信頼が薄くなると、社会や経済がうまく回らなくなり、さらに信頼がなくなるという悪循環に陥ります。もっとも、「信頼していない」という質問と答が成り立つのは、一定の信頼があるからです。全く信頼していないなら、そのような問いと答は成り立ちません。

科学者の行政への助言

2011年8月21日   岡本全勝

8月18日の日経新聞経済教室に、吉川弘之東大元学長が、原発事故をめぐる科学者の役割について、「科学、統合的知性の創造を」を書いておられました。
・・3月11日以降、新聞、テレビには多くの専門科学者が登場したが、その解説の内容は一致せず多様であった。これらの科学者の解説努力の結果は、一般の人々の不安を増大することとなった。
さらに問題なのは、事故対応の行動者に対する科学者の助言である。行動者とは、事故現場で働く作業者、作業指示者、電力企業、機器企業、自治体、政府などであり、その決定と行動が、原発事故の進行や地域の人々の避難などに影響を与える。行動者の行動が事故の収束に有効なものであるために、原子力発電に固有の専門的知識を持つ科学者の知識を結集する助言が必要だったはずである・・
科学者の助言には、工学研究者が企業技術者に行うような同じ領域内での専門的助言と、行政への助言のように専門内にとどまらない公的決定に対する社会的助言という2つの場合がある。原発事故への助言は社会的助言である・・
この社会的助言は「独立で、偏りがなく、そしてどの学派も代表しない」という中立的助言でなければならないとの考え方が、欧米では定着してきている。これは欧米において生命倫理、遺伝子組み換え食品、BSE(牛海綿状脳症)などの困難な経験を通じて、科学アカデミーと社会との間で合意に到達したルールである。もし上記の考えに従わず、一人ひとりの科学者が自己の考えをそのまま助言すれば、学会の中での学問上の対立が社会に持ち込まれて、社会的紛争を拡大してしまう。
わが国でも、公害、薬害、食品衛生、干拓、ダム建設などにおける科学者間の解釈の違いが政策決定の差異を強化して社会的紛争を激化させ、被害や社会的損失を拡大してしまった例が多くあるが、残念ながらこれらから学ぶことがなかった・・

先生は、さらにいくつも重要な論点を、指摘しておられます。原文をお読みください。

経済のグローバル化と日本文化

2011年8月1日   岡本全勝

岩波書店PR誌『図書』8月号、原研哉さんの「北京から眺める」から。
・・日本は千数百年という歴史を持ちながらも、明治維新を契機に西洋文明を全面的に受け入れた。これは文化史的に見ると一つの挫折であるが、そのおかげで、近代国家として西洋列強に浸食されない国としてすれすれの体裁を保つことができた・・
・・明治に日本を置き忘れ、工業化によって風土を汚したといっても、そのままで済ますわけにはいかない。千年を越えて携えてきた文化は、そう簡単に捨て去れるものでもない・・
・・ふすまや障子のたたずまいは、空間の秩序のみならず、身体の秩序、すなわち障子の開け閉てや立ち居振る舞いという、躾けられた所作に呼応して出来上がってきたものだ。いかに美しく、そしてささやかなる矜持を持って世界に対峙し、居を営むかという精神性と一対をなしている・・
・・経済がグローバル化すればするほど、つまり金融や投資の仕組み、ものづくりや流通の仕組みが世界規模で連動すればするほど、他方では文化の個別性や独創性への希求が持ち上がってくる。世界の文化は混ぜ合わされて無機質なグレーになり果てるのを嫌うのだ
・・幸福や誇りは、マネーとは違う位相にある。自国文化のオリジナリティーと、それを未来に向けて磨き上げていく営みが、結果として幸福感や充足感と重なってくるのである・・

林宏昭先生の新著

2011年7月18日   岡本全勝

林宏昭先生(関西大学経済学部長)が、『税と格差社会-いま日本に必要な改革とは』(2011年、日本経済新聞出版社)を出版されました。
抽象的な税の理論書ではなく、現在の日本社会が抱える問題に即して、税金のあり方を述べておられます。少子高齢化、格差、地域間格差、社会保障、さらには災害復旧負担のあり方までです。大学生だけでなく、広く一般の方向けに書かれています。ご一読をお勧めします。
先生は、「学部長になって忙しい」と、おっしゃっていたのですが。どうして、どうして・・。