先日、コロナワクチンを受けに、会場に行きました。
係員の皆さんが、クビから札をかけています。そこには、「STAFF」とだけ書かれています。英語表記だけです。
会場に来るほとんどは、日本人です。「係員」と書けば良いものを。「英語にしたら、かっこよい」と思っているのでしょうか。拝外思想ですね。
その人たちに文句を言っても仕方ないと思い、何も言わずに帰ってきました。
先日、コロナワクチンを受けに、会場に行きました。
係員の皆さんが、クビから札をかけています。そこには、「STAFF」とだけ書かれています。英語表記だけです。
会場に来るほとんどは、日本人です。「係員」と書けば良いものを。「英語にしたら、かっこよい」と思っているのでしょうか。拝外思想ですね。
その人たちに文句を言っても仕方ないと思い、何も言わずに帰ってきました。
「高野陽太郎「日本人論の危険なあやまち」」の続きになります。高野陽太郎著「日本人論の危険なあやまち 文化ステレオタイプの誘惑と罠」 (2019年、ディスカヴァー携書)に、次のような話が出ています。64ページ。
日本人の代表として野球の大谷翔平選手を出し、アメリカ人の代表として俳優のトム・クルーズさんを出します。これは、多くの人が納得するでしょう。
そして二人の身長を比べます。
大谷選手は193センチ、トム・クルーズさんは170センチほどだそうです。これで、日本人の方がアメリカ人より背が高いと、結論づけて良いのでしょうか。
高野先生は、いくつも「都合の良い事例」「変な証明」を取り上げて、日本人論のおかしさを指摘しています。
「意識はいつ生まれるのか」の延長で、カルロ・ロヴェッリ著『すごい物理学入門』(2020年、河出文庫)、『時間は存在しない』(2019年、NHK出版)、『世界は「関係」でできている』(2021年、NHK出版)を年末から、芋づる式に読みました。
書評などで、読みやすいと書かれていたこともあり。確かに文章は平易で、翻訳も良く、読みやすかったです。では、分かりやすかったかというと、そこまでは行き着きませんでした。
アインシュタインの相対性理論、ハイゼンベルクの量子論。説明を読むとなるほどそうなのかと思うのですが、頭の中には入りません。
場所によって時間の流れが違う?? 光は粒であり、決まった場所がなく確率だ?? 時間は存在しない、あるのは熱の流れ??
特に気になるのは、世界が物ではなく関係でできている、物ではなく出来事でできているという説明です。拙稿「公共を創る」で、公共とは施設や設備、法令や予算ではなく、私たちの意識が作っている、人と人との関係であることを強調しています。その参考にならないかと思って読んだのですが。少し次元が違いました。
いつか、宇宙の成り立ち、素粒子、重力、時間などが解明されるのでしょう。素人がすんなりと分かるようなものであってほしいです。
2月16日の朝日新聞スポーツ面、バルセロナ五輪出場、法政大・杉本龍勇教授の「五輪、崇高さより“軽さ”感じる」から。
――五輪の価値が下がってきていませんか。
「自分もその舞台に立った人間ですし、現役の選手には申し訳ないのですが、今は他の娯楽とさして差がない軽さを感じます。五輪に出ている側からすると崇高な場であっても社会の評価としては消耗品。スポンサーの広告ツール、そしてメディアのコンテンツとして瞬間的に視聴率を稼ぐための材料となっています」
――その軽さはどこからくるのでしょうか。
「メディアには、選手やスポーツの価値を高める発想が欠けていると感じます。東京五輪は多くの人がコロナ禍で苦しむ中で開かれ、あれだけ五輪やスポーツの価値を社会的に考えようとなった。それなのに大会後、メダリストがメディアに出るケースが多くはバラエティーで、いじられ役になっている。選手の本来の姿を見せることを優先させず、別の側面ばかりを見せ、当座のコンテンツにしています」
――他にもスポーツの価値を高める選手像はありますか。
「大リーグの大谷翔平選手です。こちらは、余分なセルフマーケティングをせず、自分のプレーだけを見せている。自己欲求を達成するために、自分の持てる力を高め、それを試合で披露することに集中しています。余分な装飾をはずしている分、スポーツが持つ本質的なエンターテインメント性を高めることにつながっています」
――五輪と人々の距離を近づける方策はありますか。
「メディアの伝え方は考え直した方がいいかもしれません。テレビを見ていても、コメンテーターや音楽、映像を駆使して番組を盛り上げようとする雰囲気に、視聴者が付いていけていない気がします。自分は、粛々と競技を見せて欲しいというのが本音です。それぞれに閉塞感を抱えたコロナ下では特に、演出はいらない。選手のすばらしいパフォーマンスをリアルに見てもらい、何かを感じてもらうためにも、あおることなく、良い意味で淡々と見せることが一番いいと思います」
2月4日の日経新聞、イアン・ブレマーさんのインタビュー「米主導の秩序、二度と戻らず」に次のような主張が載っています。
――世界に調和できないルールが乱立するおそれはありませんか。
どんなルールかによる。我々は気候変動についてのルールを作り始めており、その動きの大半は米国の外で起きている。サプライチェーン(供給網)は中国、規格や基準づくりは欧州の存在がそれぞれ優勢だ。どの企業やエネルギーに投資したいかは銀行が決めている。北京とワシントンで「ポスト炭素エネルギー」のルールを決めることにはならない。
一方、将来の安全保障環境では米中の関与が大きい。例えば中国が主張する南シナ海での権益をどう扱うかなどの課題では、多額の軍事費を投じる米中がルールを仕切る。欧州勢や日本は大きな支出もしていないので大きなことは言えない。この分野では米国は非常に支配的な存在だ。
つまり、これから我々は単一で一貫したグローバル秩序ができるのではなく、課題ごとに違ったタイプの参加者がルールを決める時代に入る。
最も問題含みなのがテクノロジーの分野だ。ルールは企業が決めることになる。デジタルの参加者がバーチャルの世界で自治権を行使する一方、いかなる政府部門も何ら大きな影響力を及ぼせない。もしこの傾向が2030年まで続くなら、世界各国の政府はほんの一握りの企業と権力を分け合う。企業はデータに関するあらゆる点で主権を真に握る。
――人類にとってそれは良いことですか。
はっきりしない。いくつかの分野では政府部門の力は衰え、テック企業は一段と自由に振る舞える。テック企業は米中関係でもより大きな役割を演じる。企業はグローバルな「つながり」の確保を重視し(米中による)戦争や冷戦の可能性を下げるだろう。
一方、企業は市民に対してでなく、第一に株主に対して責任を負う。彼らのビジネスモデルが不平等を深め、市民や国家の個別の利益を頻繁に混乱させる。民主主義も確実に傷める。