カテゴリーアーカイブ:社会の見方

細谷雄一先生、歴史認識とは何か、2

2015年8月17日   岡本全勝

細谷雄一著『戦後史の解放Ⅰ 歴史認識とは何か』p36。
・・・日本の歴史教育における問題点は、歴史理論を学ばないということである。つまりは、広範な資料に基づいて、徹底的に研究を深めていけば、普遍的に受け入れ可能な「歴史的事実」にたどり着けるというナイーブな歴史認識が広く見られ、またそのような「歴史事実」は他国の国民とも共有可能であるという楽観的な想定がある。そのような想定こそが、これまで日本が他国との間で歴史認識問題をこじらせていった一つの原因ではないだろうか。そもそも、歴史学といっても、各国によって教育を通じて教えられるナショナル・ヒストリーは異なり、また時代によっても歴史理論の潮流は大きく変化している・・・
として、有名なカーの『歴史とは何か』を引用しています。続きは、原文をお読みください。

大学生の頃、「自然科学には唯一の正解がある(実はそうでない場合もあるらしいのですが)が、社会科学では唯一の正解はない、人によって解釈が違う」ということを教わって、目から鱗が落ちたことを思い出します。よって、自然科学では、問題を解く場合は正解を求めることです。しかし社会科学では、多くの人が納得する答を見いだすこと、納得しない人がいるときにはどのように折り合いを付けるかが、問題の解決です。
日中韓に歴史認識の違いがあることを、この数年、日本国民は学習しました。「話せばわかる」「研究すれば同じ答えにたどりつく」とは限らず、「話し合ってもわかりあえない」「研究しても同じ答にたどりつかない」こともあるのです。認識の違いを超えて、ドイツとフランスが和解して、発展のために折り合いを付けていると同じように、日中韓の間で認識の違いを認めつつ、どのように折り合いを付けるか。近年の日本政府は、「戦略的互恵関係」という表現を使っていました。

細谷雄一先生、歴史認識とは何か

2015年8月16日   岡本全勝

細谷雄一著『戦後史の解放Ⅰ 歴史認識とは何か―日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(2015年、新潮社)が、勉強になります。先生の意図は、あとがきp281に述べられています。
・・・また、本書のタイトルが「歴史認識とは何か」となっているのは、本書の主たる目的がすでにいくつもある近現代の通史に新しい一冊を加えることではなく、あくまでも日本人が抱える歴史認識をめぐる問題の泉源を探ることだからである。日本が戦前に、対米戦争へ向けた道のりを歩み始める大きな原因が、国際情勢認識の錯誤にあったと本書では指摘している。そして現在の日本でも、歴史認識をめぐり、国際社会の一般的な理解とは大きく異なる、自己中心的な歴史理解が数多く見られる。安全保障政策をめぐる現在の議論の混沌も、そのような奇怪な国際情勢認識に基づいたものと考えている。すなわち、国際政治や国際法をほとんど学ばずして、日本国内の正義と論理のみでそれを語ることで、国際社会からは理解しがたい奇妙な議論が数多く横行しているのだ・・・
この項、続く。

エスカレーターの片側を空ける

2015年8月14日   岡本全勝

8月13日の読売新聞夕刊が、「エスカレーター、片側歩行やめて…転倒相次ぐ」という記事を載せていました。エスカレーターの片側を急ぐ人のために空けておく習慣は、いまやかなりの程度定着しました。関西では左側を、関東では右側を空けます。ところが転倒事故が多く、鉄道会社では「片側を空けない」「歩かない」というキャンペーンを、5年前からやっているのだそうです。
私も、『新地方自治入門』p266で、片側を空ける習慣を、公共を作る「ルールの形成」の一つとして紹介しました。2003年のことです。良いことだと書きながら、疑問も持っていました。片側を空けたままで、エレベーターを待つ人の長い列ができていることがあります。それなら2列で乗った方が、倍の運送力があります。ときどき左に人が乗っているときに、その右に立つことがあるのですが、キョーコさんに「だめよ、空けておかなければ」と叱られます。2列で並んで乗る習慣は、いずれ定着するでしょうか。

地方移住

2015年8月13日   岡本全勝

日経新聞8月12日東京面「新幹線と地域」、吉田忠裕・YKK会長のインタビューから。YKKは東京の本社機能の一部を、富山県黒部市に移転することを進めています。
・・・県外から新しく来る人は全く違う価値観や感覚を持っている。(黒部に)赴任した社員に聞いてみると、東京では当たり前の選択肢がないという不満が多い。生活面である程度は首都圏と同じように暮らせる環境を整える必要がある。
まずは新幹線駅からの2次交通がたりない。バスの路線が少ない黒部では通勤や買い物、子供の送り迎えに車が不可欠だ。奥さんや子供がいたら車が2台ないと生活できないという声をよく聞く。電車やバスの接続が悪いことも問題だ。せっかく速い新幹線で来たのに、駅で長時間待たされたら嫌になる。スイスは田舎町でも、特急列車を降りたらすぐにバスが出発する。
住宅の整備も必要だ。富山には首都圏の人のニーズに合った家が少ない。例えば黒部市内は木造2階建てのアパートはあっても、鉄筋賃貸マンションが少ないし、駅近くに家がない。数は足りていてもニーズに合っていなければ意味がない。会社としても無料バスや住宅、保育所の整備を進めているが、自治体ともっと連携していきたい・・・
吉田会長には、私が富山県総務部長の時に、しばしば意見を聞くことがありました。YKKは富山が発祥の地で、大きな拠点があるのです。世界で敵なしのファスナーメーカーを率いる社長として、どのようにしてその地位を守っておられるのか、興味があってお聞きしたものです。月の半分以上を海外出張しておられ、「コストがあわなくなった現地工場を、別の国に移すのが社長の仕事です」というようなことをおっしゃっていました。
さて、ご指摘の点はなるほどと思います。東京で生活している人が、地方都市に行くと感じる生活の不便さ。私も田舎育ちで、就職してからも自治官僚として地方勤務をしたのでわかります。もっとも、明日香村は1時間に1本しかバスがない田舎でしたが、勤務は3度とも県庁勤務でそれなりの都会でした。
住宅などは、これまで需要がなかったので、それに見合うマンションなどがなかったのでしょう。これは、順次解決していくでしょう。
難しいのは、車依存社会をどう変えていくかです。地方は、鉄道やバスが衰退し、車社会になっています。当時、私の部下で「家にあるテレビの数より車の数が多い」という職員がいました。夫婦は1台のテレビを一緒に見ますが、車は2台必要なのです。夫婦とおばあちゃん、成人した子ども2人の5人家族だと、テレビは茶の間に1台か子どもの部屋にあと2台ですが、車は5台です(婆ちゃんは乗らない、夫婦が1台ずつ、子どもも1台ずつ、それに農作業用の軽トラックで5台)。
お店やレストランも、郊外のバイパス沿いにあって、車がないと行けないのです。富山に赴任早々の時です。勤務時間が終わって秘書に「今日は町をぶらぶらして、それで気に入ったところで晩ご飯を食べて帰るわ。公用車は要らないよ」と言ったら、「部長、そんな贅沢は許されません。どこで何を食べるかを決めて行かないと、歩いてぶらりと入る店はないです。店を決めてくださったら、そこまで車で送ります」と叱られました。商店街の中に、レストランが少ないのです。郊外型レストランを決めて、車で行くということです。これは誇張した話ですが(苦笑)。
笑い話に、夕ご飯の支度をしているお母さんが、子供に「醤油が切れたので、買いに行ってきて」と言うと、子供が「じゃあ、お母さん車で送って」というのがあります。多くの地方において、生活の隅々まで、自家用車を前提に成り立っているので、この生活の仕組みを変えるのは大変です。

不正経理

2015年8月10日   岡本全勝

『帳簿の世界史』にも、第13章「大恐慌とリーマン・ショックはなぜ防げなかったのか」として、不正経理を防げなかったこと、そしてそれが会社をつぶしただけでなく、世界経済を危機におとしいれたことが、書いてあります。『バランスシートで読みとく世界経済史』の第9章は、「会計専門職の台頭とスキャンダル」です。どうも、会計には、不正がつきもののようです。
エネルギー会社のエンロンは、帳簿の上では超優良企業でしたが、不正経理がばれて倒産します。それだけでなく、経営者は倒産の前に自社株を売り抜いて、大もうけをします。ご関心ある方は、お読みください。犯罪者と警察の追いかけっこと同じと思えばよいのでしょうが、企業会計、会計監査とは何なのか、疑問になります。まじめにやっておられる関係者の方には、申し訳ないのですが。どこに、問題があるのでしょうか。
さて、エンロンの事例では、電力価格を高値で維持するために、電力会社に発電を停止するように要請したり(それで住民はえらい迷惑を被ります)、森林火災が起きると、高圧線の鉄塔が焼け落ちるのを見ながら、職員が「燃えろ」とはやしたてたそうです。企業利益を優先し、モラルに欠ける行動に出るのです。これは、企業会計とは別の次元の問題です。