カテゴリーアーカイブ:社会の見方

ニュースと現実と

2019年1月31日   岡本全勝

毎日、新しいニュース(同語反復ですね)が、伝えられます。私たちはそれを見て、世の中の動きを理解します。もっとも、それが世の中のすべてだとか、主流だと思うと間違いです。珍しいからニュースになるので、現実社会はそうではありません。
一つは、現実より先を走っている新しい動きだから、ニュースになっています。ということは、現実はそうではないということです。
もう一つ、その先端的な動きが、その後に主流になるか。そうなるとは限りません。多くの試行錯誤の中で、生き残るのはわずかです。多くの試みは、失敗となって消えていきます。
まあ、子供たちが「みんなが持っているから買って」というみんなは、3人から4人だそうですが。

1月25日の日経新聞オピニオン欄、中山淳史・コメンテーターの「GAFAに負けない稼ぎ方 世界の「分断」が追い風にも」に、興味深い例が載っていました。

・・・例えば、東芝だ。今後力を入れる事業の一つにPOS(販売時点情報管理)レジがあるという。「デス・バイ・アマゾン(アマゾン・ドット・コムによる死)」と言われる時代に今さらPOSか、という指摘もあろうが、現場はそう単純ではない。
小売業界では、インターネットを通じてモノが消費される比率のことを「EC(電子商取引)化率」と呼ぶが、日本のそれは現在、5.7%。米国でも約1割しかなく、リアルな世界の市場の方が経済規模は圧倒的に大きい。
東芝のPOS事業の販売シェアは国内が6割、海外が3割だ。POSを握る同社には楽天やヤフーのほか、アマゾンより多くの消費者データが集まってくる可能性がある。うまく使えば、巨額投資を伴わずにリアルの世界の消費経済を束ねるプラットフォーマーにもなれるチャンスだ・・・

1割の動きだから、ニュースになるのですね。このあと、それが過半数を超えるのか、それとも少数にとどまるのか。そして、どちらを商機ととらえるのか。

子供のゲーム依存症

2019年1月30日   岡本全勝

1月26日の朝日新聞別刷りbeの「ゲーム依存は、病気です 低年齢化にどう向き合うか」。深刻な事例が報告されています。これまでの依存症は、お酒であったり薬物であったり、子供が簡単に接するものではありませんでした。しかし、これらの事例を見ると、何らかの対策が必要だと思います。

・・・鹿児島市の心療内科医・増田彰則さん(67)は、ネット・ゲーム依存の低年齢化を実感している。この2年で依存と診断した小学生から高校生は110人、うち小学生が23人
▼小3男=深夜までゲームをしていることを母から注意され暴力を振るい、異常な騒音に驚いた隣人が警察を呼んだ
▼小4の兄と小1の妹=両親の財布から多額のお金を盗み、ゲームソフトを購入。店頭で「親の許可を得ている」とウソをついた
▼小6男=ゲームばかりしていると注意され、激高して母と妹にノコギリを振り上げた。母が警察を呼び精神科病院に緊急入院
▼中1男=親のクレジットカードを使い、1カ月で課金アイテムに20万円をつぎ込んだ。
110人のうち41人は1~2回、33人は3~5回通院した後、依存状態のまま姿を見せなくなった。10回以上受診した23人のうち19人は症状が改善。改善率は17%と低く、治療は難しい・・・

意識の変化、夫婦の役割分担

2019年1月26日   岡本全勝

日経新聞世論調査結果「浮かぶ日本人の姿」の続きです。「信頼できない人たち

夫婦の役割分担についての意識です。
家事全般(炊事、掃除、洗濯など)について、「夫も妻も同じ」と答えた人が、20代では6割なのに対し、50代だと3割です。
年齢による差が際立ちます。この30年間に、日本人の意識が大きく変わったことが読み取れます。
この世論調査は、調査項目と分析結果、その切り口が鋭いですね。

新聞記者が語る金融危機の現場体験

2019年1月25日   岡本全勝

朝日新聞夕刊連載「平成とは」に、原真人・編集委員が「金融危機」を書いておられます。1997年の金融危機の話です。
経験のない事態に、金融関係者も記者たちもとまどう様子が、ありありと書かれています。1月22日の「絶対書かないで」。

また、24日の「「ご解約ですか」に寒け」は、別の面から興味深いです。公的資金投入に反対だった社論を、方向転換する。「空気の支配」と「責任ある対応」を、考えさせられる場面です。朝日新聞編集局という知性の集団にあってもです。
・・・事ここに至って事態の深刻さがのみ込めた。「このままでは日本経済は恐慌状態になる」
何をどう報じるか。危機を抱えて年が明け、経済部長やデスク、論説委員、一線の記者らが集まって議論した。政府が検討していた銀行救済への税金投入をどう考えるかが最大のテーマだった。
金融機関への公的資金の投入は不人気政策だ。6850億円を投入した2年前の「住専問題」が尾を引き、新聞各紙はどこも銀行救済に厳しい論調だった。朝日新聞の論説委員室も、反対論を掲げた社説を何本も書いていた。
取り付けを実際に見ていた私は「今は税金をつぎ込んででもパニックを止めないと」と主張した。だが論説委員たちは納得しない。らちが明かないとみた経済部長が私に言った。「それなら君が、私はこう考えるという解説記事を自分で書けばいい」
数日後「公的資金投入は『投資』」という署名記事が載った・・・

『論壇の戦後史』

2019年1月24日   岡本全勝

奥武則著『増補 論壇の戦後史』(2018年、平凡社ライブラリー)を読みました。元本は、2007年に平凡社新書で出ています。
主に、終戦直後から1960年安保まで、月刊誌『世界』を中心に、「論壇が輝いていた時代」を扱っています。主役は、清水幾太郎、丸山真男さんです。簡潔にまとまっていて、その時代を知らない人には、勉強になります。いろいろと考えたり思い出しながら読みました。

その後、進歩的知識人の地位が低下し、『世界』や論壇も地盤沈下します。
私が大学に入ったのは、1973年。その後の時代です。とはいえ、まだ、大学生(インテリ)なら、新聞は朝日新聞、週刊誌は『朝日ジャーナル』、月刊誌は『世界』を読むべきだという風潮がありました。
その後、新聞は日経新聞、週刊誌は『エコノミスト』(この2つは就職用にという意味もありました)、月刊誌は『諸君』に代わりました。政治の時代から経済の時代になったことを、反映していたのでしょう。

私は、次のような問題意識を持って、論壇を考えています。
・日本において、なぜ戦後一時期に、進歩的文化人・知識人がもてはやされ、論壇が輝いていたのか。そして、なぜその後、論壇にそのような活性化はないのか。
・西欧で吹き荒れているポピュリズムは、意見の違う集団が意見を戦わすのではなく、それぞれの陣地にこもって、支持者とだけ会話しています。会話が成り立たない。この状態を、どのように打破するのか。
・これからの日本社会を考える際に、オピニオンリーダーの役割は何か。マスコミや政党の役割は?
・そのような議論を戦わせる場はどこか。雑誌や新聞の役割は?SNSは便利ですが、冷静な意見の交換にはなりにくいようです。

またの機会に、続きを書きましょう。