カテゴリーアーカイブ:社会の見方

『デカルトの誤り』

2022年3月7日   岡本全勝

アントニオ・R・ダマシオ 著『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 』(2010年、ちくま学芸文庫) が、勉強になりました。

宣伝の文章には、次のように書かれています(一部略)。
「著者自身が携わってきた症例や歴史的症例をもとに、著者は、日常生活の折々の場面で求められる合理的な意思決定には、そのときの身体状態と不可分に結びついている情動と感情の作用が不可欠であることを明らかにした(「ソマティック・マーカー仮説」)。神経科学の第一人者が、いまもさまざまな形で社会に浸透しているデカルト的心身二元論を強く批判しつつ、有機体としての心‐脳‐身体の関係を解くベストセラー」

私たちの脳は、理性的に物事を判断する前に、感情や情動で判断しているようです。人類が生物として進化する過程で、理性より先に身体的反応が発達し、それで生き残ってきたのです。怖いものに遭遇したら、あなたはどのように行動しますか。あらゆる場合を想定して、安全な方法を計算するより、まずは逃げろです。
子供の発育を見ても、最初に感情や欲求があって、理性はその後に身につくものですよね。そして、私たちは他人を外見で判断します。理性で確認する前に、見た目で好き嫌いを感じます。
情動や感情があって理性がない症例はありますが、理性があって情動や感情がない症例はないのだそうです。理性は、情動や感情につながっています。まずは、私たちにとって有用か害か、好きか嫌いかで判断するようです。納得しますわ。
「デカルトの誤り」とは、心身を分けて考えた(心身二元論)デカルトへの批判です。

そして、理性は感情を完全には制御できません。知らずと涙が出て、顔が赤くなり青くなり、鳥肌が立ち、手が汗をかき、心臓がばくばくします。ほとんどの場合、止めようと思っても止まりません。この問題は、先日の記事「心は放っておくと暴走する」につながります。
そして、私たちの職場でも有用です。瞬間湯沸かし器と呼ばれる人や、部下を怒鳴る上司がいます。理性だけでは止められないのですね。拙著『明るい公務員講座』202ページに、感情の暴走を止める方法を書いておきました。

門外漢には、読み通すこととすべてを理解することは難しかったですが、概要をつかめたら良しとしましょう。

『ドイツ・ナショナリズム』

2022年3月5日   岡本全勝

今野元著『ドイツ・ナショナリズム 「普遍」対「固有」の二千年史」』(2021年、中公新書)が、良かったです。先に、「西欧的価値と普遍的価値」(2月5日)で一部を紹介しました。

副題にあるように、「西欧普遍」に対して、ドイツがいかにして「固有」を生み育ててきたか、西欧を取り入れてきたかという切り口で、ドイツの歴史を見たものです。もともと「ドイツ」という国家はなく、西欧特にフランスやイタリアとの対決の中で民族意識と国家意識をつくります。
しかし、西欧を鏡にするということは、西欧の意識の土俵で生きることでもあります。今野先生が示唆しておられるように、これは日本にも当てはまります。ドイツでは「西欧的価値」と呼び、日本では「普遍的価値」と理解したのです。

1789年(フランス革命)までを「発展」、1945年までを「抵抗」、1990年までを「萎縮」、その後を「再生」と位置づけます。また、政治の動きだけでなく、政治家や学者など指導層の政治的発言や論争を分析しています。
日本はドイツと同じく、西欧との対比の中で国家を作り、戦争をして負けた国です。この本のような分析は、日本にも役に立つと思います。ただし、政治家や学者による「日本のあり方の発言」は少ないので、その点での分析は貧弱になるでしょう。

ところで、ナチスがドイツ文字を廃止し、一般的なラテン文字などを使うようになったと書かれています。ドイツ文字とは、あの髭のような特殊な字体です。日本でも、私立高校の紋章などに使われています。
私は、ナチスがドイツ文化を称揚するために、ドイツ文字を使ったと思っていたのですが。占領地で読んでもらえるようにするためと、占領地では印刷のための活字がないので、ラテン文字にしたとあります。ドイツから欧州国家になるには、普遍を取り入れることが必要だったのですね。

日本語を大切に2

2022年3月3日   岡本全勝

日本語を大切に」の記事に、読者から反応がありました。
・・・うちの母(89)を初めてワクチン接種に連れて行ったとき、背中にSTAFFと書いてある人たちを指して、「あれなんて書いてあるがけ。何する人たちけ」ときいてきました。
「スタッフ、って書いてあるがよ。お世話係の人たちや」と教えましたが、世話の対象である高齢の母には、世話係であることが伝わらないのでした・・・

原文は富山弁なので、本人の了解なしに「共通語」に翻訳すると次のようになります。
・・・うちの母(89)を初めてワクチン接種に連れて行ったんやけど、背中にSTAFFと書いてある人たちを指して、「あれ、なんて書いてあるねん。何する人や?」と聞くんよ。
「スタッフって書いてあるで。お世話係の人やわ」と教えましたが、世話の対象である高齢の母には、世話係であることが伝わらへんのでした・・・

追記
この記事について、「関西弁は西の共通語だから、西と東の中間にある富山弁が共通語です」と指摘がありました。

本田由紀著『「日本」ってどんな国?』

2022年3月2日   岡本全勝

本田由紀著『「日本」ってどんな国? ――国際比較データで社会が見えてくる』( 2021年、ちくまプリマー新書)が、お勧めです。

帯に「私たちの「普通」は世界では「変」だった」とあります。家族の形、性別役割、学校での学び、友達、仕事などについて、統計数値を元に世界比較をしています。そして、日本の「普通」が、いかに世界とは変わっているかが示されます。
かつては、日本の特殊性は日本優秀論としてもてはやされたのですが、今や日本特殊論は日本の経済停滞、社会の不安の原因となりました。あれほど売れた「日本人論」が最近では、本屋に並びません。このホームページでは、高野陽太郎著「日本人論の危険なあやまち」を紹介しました。

ちくまプリマー新書は、中高生を対象としているのでしょうか。簡潔にまとめられていて、大人にとっても読みやすいです。長く書くのは体力があればできますが、簡潔にまとめるには知能が必要です。
なお、同じように数値で日本の現状を分析した本に、橘木俊詔著 『日本の構造 50の統計データで読む国のかたち』(2021年、講談社現代新書)

進まない学校でのデジタル教育

2022年3月2日   岡本全勝

2月15日の日経新聞に「学校パソコン、もう返したい 教師の本音「紙と鉛筆で」」が載っていました。

・・・義務教育の子どもにパソコンやタブレット端末を1人1台ずつ持たせる「GIGAスクール」構想が空回りしている。国の予算でばらまかれた端末を持て余す現場からは「もう返したい」との声も出る。日本の教育ICT(情報通信技術)はもともと主要国で最低レベル。責任の所在がはっきりせぬまま巨額の税金を投じたあげく、政策が勢いを失いつつある。
「紙と鉛筆でなければ頭に残りませんよ」。神奈川県の中学校にICT支援員として派遣された山本真理さん(仮名、40代)は、中堅教師から本音を聞かされた。日々の業務が山積みの学校現場にとってGIGAスクールは「国から降ってきた話」であり、前向きに受け止めるムードになりにくい。
一部の若い教師が関心を寄せても、学年や教科で足並みがそろわなければ「保護者から『不公平』というクレームがくるかもしれない」といった組織の論理が優先されがちだ。山本さんは「結果的にパソコン授業をやりたくない先生やデジタル機器を扱うのが苦手な先生に合わせる流れができてしまう」と実態を明かす・・・

そこに、地方分権と教育委員制度が指摘されています。
・・・教室や家庭で端末を具体的にどう使うか国に強制力はなく、成功事例を積み重ねて社会の支持を広げるしかない。端末は25年前後に更新時期を迎える。責任体制を明確にして政策を再起動しなければ、めったに使われないパソコンに巨額の税金を費やし、子どもたちの教育機会も奪うことになる・・・
・・・■日本の地方教育行政 戦後日本の教育行政では、都道府県や市区町村ごとの教育委員会が幅広い権限を握ってきた。ところが、審議の形骸化やいじめ事件への対応などが問題になり、2015年の法改正で首長が教育委員会のトップである教育長を任命する仕組みになった。GIGAスクール構想が軌道に乗るかどうかも首長の動きに左右される面がある。
首長には教育委員会と協議して教育の目標や施策を「大綱」にまとめる権限がある。萩生田光一前文部科学相は21年4月、端末が未配備だった自治体の首長に直接連絡したと明らかにした。「ぼーっとしている自治体」「納品はされたが学校ではなく自治体の倉庫にあるという首長もいた」などと言葉の端々に不満をにじませた・・・

でも、教育委員会制度は、戦後の占領政策でアメリカから輸入した制度です。アメリカでのデジタル教育は進んでいるのですから、制度の問題ではないでしょう。新しいことを受け入れない教員、教育委員会の体質に問題があるのでしょう。