カテゴリーアーカイブ:社会の見方

新聞の取扱説明書

2025年5月14日   岡本全勝

新聞を読まない人が増えています。
先日の立命館大学での講義の際にも、新聞を読むことの意味を説明しました。100人のうち3人ほどが紙で読んでいました。私は彼ら彼女らに向かって「私が採用担当だったら、あんたたちを採用するよ」と褒めました。スマホで読んでいる学生は、かなりいました。

新聞を読まなくても、ニュースはスマートフォンなどで簡単に手に入ります。というか、向こうから伝えてくれます。かつては、ニュースを伝えることの競争相手は、テレビとラジオだけでしたが、多くの人がスマホを持つようになって、どこでもいつでも見ることができるようになりました。その点では、新聞は勝てません。しかし、新聞の主な機能は、早くニュースを伝えることではありません。
新聞紙面の機能は、世の中にある膨大なニュースから重要なものを選択して、並べてくれることにあります。もう一つの効果は、関心のない記事も目に入るということです。何度も同じことを言っています。継続は力なり、という見方もあります(苦笑)。「新聞の役割

立命館大学では、私は口頭で学生に説明しました。何かよい資料があれば使いたいのですが、適当なものがありません。新聞社の努力が足らないと思います。新聞の機能を自明のこととして、宣伝が足らないのです。ほとんどの商品に、「効能書き」や「取扱説明書」があるのに。

 

日本を待つ「転落の50年」2

2025年5月10日   岡本全勝

日本を待つ「転落の50年」の続きです。このままでは日本の経済力はさらに低下する予測のあとに、小竹洋之コメンテーターは次のように主張します。

・・・不確実性の高い長期予測に固執するつもりはない。そこに映る課題を直視し、早く手を打てと言いたいだけである。思い知らされるのは、GDP関連の順位の低下が50年以降に加速する姿だ。世界有数の経済大国からの転落が鮮明になり、日本全体に敗北感や諦めムードが広がれば、抜本的な改革への意欲はうせてしまう。

トランプ関税への対応も、転落の50年を回避する成長戦略に沿うものであってほしい。環太平洋経済連携協定(TPP)を含む自由貿易圏の拡大・深化、グローバルサウス(南半球を中心とする新興・途上国)の発展を見据えた供給網の再編や販路の開拓、AIや脱炭素などへの投資を通じた既存産業の強化と新規産業の育成……。官民がともに知恵を絞り、これらの具体化を急ぐべきだ。

「経済の再建にさほど大きな変化を必要としていないにもかかわらず、指導者らがそれすら起こせないところに悲劇がある」。日本経済の専門家で、近著の邦訳「『失われた30年』に誰がした」を3月に出版した米ジャーナリストのリチャード・カッツ氏は、何よりも政治の不作為を嘆いていた。
その汚名を返上する覚悟はあるのか。トランプ関税を口実に、与野党で人気取りの現金給付や減税を求める声ばかりが先走るのは、無責任のそしりを免れない。
欧州などでは超大国・米国の変質を前提に、経済や安全保障の国家戦略を練り直す動きも見られる。日本の最大の国難は、かくも貧しき政治ではないのか・・・

灯りを描くには周りの暗さを描く

2025年5月9日   岡本全勝

東京大学出版会の宣伝誌『UP』に、画家の山口晃さんが「すずしろ日記」を連載しておられます。
5月号(第241回)は、新緑の鮮やかさが目に入り、さらに感覚器官の興奮を引き起こすことと、セザンヌがそれを絵の中に作り上げたことを書いておられます。そこに、次のような文章があります。
・・・ローソクの灯りを描こうと思ったら、逆算して灯り以外の暗さを描くしかないのだが、セザンヌのした事はそれに似ている・・・

あるものごとを分析する際に、そのものごとの内部を深く分析するだけでは理解できず、それが社会でどのような位置を占め、どのような影響を与えたかを分析する必要があることを思い出しました。「内包と外延、ものの分析

日本を待つ「転落の50年」

2025年5月8日   岡本全勝

4月19日の日経新聞に、小竹洋之コメンテーターの「日本を待つ「転落の50年」」が載っていました。
・・・トランプ米大統領が連射する高関税砲は、貿易立国・日本の存立基盤を揺るがしかねない。石破茂首相が「国難」と呼ぶのも、決して大げさではあるまい・・・だが政府・与党の安易な対応は目に余る。自動車をはじめとする基幹産業が高関税にさらされ、成長の源泉が侵食されそうな時に、今夏の参院選をにらんだバラマキに精を出す始末である。
それで当座をしのげても、国民の食いぶちを安定的に稼ぎ出せるわけではない。経済対策の的を真の弱者に絞り、むしろ成長戦略に多くの国費を投じるべきだ・・・

・・・振り返れば、日本の経済はまさに国難続きだった。深刻なデフレや少子高齢化などが重なって、バブル崩壊後の「失われた30年」と評される今の苦境がある。
豊かさの指標といわれる人口1人当たりの国内総生産(GDP)で見ると、1990年代以降の日本は、過去300年余りで3度目の深刻な凋落を経験した――。経済産業研究所の深尾京司理事長(一橋大学特命教授)は、自著「世界経済史から見た日本の成長と停滞――1868-2018」にこう記す。
覇権国とのギャップが著しく拡大するのは江戸時代の末期、第2次大戦の前後に続く現象だ。「過去2回は鎖国や戦争の影響で技術の格差が広がった。今回は資本蓄積の遅れや労働の質の低下も目立つ」と深尾氏は話していた。
その日本で賃金と物価の上昇に好循環の兆しが現れ、長期停滞の出口を探り始めたタイミングでの高関税である。経済と市場の安定に万全を期すのは当然だが、痛み止めに終始していては、いつまでもトンネルを抜けられない。

そして今度は「転落の50年」の扉が開く。日本経済研究センターが3月にまとめた長期経済予測を見てほしい。トランプ関税の影響などを織り込まない標準シナリオで、実質GDPの世界ランキング(83カ国・地域)を試算すると、日本は24年の4位から、75年には11位に後退するという。
1人当たりの実質GDPでは29位から45位に順位を下げ、中位グループに埋没する結果となる。「人工知能(AI)の普及や移民の拡大、雇用制度の見直しなどに取り組み、とりわけ労働力人口1人当たりの生産性を引き上げる努力が欠かせない」と岩田一政理事長(元日銀副総裁)は訴える。

米タフツ大学のマイケル・ベックリー准教授は18年の論文で、経済・軍事両面の国力を測る簡便な指標として「GDPと1人当たりGDPとの積」に注目した。人口大国の実力を過大評価しがちなGDPよりも、一国が抱える正味の資源をいかに効率的に対外活用できるかを的確に示すという。
静岡県立大学の西恭之特任准教授も、これを支持する。日経センターの長期予測を基に、実質GDPと1人当たり実質GDPとの積を試算すると、日本は24年の5位から、50年には8位、75年には14位に後退するそうだ。
いずれも首位は米国で、中国、ドイツ、英国が続く。2位以下を大きく引き離す米国を100とした場合、日本は6.2から3.6、2.6に低下する。「労働力人口の比率を維持し、1人当たり・1時間当たりのGDPを極力増やしたい」と西氏は語る・・・
この項続く

ネット時代に教養は成り立つか

2025年5月6日   岡本全勝

4月5日の朝日新聞オピニオン欄「「教養」はどこへ」、大澤聡さんの「知の対話へ、いまこそ読書」から。

・・・本を読むことで教養を形成するという価値観は、近代だからこそ成り立っていたのかもしれません。
インターネットによってあらゆるものが可視化された現代では、世界は無限に広がっていて、全てを把握するなんて無理だと事前にわかってしまっています。
しかし手に入る情報が限られていた時代には、必読リストを読破すれば世界の全てがわかるはずと思い込めました。冊数が限られ、頑張ればゴールまで行けそうな気がするからこそ挑む気になれたのでしょうね。
本には目次があります。1章、2章と番号を振って情報に序列を付け、スタートからゴールまで一直線に構築された体系性があります。前へ前へ、より高く、と駆り立てるその構造は、人格を高めたい、賢くなりたいという「教養主義」の上昇欲に合致していました。

一方、目次のないネットの世界はすべてがバラバラで、序列も体系もあいまいです。情報が無限にあってゴールが見えないため目指そうともしなくなります。
そもそも、誰もが共有すべき知識や価値観があるという考え方は、権威を崩してみんな対等だとみなす20世紀後半からのポストモダンの時代に、力を失いました。多様性が重視される時代を背景に「この本は読んで当たり前」という同調圧力は働きにくくなり、教養は雑学や趣味のようなものに変わってきています。

気になるのは、多様化の中でむしろ権威主義化が進んでいることです。専門の島宇宙それぞれに小さな王様がいて、よその島から口を出すなという雰囲気がある。これでは全体の見取り図は描けません。教養主義が内包する「他者を知りたい」という知的欲求は手放すべきではないでしょう。
いま必要なのは島と島をつなぐ対話的教養です。自分の島の知を元手に、他の島の知への推測を働かせ、共通点を探る。そんな「比喩」や「要約」の力を磨くことが大切になります・・・