カテゴリーアーカイブ:社会の見方

インフラの範囲

2019年1月17日   岡本全勝

1月16日の日経新聞1面に「サイバー対策、五輪前に 重要インフラに指針」が載っていました。
「政府は今春にも、電力や水道といった重要インフラ14分野のサイバー防衛対策に関する安全基準の指針を改定する。当初は2020年の東京五輪・パラリンピック後に見直す予定だったが、巧妙化するサイバー攻撃や相次ぐシステム障害への危機感から前倒しする。重要インフラが攻撃を受ければ国民生活への影響は甚大だ。事業者は一層の対策強化が不可欠になる。」という書き出しです。

ここで言う「重要インフラ」は、次のように解説されています。
「国民生活や経済活動の基盤となるインフラのうち、機能が停止したり、低下したりすれば特に大きな混乱を招くと見込まれるもの。政府は情報通信、金融、航空、空港、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス、医療、水道、物流、化学、クレジット、石油の14を重要インフラ分野と位置づける」

かつては、「インフラ」といえば、道路や鉄道など都市基盤を指しましたが、近年はこの記事にあるように、情報通信や金融などにも広がりました。
鉄やコンクリートでできたものだけでなく、通信やネットワークも、重要な生活基盤だと認識されるようになったのです。このようなインフラは、モノと言うより「仕組み」です。私は「制度資本」と呼んでいます。
さらにこのほかに、モノとではない「社会関係資本」「文化資本」といった生活基盤もあります。

内閣サイバーセキュリティセンター「重要インフラ専門調査会

平成の歴史、介護保険制度

2019年1月15日   岡本全勝

1月12日の日経新聞連載「平成の30年 高齢化先進国」は「介護の担い手 家族から社会全体に」でした。

介護保険制度が始まったのは、2000年、平成12年でした。もうすっかり定着したので、若い人は、これが昔からあるものだと思っているでしょう。
介護サービスを充実するために、1990年代に「ゴールドプラン」という政策が策定され、施設や職員を急速に増やしました。当時、私は自治省交付税課の課長補佐をしていて、「こんなにも金がかかるのか」と驚いたことを覚えています。
それまでは、家族が、といっても多くは、娘か嫁が父や母、祖父母の世話をすることが「常識」だったのです。サービス開始直後は、「ケアマネジャーを、家の中、寝室まで入れるなんて、恥ずかしい」という声もあったのです。

身近に、介護サービスを利用している例を見ていますが、この制度がなくては、家族は大変な負担だったでしょう。
発足当初、218万人だった要介護認定者は644万人に増え、介護総費用額は3.6兆円から11.1兆円に膨らみました。これも、制度が活用されている結果なのでしょう。

介護保険制度は大成功でした。この記事の副題にあるように、介護作業を家族から社会で引き受けるようになったのです。
このサービスのおかげで、どれだけの家族・女性が、自由時間を持てたか、社会に出ることができるようになったか。日本社会を変えた、行政制度だと思います。
介護保険制度10年

『正義とは何か』

2019年1月13日   岡本全勝

神島裕子著『正義とは何か 現代政治哲学の6つの視点』(2018年、中公新書)を読みました。
9月に出版されてすぐに読んだのですが、感想がまとまらず、放ってありました。いつか書こうと、机に載せてあったのです。そのような本がたまってしまったので、片付けることにしました。読んだことを忘れないために、書いておきます。本格的に読まれた方は、軽蔑しないでください。

マイケル・サンデルさんの授業や著作が一世を風靡したのは、10年近く前のことでしょうか。読まれた方も多いと思います。私も、なるほどと思いました。
現代の哲学を再生したのは、ジョン・ロールズです。主著である『正義論』(新訳2010年、紀伊國屋書店)は700ページを越える大著なので、読み通した人は少ないでしょう(買って読んでません。反省)。

『正義とは何か』は、読みやすい本です。現在の政治哲学を、一通り学べるようです。
ところが私にとって、やはり「正義って何か、わからないなあ」です。これが、感想文が書けなかった理由です。まあ、そんな簡単に、正義や正義論がわかるものではないのでしょう。
今後も、頭の片隅に起きながら、勉強を続けましょう。ところで、そんな主題が多いのです。「制度」「秩序」「政治」などなど。最近このホームページに「ものの見方」という分類を作って、書きためるようにしています。

ところで、本論から離れて、次のようなことを考えました。
・哲学には、社会の哲学と、個人の哲学がある(Pⅱ)。正しい社会や正義と、個人が生きる際の拠り所、正しい生き方の2つです。
・哲人が考える正しいことと、民主主義が決める正しいことがある。2つをともに「正しいこと」として並べてはいけないのでしょうが。昨今のポピュリズムを見ていると、大衆が支持する「正しいこと」は、識者が考える正しいこととは異なるようです。

・何が善き生き方か。近代自由主義国家では、それは各人の判断に委ねています。社会に迷惑になることについては、法律で禁止、規制しますが。法律で規制、誘導するほかに、道徳やマナーによる誘導もあります。しかし、法律や道徳が守られるのは、それを守るべきだという規範意識が、国民に植え付けられるからです。社会秩序の基礎には、規範意識があります。
日本社会の強靱さは、ここに基礎を持っています。宗教心とともに、そのような習慣や規範意識は、重要な社会インフラです。社会関係資本や文化資本です。
善き社会とは何か。犯罪や事故が少ないといった話でなく、このソフトなインフラは、政治や行政ではあまり取り上げられません。
戦後日本の政治と行政は、善き生き方、善き社会といった話には触らないこととしてきました。善(good)や正(right)の価値判断であり、宗教や家庭での教育です。
豊かさや経済成長が課題だった時代は、この問題は隠れていました。しかし、成熟社会になった日本において、私は再考すべきだと考えています。

科学、市場経済、民主主義。その2

2019年1月12日   岡本全勝

科学、市場経済、民主主義」の続きです。
これまで、人類に繁栄と安心をもたらした、「科学、市場経済、民主主義」の3つが、限界を見せています。

科学にあっては、高度な進化が、人類に危険を持ち込みました。原爆をつくり、人類滅亡の危機を招きました。遺伝子組み換えは、ヒトに適用されると、とんでもない問題を引き起こす可能性があります。不老不死が実現し、人工知能が高度になると、ヒトの生活にいろんな問題を引き起こすでしょう。
市場主義経済は、これまでも何度も恐慌を引き起こしました。また、貧富の差の拡大と固定を生んでいます。国際的格差と国内での格差は、解消されることなく、拡大しています。
民主主義は、指導者たちの理想が、不満を抱えた国民のポピュリズムによって、停滞と不安定に陥っています。

もちろん、これまでも、核兵器の使用や拡散を止める努力が行われてきました。1929年の世界恐慌を経験に、2008年の世界金融危機は比較的小規模で抑えることに成功しました。
しかし、科学者が、経済人が、国民が、自由に行動することで社会全体によい結果が生まれるという「神の手」は限界に来ているようです。
「自然と社会を人間が制御できる」という原点は変えない、変わらないとしても、「科学、市場経済、民主主義」という思想と手法は、修正が必要なのかもしれません。

自由を制限することが、1つの方法でしょう。中国の手法が、その一つです。これはある意味、民主主義より、また西欧型市場主義より、効率がよいようです。しかし、このような自由の制限は、私たちの望むところではありません。
科学と市場経済については、自己運動を続けることを、「人知=政治」によって制限することが考えられます。修正資本主義のように、これまでもそうしてきましたから。
しかし、民主主義は、有権者が参加して決めるということが基本です。その有権者の間に亀裂が入っています。それを、民主主義で修復することができるのか。難しいところです。

理想主義と現実主義と現実的理想主義

2019年1月12日   岡本全勝

理想主義は、「こうあるべきだ」という姿を目指します。反対は現実主義です。「世の中こんなものだ」とあまり無理をしません。

ところが、この言葉を使う場面に分けて考えないと、混乱します。
理想主義にも、その理想に至る道筋に、二つのものがあります。道筋を理想的に考える人と、道筋を現実的に考える人です。仮に、前者を「理想的理想主義」と名付け、後者を「現実的理想主義」と命名しましょう。
前者は、目指す理想はよいのですが、そこにたどり着く道筋が現実的でないのです。すると、時に空想主義に陥ります。
目指す理想状態は、簡単には実現しないから「理想」です。実現するためには、困難な過程が待ち受けています。

現実主義者も多くは、現状に甘んじることなく、改善しようと考えています。すると、「現実的理想主義」とは紙一重です。
違いは、現実的理想主義は、理想とする目標を持っていることでしょう。
私たち行政職員は、現実的理想主義がふさわしいと思います。