カテゴリーアーカイブ:社会の見方

桜並木を育てた人たち

2020年4月3日   岡本全勝

東北新幹線の車窓から、いくつも桜と桜並木が見えます。それを見て、先人たちの努力を思います。

里山の桜は、自然と育ったものでしょう。屋敷や畑の隅に咲く桜は、その土地の所有者が植えたものでしょう。
では、桜並木はどうか。桜並木は、道路沿いや河川沿いにあります。地元の人が協力して植えたのでしょうね。そして世話をして、ここまで育ったのだと思います。

そのような並木が、今後衰えたら、どのようにして維持されるのでしょうか。篤志家や町内会がしっかりしていないと、枯れていくことになります。市町村役場の責任にせず、住民や企業の協働で続けることができるとよいのですが。

近年の経済危機の歴史

2020年3月28日   岡本全勝

3月24日の日経新聞経済教室は、伊藤隆敏・コロンビア大学教授の「コロナ対応で再度強化必要 異次元緩和、8年目へ」でした。
詳しくは原文を読んでいただくとして、そこに、「経済ショック時の株式相場下落率と回復期間」の表がついています。分かりやすいです。
発生年、アメリカでの下落率とその期間、回復に要した期間が載っています。そこを抜粋します。

ブラックマンデー(1987年)、33.5%、3か月。1年11か月
ITバブル崩壊(2000~2002年)、49.1%、2年6か月。7年2か月
世界金融危機(2007~2009年)、56.8%、1年5か月。5年6か月
コロナ・ショック(2020年)、31.9%、1か月。?

「ひとり空間の都市論」

2020年3月27日   岡本全勝

南後由和著「ひとり空間の都市論」(2018年、ちくま新書)を読みました。連載「公共を創る」で、平成の社会の問題の一つとして、「孤独」を取り上げています。その関心の延長です。

「おひとり様」と呼ばれる現象を、いくつかの角度から分析しています。冒頭に漫画「孤独のグルメ」が出た後、住まい、飲食店、モバイルメディア(ウオークマンからスマートフォンまで)などが取り上げられます。統計による分析ではなく、現象を捉えた、社会論、都市論です。

都市が人を自由にし、また一人で生きることを可能にします。江戸時代から、都市には独り者が多かったようですが。さらにその独り者が増え、そして生活しやすくなりました。
単身者が増える。そのような人を対象として店やサービスが増える。そして、さらに便利になって、単身者が増える・・・。という積み重ねなのでしょう。

単身者が重宝するのは、飲食店です。一人で入りやすい店が増えました。かつては、学生街の食堂と町の食堂でしたが、それらが少なくなり、ファストフード店が増えました。便利ですが、そのような店は、食事を楽しむというものではありません。
単身赴任したときに、雨の日曜の晩に一人で食べることは、わびしかったです。

日本語が読めない、書けない子供たち

2020年3月26日   岡本全勝

3月22日の読売新聞言論欄、新井紀子・国立情報学研究所教授の「国語教育の改革 AI時代 読解力で生きる」から。

・・・日本の子供たちの読解力に危機感を持っています。
今回のPISAで衝撃を受けたのは、読解力が米国と同レベルだったことです。日本は、両親の母語も、生活言語も日本語という子供が圧倒的に多い。それに比べて、米国は移民が多く、家庭では別の言語を使うこともある。言語は自然に身につくという前提がないんです。
日本が、そういう国並みなのは、言語政策の長期的な無策が影響しているのだろうと思います。
米国やドイツ、フランスも、学校に多様な背景を持った子供が入ることを前提に、それぞれの子が本当に読めているか、書けているかを科学的にチェックし、体系的・段階的に必要な言語支援をしています。
しかし、日本では、子供の語彙ごいの量や、言葉の係り受けがどこまでわかっているか、といったことを十分に調査してこなかった。

1990年代初頭のバブル崩壊や、2008年のリーマン・ショックを経て、「一億総中流」といわれた同質性が崩れ、家庭も多様になってきました。テレビ、新聞、ラジオといった共通のメディアを視聴することが減り、語彙の共通部分もすごく小さくなった。家庭の経済格差や地域格差が広がり、普通に過ごしていれば誰もが自然に日本語が読めたり書けたりする状況ではなくなったことを認識すべきです。

東京都内のある小学校では、4年生のクラスで自分の名前を漢字で書けない子が半数を占めていました。授業では、穴埋め式のプリントにキーワードを書き込んだり、タブレット端末でキーを選択したりすることが多く、文字を書く機会が激減しています。ノートの取り方もわからない。筆圧が弱く、きちんとマス目の中に書けない状態です・・・

個人消費拡大のために

2020年3月25日   岡本全勝

3月20日の日経新聞オピニオン欄、門間一夫・みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミストの「個人消費の弱さをどう見るか」から。
・・・個人消費が弱い。最近の消費税率引き上げや新型コロナウイルスの影響のことだけを言っているのではない。アベノミクスの7年間を通じて、個人消費は0.4%しか増えていない。同じ期間に設備投資は15.5%増加して景気の拡大を支えてきた。7年間の実質国内総生産(GDP)成長率が平均0.9%にとどまり、アベノミクスが目指す2%の半分にも満たなかったのは、ひとえに個人消費がゼロ成長だったためである・・・

・・・もう一つの考え方は、財政や社会保障の持続可能性のためにも、より高い成長を目指すというものだ。アベノミクスもこの考えでやってきたが、個人消費がゼロ成長ではどうにもならない。イノベーション(技術革新)の促進や規制改革も重要だが、もっと家計重視型の成長戦略を進める必要がある。個人の所得形成力を強化し、将来不安を軽減するため、大胆な財源の拡充や組み換えが求められる。
例えば介護、保育、教育などは、所得形成や暮らしの安心につながる重要な社会インフラだが、長年にわたり現場の疲弊が続いている。こうした外部効果の高いサービスは、公的支援の一段の増強なくして、社会的に望ましい量や質は確保できない。

また人生100年時代に向かい、人工知能(AI)などの技術革新も進む中、リカレント(学び直し)教育も社会インフラと位置づけるべきである。いかなる年齢、バックグラウンド、経済状況の人にも、第二、第三のキャリア形成への道が広く開かれているという安心感こそ、不確実な時代の家計行動を支える基盤となる。国も取り組みを進めてはいるが、熱量や財政的支援は足りているだろうか・・・