カテゴリーアーカイブ:社会の見方

年齢と体感時間

2023年9月30日   岡本全勝

9月15日の読売新聞に「体感時間 年重ねるごとに短く」が載っていました。年を取ると時間が経つのが早くなると感じる話は、このホームページでも何度か取り上げました。

・・・ 「時計が刻む物理的な時間とは別に、人には内的な体感時間があります」
人の時間の感じ方などを研究する東京理科大非常勤講師、桜井進さんは説明する。「サイエンスナビゲーター」として数学を啓発している。大学での最初の授業では、20歳前後の学生にこう呼び掛ける。「体感時間でいうと、君たちは人生の7割近くを終えています」

説明に使うのがフランスの哲学者、ポール・ジャネが発案した「ジャネの法則」という仮説だ。桜井さんによると、生涯のある時期における心理的な時間の長さは、年齢に反比例する。1歳の1年間の体感時間を1とすると、10歳が10分の1、60歳は60分の1。感覚としては、60歳の人は、1歳児の60倍の速さで時間が過ぎ、1年が終わるのも早いと感じるわけだ。ある年齢までの体感時間を合計すると「人生経過率」がわかる。100歳が寿命なら、10歳で人生を折り返し、20歳で65%が過ぎる計算となる・・・

二つの東京オリンピック

2023年9月29日   岡本全勝

9月8日の朝日新聞夕刊、來田享子・中京大教授・日本オリンピック委員会理事の「研究してきた五輪、どう変える」から。

「1964年の東京大会が日本の国際社会への復帰を象徴する出来事であったのに比べ、21年の大会は国際社会に立ち遅れている日本を象徴する祭典でした。昭和の高度経済成長期を回顧し、21世紀に入っても、その郷愁を核にした幻影を追い求める感覚が随所にみられたのは、残念でした」

具体例で挙げるのが、16年リオデジャネイロ五輪の閉会式。次回の開催都市である東京に引き継ぐ「フラッグハンドオーバーセレモニー」で当時の安倍晋三首相が人気ゲームのキャラクターに扮して登場した。64年大会で生まれた東京五輪音頭のリメイク版もいかにも焼き直しに感じたという。
「新しい時代の扉を開こうとする感性の欠如に加え、若い世代の倫理観にもとづいて物事を進める意識が乏しかった」

なぜ、そんな風になってしまったのか、についての考察は明快だ。
「上意下達的な組織、そして時代を的確にとらえるリーダーの不在です。組織のガバナンスやコンプライアンスの国際基準、時代や社会の変化に伴って変わるオリパラの理念をつかめていませんでした」

報道機関の甘い追求が生むはぐらかし

2023年9月28日   岡本全勝

9月14日の朝日新聞オピニオン欄、「それ、謝罪ですか」のうち、デイビッド・マクニールさんの「甘い追求が生むはぐらかし」が参考になります。原文をお読みください。

・・・日本に移住して20年以上が経ちますが、この国では「謝罪」に特別な意味があるように思えます。神妙な態度で謝れば、あるいは反省の意思を示すために職を辞せば、責任を取ったことになる。西洋では「責任」(responsibility)は文字どおり応答義務ですが、日本ではかなり意味合いが違う。むしろ謝罪は、責任の追及を避けるためのパフォーマンスという要素が強い。
ただ、私としては、この問題を文化論に還元したくありません。政治家や企業トップが、あいまいな釈明の言葉で済ませてしまえる背景には、やはり日本メディアが抱える問題があります。

首相官邸の会見にも出席してきましたが、まず、質疑のキャッチボールがほとんどない。記者の質問の多くは形式的で、鋭い追及も少ない。これは英語では“short circuit questions and answers”と呼ばれます。おざなりで省略型の質疑、という悪い意味です。菅義偉官房長官時代に厳しい質問を重ねた記者は、私の目には、国民の疑問を代弁するという負託に応えていると映る。でも、現場では記者クラブのルールや「和」を損ねた人物と扱われます・・・

・・・権力者に非公式に接触してオフレコでのリークに頼る「アクセスジャーナリズム」は、どの国にもある。でも、日本の記者はこれに頼りすぎです。ネタをもらうため、表では批判や追及をしない。これでは、権力がアメとムチでメディアを操り、分断させる手段に利用されるだけです・・・

失敗した場合の責任の取り方を、私なりに整理したことがあります。「責任をとる方法2

お客様は神様、じゃない

2023年9月27日   岡本全勝

9月13日の読売新聞に「お客様は神様…じゃない!」が載っていました。

・・・顧客が理不尽な要求を突き付ける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が横行し、社会問題になっている。古き良き伝統であるはずの「おもてなし」の精神。そのあり方は今、曲がり角を迎えている・・・

・・・古くから受け継がれてきた「おもてなし」の精神。それが今や、深く傷つけられる時代となっている。
「接客態度が悪いと言われ、胸ぐらをつかまれて15メートル引きずられた」「2時間以上クレームを受けた」
流通業界などの労働組合が加盟する「UAゼンセン」が20年に行った調査(回答数約2万7000人)では、過酷な実態が浮かび上がった。約46%は「過去2年で迷惑行為が増えた」とし、状況の悪化をうかがわせる。
健康被害も深刻だ。厚生労働省によると、13〜22年度に認定された精神疾患による労災のうち、顧客や取引先からのクレームや無理な注文が原因になった人は計89人いて、うち29人は自ら命を絶った・・・

・・・桐生教授は「カスハラは、同じ相手に何度も嫌がらせをするという点でストーカー行為と共通する。悪質な場合は犯罪と捉えるべきだ」と断言。土下座の要求や脅迫的な言動などは刑事責任を問われる可能性がある。
国は対策に乗り出している。厚生労働省は22年2月、企業向けの対策マニュアルを作成し、複数人での対応などを促した。今月には、労災の認定基準に、カスハラを新たな類型として追加し、救済の強化を図った。
企業側にも変化がみられる。任天堂は22年10月、修理品の問い合わせでカスハラがあった場合、修理などを断り、警察などに連絡する可能性があるとした・・・

国語辞典を作る

2023年9月26日   岡本全勝

中世ラテン語の辞書を編む 100年かけてやる仕事』の続きです。いくつも、なるほどと思うことがあったのですが、一つだけ書き留めておきます。日本の辞書の歴史です。

現存する最古の辞書は『篆隷万象名義』で、空海が編集し、830年以降にできたとされています。漢字辞典です。『和名類聚抄』は930年代にできた、国語辞典兼漢和辞典兼百科事典です。広辞苑のご先祖ですかね。

明治になって、政府は一人前の国になるために、国語辞典と文法書が必要と考えます。最初の本格的国語辞書は、明治24年に完結した『言海』です。明治憲法が施行されたのが明治23年です。出版祝賀会には、初代総理大臣・当時枢密院議長の伊藤博文などが出席しています。しかし、これは私費で作られたのです。日本には、国が作った辞書は一冊もないとのことです。

日本は、国語に無関心な国だと思います。義務教育学校で国語が教えられ、規範はあるのですが、国定の文法書も書き方の標準もありません。文科省が定めた常用漢字表記のよりどころなどがあり、国立国語研究所もありますが。原稿を書いていて、どこで句読点を打つのか、迷うことが多いです。
そして、英語をカタカナで表記したカタカナ語が氾濫しています。多くは、国語辞典にも載っておらず、素人には理解しにくい、また覚えられない言葉です。カタカナにすらせず、アルファベットのままで使っている新聞もあります。
多くの国語辞典では、ひらがなとカタカナが見出しで言葉を検索します。アルファベットは見出しに立っていないのです。困ったことです。関係者は、どのように考えているのでしょうか。