5月20日の朝日新聞オピニオン欄「財務省デモの渦で」、伊藤昌亮・成蹊大学教授の「減税叫ぶ、今苦しい人見て」から。
・・・財務省前で起きているものは、近年の日本でほぼ例のなかった「経済デモ」です。参加者は貧困層というより、自営業者や中小企業従業員など、普通に仕事をしながら生活不安を抱える人々で、支持政党はバラバラ。既存の政治デモの文脈では捉えきれない、苦境にある中間層の不満のマグマが噴出した運動として、重視する必要があります。
彼らの主な訴えは減税。再分配の縮小や歳出削減、構造改革を求めるネオリベラリズム(新自由主義)的主張に見えますが、片や積極財政も強く訴えています。「外国人に税金を使うな」という福祉排外主義の主張も。これはむしろ「大きな政府」型イデオロギーです。つまり社会保障を充実して「自分たちを守って」と望んでいるわけで、「自力で稼いで生きろ」という自己責任社会を支持するネオリベとは正反対です。このことは、堀江貴文氏や西村博之氏がデモを批判している点からも明らかです・・・
・・・デモでは、自国通貨建て政府債務の不履行は生じないと説くMMT(現代貨幣理論)も叫ばれています。反論は可能ですが、今現在が苦しい人にとって、将来の財政破綻の可能性を諭されても響かないでしょう。
「財務省解体」というスローガンに対しても、批判する側は「実は財務省に権力などない」とか「解体しても歳出入をつかさどる別の機関ができるだけ」などと論証しようとします。でもそんなことは、デモ参加者のリアリティーにとって何の関係もない。彼らだって、本気で財務省が消えればよいと思っているわけじゃない。「財務省」はあくまでシンボル。メディアも含めてキャッチフレーズに過剰反応しすぎです。
デモでの主張には荒唐無稽な陰謀論や矛盾が含まれています。でもシンボリックな言葉だけ見て「アホらしい主張」「トンデモ」と頭ごなしに切り捨ててしまっては、この現象の背後にあるものを見誤ることになります。問題は、私たち社会の側が彼らのリアリティーにどう対峙するかです。表面的な減税論合戦に終わらず、訴えの根底にあるものをすくい取れるかどうか……・・・