カテゴリーアーカイブ:体験談

聞き書きを受けました

2026年6月13日   岡本全勝

牧原出・東大教授を代表とする研究で、聞き書き(オーラルヒストリー)を受けていました。
2023年5月からほぼ毎月、1回2時間です。3年間で計33回になり、先日で完結しました。大学を卒業して自治省に就職した頃から、内閣官房参与・福島復興再生総局事務局長を退任するまで、42年間のことについてです。3年もかかるとは思わなかったのですが。

お誘いがあったときは、まだ68歳でした。牧原先生に「そのような対象は高齢の方で、私はまだ若いのではありませんか」と聞いたのですが、「いや、時間がたつと忘れますから」とのことでした。自分ではまだまだ若いと思っているのですが、68歳といえば現役の方から見ると年寄りですよね。オーラルヒストリーは著名な方が対象なので、私で良いのかとも思いましたが、研究者の方の役に立つなら、また後輩の参考になるならと、引き受けました。

先生のおっしゃるとおりで、忘れていました。事務次官を退任してから9年、総理秘書官を辞めてからでも14年経っています。駆け出しの頃からなら、40年も経っているのです。忘れているはずです。印象的な場面などは覚えています。また飲み会などで繰り返した思い出話なども。しかし覚えていても、正確とは限らないのです「嘘をつく意識はないが記憶を美化する」。「人は記憶を作る

40年間の手帳」で書いたように、手帳は入省5年目からすべて残っていました。ところが、会議とか行事や、誰と会食したかなどは書いてあるのですが、どのような仕事をしていたか、何を考えていたかは書かれていません。手帳は予定表であって(後で実績により訂正をしたものもありますが)、日記のようにその日の振り返りではないのです「予定と振り返り」。
発掘された書類」で書いたように、段ボール箱に詰めてあった書類や写真を、引っ張り出す機会になりました。こんなことでもない限り、そのまま捨てたでしょう。自分のやってきたことを振り返る、ありがたい機会でした。

私は、携わった業務について雑誌や本に書いて残したので、それらは役に立ちました。若いときから「やったことを残したい」「このような意図で取り組んだということを知ってもらいたい」という意識が強かったのです。また、載せてくれる雑誌があったからです。地方交付税、地方分権、省庁再編、再チャレンジ政策、東日本大震災対応など。「著作一覧
この項続く

本家の再活用、ハンバーガー店

2026年4月26日   岡本全勝

このホームページでも何度か取り上げた、「本家の再活用」。明日香スタンドという、観光客の休憩所となっています。
4月から、有名なハンバーガー屋さんが入ったそうです。「さくらバーガー明日香店オープン」。

景色も良く、石舞台に行く道路沿いで、駐車場も整備しました。場所としては最適です。流行っているとのことです。
近くに「あすか燻製工房」もあります。

読売新聞「明日香村」

2026年4月25日   岡本全勝

4月19日の読売新聞別刷り「旅を旅して」は、明日香村でした。ビデオで映像も見ることができます。

1面「古代つかむ 石舞台の思索」には、桜の花がきれいな石舞台の写真が載っています。このホームページ「略歴」につけてあるあの石舞台です。

・・・山が美しいと思った時、私は其処(そこ)に健全な古代人を見附(みつ)けただけだ。それだけである。――――小林秀雄「蘇我馬子の墓」(1950年)

奈良県明日香村の石舞台古墳は、7世紀前半に造られたわが国を代表する方墳である。国の特別史跡だ。日本初の女帝となった推古天皇(在位592~628年)に仕え、権勢を誇った蘇我馬子(?~626年)の墓とされる。墳丘の封土は失われて天井石が露出、巨石がむき出しになったその威容は、歴史教科書でみた人も多いだろう。
そんな石舞台古墳を批評家の小林秀雄が訪ね、どうしたかといえば、「天井石の上で、弁当を食いながら、私はしきりと懐古の情に耽(ふけ)った」。何ということだろう。今夏に世界遺産になるかもしれない古墳の上で、弁当を食ったというのだ。案内してくれた橿原考古学研究所元調査課長の今尾文昭さん(70)(日本考古学)が笑う。「まあ、昔はおおらかでした」・・・

私の通った小学校は、この隣にありました。良い遊び場で、石の上に乗って遊びました。今は立ち入り禁止ですが。大きな石組みですが、登るにはコツがあって、子どもでも簡単に登ることができました。

2面「飛鳥宮跡 時代の息吹伝える」には、飛鳥宮跡の写真(中心にあった井戸の復元)も載っています。板蓋宮と呼んでいました。中学のカエルの解剖には、ここで捕まえたカエルを持っていきました。水たまりなので、いつもカエルがいたのです。捕まえやすかったし。

人生4分の計

2026年4月18日   岡本全勝

「天下三分の計」は、中国の三国志で有名です。諸葛孔明が劉備に進言した策で、曹操(魏)・孫権(呉)・劉備(蜀)の3人で中国を3分割して支配しようとするものです。

「人生4分の計」は、人生を20年ずつに区切って、自分の生き方を考えてみようという勧めです。『明るい公務員講座 仕事の達人編』第16講でも、書きました。
20歳頃までは、学生でした。一人前になるための勉強の期間です。
20歳前後で就職して40歳ごろまでは、仕事を覚え、社会人として成長します。家庭を持つ人も多いでしょう。
40歳から60歳頃までが、責任を持って活躍する時期です。
そして、60歳(最近は65歳)で退職して、80歳頃までが「第二の人生」です。

先日の職員研修で、40歳くらいの人が多かったので、この話をしました。毎日忙しく暮らしていると、それだけで時間は過ぎるのですが。時間に流されるのではなく、自らの人生を企画しようと勧めました。人生を悔いないもの、実り多いものとするためです。
これまでは、就職すると定年まで勤めるのが標準でした。しかし、転職が比較的自由になりました。他方で会社が倒産したり業績が悪くなることもあります。そうでなくても、希望した仕事ができるとは限りません。会社任せにしていると、それは気楽ではあるのですが、残念な人生に終わることもあります。
これからの職業人生を人事課任せにせず、自分で考えましょうということです。その組織にいるとしても、あるいは転職をするにしても、これからどのような職を選んでいくのかを考えるのです。挑戦のないところに、満足はありません。もちろん思った通りに行くとは限りません。

もう一つは、定年後の人生をも考えようということです。定年までは、人事課が面倒を見てくれます。しかし、退職後は自分で考えなければなりません。どのような職に就くのか、趣味に生きるのか。20年は長いです。

間違ったら反省する

2026年4月13日   岡本全勝

3月11日のNHKスペシャル「わたしたちの“復興” 震災15年・当事者たちの告白」を見たよ、と言ってくださる人がたくさんおられます。ありがたいことです。「NHKスペシャルに出ました
その人たちがおっしゃるのは、「間違ったと、自ら反省するのは珍しい」です。3月14日の朝日新聞社説「津波被災地の復興 一人ひとりの歩みをより前へ」などでも、うまくいかなかった点を説明しました。「失敗」を正直に伝えることも、責任者の務めだと思っています。

私が官僚になったころ、「行政の無謬性」「官僚の無謬性」という言葉を聞きました。行政は間違わないということのようです。その後わかったのは、間違わないのではなく、間違っても認めないということでした。かつて、「行政の無謬性神話」に書いたことがあります。

特に良くないのが、国会での質疑です。官僚は、現行制度や政策が正しいとして答弁を書きます。担当者も、問題点を認識しています。でも、「現行制度は時代の変化に遅れていて、変える必要があります」と答弁すると、「現行法令がおかしいというのか」とお叱りを受け、審議が止まるおそれもあります。なので、「今やっていることは正しい」と言うのです。
しかし、これでは進歩はありません。官僚の役割は、新しい社会の課題に対応することです。それは、現在の問題を認めることから始まります。たとえ、それが自分がやったことであっても。
自分や組織の間違いを認めるのは楽しくありませんが、官僚がそれを続けていると、国民の信頼を失います。それは、官僚だけに限りません。