今日6月6日に、関東地方は梅雨入りしたそうです。
夕方、家に帰ると、玄関横の夏椿が3輪、花を咲かせていました。白い清楚な花です。雨に打たれて、花は下を向いていました。
水やりを欠かしていないので、この3代目の木は元気です。
夏椿の根元にいたあのカエル、その後何度かその場所で見たのですが、最近は見ません。
去年の開花は、5月30日でした。なお、毎年元気よく茂る椿の剪定は、5月22日にすませました。
今日6月5日は、結婚式に行ってきました。コロナ禍での結婚式です。
神前での式では、参加者は新郎新婦を除いて、マスク着用。神主さんも巫女さんもです。巫女さんは、御神酒を注ぐときはビニール手袋をしていました。
披露宴は、双方の家族だけの会食です。大勢の人が参加して出し物がある会に比べ、すっきりしてこれもよい会でした。みんなが緊張せず、和やかな会でした。
このホームページでも毎年のように登場し、日経新聞夕刊コラムにも書いた、近所のカエル。今年は遂に、わが家に現れました。見つけるのは、いつもキョーコさんです。
今日5月21日土曜日、東京は雨と曇りの天気でした。昼過ぎに、外に出たキョーコさんが、「カエルがいた」と呼びに来ました。私はいつものように、原稿書きをしていました。
出てみると、門の横の夏椿の木の下に、カエルがいます。握り拳よりやや小さめです。たぶん、お向かいの広い庭から散歩に来たのだと思います。
去年の小さなカエルは、わが家に入ることができず、塀の外の道路にいましたが、今年の訪問客は、門の引き戸の下のすき間を通ってきたのでしょう。
夕方に見に行ったら、いませんでした。道路を渡って、自宅に帰ったのでしょうか。
夏椿は元気よく葉を茂らせ、たくさんのつぼみを膨らませています。
ソンポ美術館の「最後の印象派、二大巨匠 シダネルとマルタン展」がよかったです。
この二人の画家を、私は知りませんでした。「最後の印象派」と呼ばれるそうです。
印象派の後、前衛絵画が盛んになります。私たちが学ぶ西洋絵画史では、最先端を追いかけるので、その裏にあったほかの流れを知らないのですね。
印象派に幻想を加えた感じと、私は理解しました。私は印象派が好きで、前衛絵画はついていけないので、この展覧会が良かったと思うのでしょう。
マルタンは、フランス国務院(コンセイユ・デタ)の本会議場の壁画を描いています。今回は、その習作などが展示され、本会議場の壁画の写真と並べてあります。4面の壁を飾る壁画は、すばらしいもののようでした。
コンセイユ・デタはフランス政治でよく出てきたのですが、どこにあるかは知りませんでした。パレ・ロワイヤルに入っているのです。下院(国民議会)は、見る機会があったのですが。
4月に出た、前田亮介編『戦後日本の学知と想像力――〈政治学を読み破った〉先に』(2022年、吉田書店)は、東京大学駒場で御厨貴ゼミに参加した若手研究者たちの論文集です。御厨先生の古稀にあわせて出版されました。
そこに、澤井勇海執筆「岡義達 行動論・象徴論から演技論へ」が収録されています。前田亮介さんの「序」には、次のように紹介されています。
・・・澤井勇海「岡義達 行動論・象徴論から演技論へ」は、その難解さと寡作ぶりがしばしば秘教的に語られてきた『政治』の作者(岡義武の歳の離れた弟でもある)の政治学の全体像を提示した、おそらくはじめての論考である・・・
私は大学3年の時に、岡先生の政治学の授業とゼミを取りました。『政治』は、最初に読んだときは歯が立ちませんでしたが、何度かくり返し読むうちに理解できるようになりました。古典から最近の新聞記事まで背景にある知識が広く、さらりと引用されているので、それらを知っていないと理解できなかったのです。それさえ分かれば、そんなに難しい文章ではありません。「思い出の本、その2。岡先生「政治」」
惜しむらくは、もう何冊か書いてくだされば、もっと理解しやすかったでしょうに。
1991年生まれの澤井さんは、岡先生に直接指導を受けたことはないでしょう。御厨先生を通じてだと思いますが、どのようにして関心を持たれたのでしょうか。