カテゴリーアーカイブ:社会の見方

『仏教は、いかにして多様化したか』

2025年5月29日   岡本全勝

佐々木閑著『仏教は、いかにして多様化したか 部派仏教の成立』(2025年、NHK出版)が、勉強になりました。

仏教には大乗仏教と小乗仏教があると習いました。現在では、大乗仏教と上座説仏教と言うようです。ところが日本にはたくさんの宗派があり、中国から輸入した経典も膨大な種類があります。釈迦がつくった仏教、釈迦が死んで200年後には、20もの部派に分かれたそうです。それが中国に輸入され、日本はそれをまた輸入します。

多くの部派に分かれたのは、釈迦の教えを、弟子たちが自らの考えや、自分たちに都合の良いように解釈し、改変したからです。釈迦は自ら苦行して悟りの境地に達するとしましたが、それを守った集団と、一般人はそんなことはできないので祈るだけで釈迦の近くに行けると変えた集団がでます。前者と後者では、全く違いますよね。でも、信者を獲得するには、後者の方が都合が良いのです。
後者はその程度によって、さらに分裂します。経典がたくさんあるのは、彼らが自分の説を「仏教だ」と主張したからです。これは、聖書やクルアーンでは考えられないことでしょう。

たくさんの仏さんがいることは、多神教に近いのかもしれません。もっとも、キリスト教でもいろんな天使がいますが。
日本では、鎌倉以降の仏教がさらに独自の解釈を立てて、分裂します。そして、妻帯も認めます。お釈迦さんが見たら、びっくりするでしょう。各宗教集団は、信者を獲得し、勢力を広げ、それぞれ経営集団になります。江戸時代には、役所に組み込まれ、地位が安泰します。

私は、なぜこんなに経典が多いのか、宗派が多いのか、疑問に思っていました。この本を読んで、明確になりました。お勧めです。
もう一つ、宗教学者あるいは経営学者に期待したいのですが。世界の宗教を、経営組織として分析してもらえませんかね。人の採用、収入の確保、支出の内容、資産の内容などです。集団として持続するためには、避けて通れない問題です。教義も重要ですが、カネと人がどのように集められ、使われているのか知りたいです。

英語が日本共通語に?2

2025年5月28日   岡本全勝

英語が日本共通語に?」の続きです。
私は、言葉は簡単に変わらない(私自身がずっと関西弁です)と考えていたのですが、考えを変えました。その理由は三つあります。

1つ目は、現実の体験です。
最近のテレビニュースを見ていると、沖縄の人も鹿児島の人も、ほとんど東京共通語を話しています。40年前に私が鹿児島に勤務したときは、言葉が通じなくて苦労しました。単語、アクセント、イントネーションが異なるからです。県教育長に「どれくらい練習したら、かごっま弁が身につきますか」と尋ねたら、「岡本さん、あきらめなさい。高校生までに鹿児島で育たないと、無理です」と教えてくださいました。
戦前から政府は、学校教育で方言をやめさせようと努力したのですが、なかなか変わりませんでした。それが、テレビなどの普及で、若者から言葉が急速に変わったのです(すると、関西弁は、いつまで生き残るでしょうか)。
禁止しても変わりませんが、憧れがあると変わります。5月19日の日経新聞が「方言、30年後ねぐなるんだが? 沖縄や北海道の8地域「消滅危機」」を書いていました。

NHKの朝ドラ2001年度前期は「ちゅらさん」でした。「おばぁ」が、東京人でもわかる程度の沖縄弁を話していました。2022年度前期の「ちむどんどん」になると、仲間由紀恵さんも、ほとんど東京共通語を話していました(私の偏見です)。

2つ目は、国際化が進み、英語が必須になりつつあるからです。小学校から英語を教え、大学生になれば日常会話や読書ができることが期待されています。京都のタクシー運転手や和風旅館の従業員も、英語を話しています。インテリだけでなく、普通の職場で英語が広がっているのです。

そして3つ目が、日本人の英語への憧れです。先に書いたように、新しい会社名や新製品名は、英語または英語もどきが多いです。紙の手提げ袋に印刷されている文字も英語。若者が来ているシャツに印刷されている文字は、日本語は見かけず(着ているとしたら外国人)英語です。野球やサッカー選手の胸に書かれている球団名も、ほぼ英語です。自動車の車名も、アルファベット。
ことほどさように、日本人は英語に憧れています。すると、方言から東京共通語に変わりつつあるように、英語に切り替わるのも早いのではないでしょうか。もちろん「文法が違う」との反対論が出るでしょうが。文法は学校で教えています。

これを考えれば、3世代あれば、日本語は英語に取って代わられるのではないでしょうか。私は、望んではいないのですが。100年後を見てみたいです。

情報過多の逆効果

2025年5月27日   岡本全勝

紙の教科書、電子の教科書」の続きです。酒井邦嘉・東京大教授の発言に、次のような話があります。
「デジタルの利点は教育において、むしろ裏目に出ることが多い。
最近の教科書にはデジタル教材につながるリンクが多く載っているが、情報過多となり、逆効果だ。リンクがある度にそのまま読み進めるかどうかの判断を迫られる結果、思考を巡らせながら読むことができなくなり、理解の妨げとなる」

納得します。紙の文章でも注が多いと、そのたびに本文の流れが中断してしまいます。私はたいてい、注があってもその時に読まず、後でまとめて読むことが多いです。
インターネットで文章を読んだりすると集中できないのは、酒井先生の指摘されていることが理由なのですね。

新聞とネットニュースの違いに、有限と無限の違いがあります。無限の方がたくさん知ることができると思いますが、そうではありません。無限はキリがないのです。それと、主たる記事を集中して読むことができません。
ネットサーフィンしていると、「あれ、私は何を調べていたんだっけ」と当初の目的を忘れていることが多いです。テレビでも、チャンネルが多いと、一つの番組を集中してみることができません。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」ではなく、「多兎を追う者は一兎をも得ず」です。

先生の発言には、次のようなこともあります。
「検索機能や動画の視聴など、様々な機能があるほど便利にはなるが、その一方で思考力や創造力が奪われ、人間は脳を使わなくなってしまう」

これも、大いに納得します。自分で考えない人が増え、学校だけでなく職場でも困ったことが起きるでしょう。他方で、独裁国家はやりやすくなります。情報統制をしておけば、国民はそれを鵜呑みにするのです。強権を発動しなくても、権力が(間違ったことをしても)正しいと思い込むでしょう。

機械によって便利になれば、それまで使っていた機能は退化します。
人類の足は、運動選手を除いて、どんどん退化するでしょう。孫たちには、マッチで火をつける方法や、かまどなどでご飯を炊く方法を教えなければなりません。機械が止まったとき(停電したとき、災害時)に、それが露見します。

英語が日本共通語に?

2025年5月26日   岡本全勝

日本語の表記3」「大学での英語の授業」の続きになります。
私の妄想ですが。あと100年も経たずに、英語が日本語に取って代わり国語となり、現在話している日本語は古語になるのではないでしょうか。「日本語の表記2」「日本語の表記3」で、日本語に英語がたくさん輸入されている。それは、1500年前に漢字を導入したように、今度は英語に切り替えつつあると書きました。

インターネットの普及で、英語の文章や会話に、簡単に触れることができるようになりました。大学などで英語の授業に苦労するより、早い段階で英語を身につけようとする人が増えるでしょう。小学校から英語を教えるようになりましたし。
理科系の大学院生は英語で論文を書いて、インターネットで発信しているでしょう。海外との取引、国際的に活躍する企業人も英語が必須です。そして、英語は世界共通語になりました。リンガ・フランカです。英語を母語としない国の人も、英語を学ぶでしょう。すると、お互いに英語で会話することになります。日中、日仏などの通訳が不要になります。

日本語を母語として英語も話せることが理想ですが、人間の脳はそんなに器用にはできていません。2世代から3世代あれば、言葉は切り替わると予想します。
私は、言葉は簡単に変わらないと考えていたのですが、考えを変えました。その理由は、次回に。

日本語の表記3

2025年5月25日   岡本全勝

日本語の表記2」の続きです。
「1500年前に漢語を取り入れ、現在は英語を取り入れている」と説明しました。
今は英語を取り入れる際に、カタカナに変えて取り入れるのが主ですが、アルファベットのままで取り入れることも進んでいます。そして、新しい言葉だけでなく、日本語にある(漢字やひらがなにある)言葉も、英語に置き換えることが進んでいます。例えば、フォローする、クリアする、サポートするなどです。

これが進むと、「フォロー」「クリア」「サポート」は、アルファベットで、follow、clear、support と書かれるようになるでしょう。
キーボードで入力する作業を考えてください。ローマ字変換では、foro-、kuria、sapo-toと入れます。私は時々英文を入力する際に、困ってしまいます。ローマ字変換になじんでいるので、英語の綴りがすぐに出てこないのです。二カ国語に通じれば、英語もすぐに出てくるのでしょうが、多くの人はその域まで達しません。
それなら、最初から英語(アルファベット)で、日本文に入れた方が簡単です。若い人は、順次それになじむのでしょう。「日本語を大切に
1350年ほど前には、それまで「おおきみ」と呼んでいたものを、「天皇」と文字も発音も変えた経験があるのですから。

その次には、英語の発音も取り入れると思います。古代の日本語には、らりるれろで始まる単語がなかったとのことです。辞典に出てくる語は、漢語か欧米から取り入れたものです、ラジオ、ルリカケスとか。しりとり遊びの際に困るのですよね。中国から伝わった「馬(マ)」「梅(メイ)」も発音できず、ウマ、ウメと発音しました。
いずれRとLの違いやthの発音も、日本語に取り入れられるのでしょうか。
すると残る英語との違いは、文法になります。

なお、国語の表記を入れ替えた例には、韓国(漢字を廃止してハングルに)、トルコ(オスマン帝国を滅ぼし、アラビア文字を使ったオスマン語からアルファベットを主体としたトルコ語に)があります。